217 / 3,202
ゴールド Ⅱ
しおりを挟む
院長室に呼ばれた。
「石神、入ります!」
院長は机に座ったままだった。
入ってきた俺をずっと見ている。
「お前、五十嵐夫人の犬を預かったそうだな」
「はい」
「俺はそんなことまで頼んでねぇぞ」
「はい、俺の意志でそうしました」
「おい、最初に言ったけど、夫人はあと一ヶ月で死ぬんだぞ?」
「はい、分かっています」
「その後、犬はどうすんだよ」
「そのままうちで飼おうと思っていますが」
「ハァー!」
「お前がそのつもりならいいんだけどよ。でも、それは医者としての領分じゃねぇぞ?」
「はい、承知しています」
「だったらなんで」
「五十嵐さんと犬との絆を見ましたから」
「なに?」
「五十嵐さんはゴールドを自分の命よりも大事に思ってらっしゃいます」
「そうだろうけどよ」
「ゴールドも同じと見受けました」
「お前、何言ってんだよ」
「院長、俺はね、感動したんですよ。これから死ぬって時に、唯一考えてることが犬のことなんです。だったら何とかしたいと思ったんです」
院長は頭を抱えた。
「そうだったな。お前は山中の子どもたちを引き取った奴だもんな。今更犬の一匹くらい、何のこともねぇわな」
「はい」
「お前に相談した俺がバカだった。バカに任せたのがバカだったんだ」
「その通りです」
「お前なぁ」
「分かった。面倒をかける。五十嵐夫人の犬のことは宜しくたのむぞ」
「はい」
五十嵐さんは家に泊まらずに、病院へ帰った。
俺は家に戻り、ハマーで五十嵐さんの家に再び行き、五十嵐さんがまとめたゴールドの餌や用具を積み込んで、ゴールドを助手席に乗せた。
ゴールドは驚くほどに大人しい犬だった。
ゴールデンレトリバーがどういう性格なのかは知らないが、見知らぬ俺を怖がらず、時々俺を見ては窓の景色を眺めている。
一応リードは着けているが、それも嫌がることもない。
無事に俺の家に着き、玄関を開けた。
連絡しておいたので、亜紀ちゃんが迎えに出てくる。
「あ、本当に来たんですね!」
嬉しそうに犬を見て、近づこうとする。
ゴールドが唸った。
「あれ、不味かったですか」
「ああ、さっきまで大人しかったんだけどなぁ」
亜紀ちゃんは取り敢えず下がり、俺はリードを握ったまま中に入った。
ゴールドは俺と一緒に歩く。
どこにいれば良いのか分からず、俺は自分の部屋にゴールドを入れた。
「おい、ちょっとそこで待っててくれな」
ゴールドに声をかけ、部屋を出た。
子どもたちはリヴィングにいた。
亜紀ちゃんから言われたのか、犬を見には来なかった。
「犬は?」
ハーが尋ねる。
「ああ、俺の部屋にいる。慣れるまで、時間がかかるかもしれんな」
「そうなの、早く仲良くなりたいな」
ルーもハーも楽しみにしていた。
俺は車からゴールドのものを降ろし、また自分の部屋へ行った。
ずっと俺の部屋というわけにはいかない。
少し考え、二階の空き部屋をゴールドに与えることにした。
子どもたちと一緒に部屋を片付け、簡単に掃除もする。
俺はゴールドの荷物をその部屋に入れた。
俺が部屋に戻ると、ゴールドは俺のベッドで寝ていた。
俺が入ると首を持ち上げて俺を見る。
「ああ、待たせたな。お前の部屋を用意したから一緒に来てくれ」
俺がそう言うと、ゴールドは俺についてきた。
言葉が分かるのか?
ゴールドは案内された部屋に入った。
用意した布団を見つけると、そこに伏せる。
俺は水を入れ、餌を出して皿に盛った。
「お腹が空いてたら食べろ」
ゴールドはまず水を飲み、それから餌を食べ始める。
食べ終わると、俺に近づき、顔を舐めてきた。
「じゃあ、ゆっくり休んでくれ。また後で来るからな」
ゴールドは俺がドアを閉めるまで、じっと見詰めていた。
夕飯を食べ、俺はゴールドの部屋へ行った。
眠っていたのだろうが、俺が部屋に入ると起き上がってきた。
俺の足に擦り寄る。
俺は頭を撫でてやり、床に座ると顔を舐め、じゃれついてきた。
「おい、ゴールド。この家には俺の他に子どもたちが四人いるんだ。みんなと仲良くしてくれるか?」
ゴールドは短く吼えた。
それを了承と受け取った。
俺はリードを着け、ゴールドを居間に連れて行く。
子どもたちは少し緊張し、しかし興味津々で俺とゴールドを見ている。
「皇紀!」
「はい!」
「お前ならちょっと齧られてもいいだろう。こっちに来い!」
「えぇー!」
皇紀が恐る恐るゴールドに近づく。
唸らない。
俺が頭に触れと言い、ゴールドに触る。
ゴールドは大人しく目をつぶっていた。
俺は亜紀ちゃんを呼び、同じようにさせる。
大丈夫だ。
双子を呼んだ。
「ゴールド!」
名前を呼ぶと、僅かに尻尾を揺らした。
二人で頭や背中をそっと撫でた。
ゴールドは気持ち良さそうに腹ばいになった。
ゴールドは、うちの一員となった。
「石神、入ります!」
院長は机に座ったままだった。
入ってきた俺をずっと見ている。
「お前、五十嵐夫人の犬を預かったそうだな」
「はい」
「俺はそんなことまで頼んでねぇぞ」
「はい、俺の意志でそうしました」
「おい、最初に言ったけど、夫人はあと一ヶ月で死ぬんだぞ?」
「はい、分かっています」
「その後、犬はどうすんだよ」
「そのままうちで飼おうと思っていますが」
「ハァー!」
「お前がそのつもりならいいんだけどよ。でも、それは医者としての領分じゃねぇぞ?」
「はい、承知しています」
「だったらなんで」
「五十嵐さんと犬との絆を見ましたから」
「なに?」
「五十嵐さんはゴールドを自分の命よりも大事に思ってらっしゃいます」
「そうだろうけどよ」
「ゴールドも同じと見受けました」
「お前、何言ってんだよ」
「院長、俺はね、感動したんですよ。これから死ぬって時に、唯一考えてることが犬のことなんです。だったら何とかしたいと思ったんです」
院長は頭を抱えた。
「そうだったな。お前は山中の子どもたちを引き取った奴だもんな。今更犬の一匹くらい、何のこともねぇわな」
「はい」
「お前に相談した俺がバカだった。バカに任せたのがバカだったんだ」
「その通りです」
「お前なぁ」
「分かった。面倒をかける。五十嵐夫人の犬のことは宜しくたのむぞ」
「はい」
五十嵐さんは家に泊まらずに、病院へ帰った。
俺は家に戻り、ハマーで五十嵐さんの家に再び行き、五十嵐さんがまとめたゴールドの餌や用具を積み込んで、ゴールドを助手席に乗せた。
ゴールドは驚くほどに大人しい犬だった。
ゴールデンレトリバーがどういう性格なのかは知らないが、見知らぬ俺を怖がらず、時々俺を見ては窓の景色を眺めている。
一応リードは着けているが、それも嫌がることもない。
無事に俺の家に着き、玄関を開けた。
連絡しておいたので、亜紀ちゃんが迎えに出てくる。
「あ、本当に来たんですね!」
嬉しそうに犬を見て、近づこうとする。
ゴールドが唸った。
「あれ、不味かったですか」
「ああ、さっきまで大人しかったんだけどなぁ」
亜紀ちゃんは取り敢えず下がり、俺はリードを握ったまま中に入った。
ゴールドは俺と一緒に歩く。
どこにいれば良いのか分からず、俺は自分の部屋にゴールドを入れた。
「おい、ちょっとそこで待っててくれな」
ゴールドに声をかけ、部屋を出た。
子どもたちはリヴィングにいた。
亜紀ちゃんから言われたのか、犬を見には来なかった。
「犬は?」
ハーが尋ねる。
「ああ、俺の部屋にいる。慣れるまで、時間がかかるかもしれんな」
「そうなの、早く仲良くなりたいな」
ルーもハーも楽しみにしていた。
俺は車からゴールドのものを降ろし、また自分の部屋へ行った。
ずっと俺の部屋というわけにはいかない。
少し考え、二階の空き部屋をゴールドに与えることにした。
子どもたちと一緒に部屋を片付け、簡単に掃除もする。
俺はゴールドの荷物をその部屋に入れた。
俺が部屋に戻ると、ゴールドは俺のベッドで寝ていた。
俺が入ると首を持ち上げて俺を見る。
「ああ、待たせたな。お前の部屋を用意したから一緒に来てくれ」
俺がそう言うと、ゴールドは俺についてきた。
言葉が分かるのか?
ゴールドは案内された部屋に入った。
用意した布団を見つけると、そこに伏せる。
俺は水を入れ、餌を出して皿に盛った。
「お腹が空いてたら食べろ」
ゴールドはまず水を飲み、それから餌を食べ始める。
食べ終わると、俺に近づき、顔を舐めてきた。
「じゃあ、ゆっくり休んでくれ。また後で来るからな」
ゴールドは俺がドアを閉めるまで、じっと見詰めていた。
夕飯を食べ、俺はゴールドの部屋へ行った。
眠っていたのだろうが、俺が部屋に入ると起き上がってきた。
俺の足に擦り寄る。
俺は頭を撫でてやり、床に座ると顔を舐め、じゃれついてきた。
「おい、ゴールド。この家には俺の他に子どもたちが四人いるんだ。みんなと仲良くしてくれるか?」
ゴールドは短く吼えた。
それを了承と受け取った。
俺はリードを着け、ゴールドを居間に連れて行く。
子どもたちは少し緊張し、しかし興味津々で俺とゴールドを見ている。
「皇紀!」
「はい!」
「お前ならちょっと齧られてもいいだろう。こっちに来い!」
「えぇー!」
皇紀が恐る恐るゴールドに近づく。
唸らない。
俺が頭に触れと言い、ゴールドに触る。
ゴールドは大人しく目をつぶっていた。
俺は亜紀ちゃんを呼び、同じようにさせる。
大丈夫だ。
双子を呼んだ。
「ゴールド!」
名前を呼ぶと、僅かに尻尾を揺らした。
二人で頭や背中をそっと撫でた。
ゴールドは気持ち良さそうに腹ばいになった。
ゴールドは、うちの一員となった。
3
あなたにおすすめの小説
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる