富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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門土

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 聖を送って、俺はアメリカ大使館へ立ち寄った。
 響子と六花に会うためだ。
 病院へ寄り、手を良く洗った。
 響子に聖菌がついては大変だ。

 大使館でいつもの身体検査を受け、受付で待っていると部屋へ案内された。

 「タカトラー!」
 「石神先生!」
 二人が俺に抱き着いて来る。

 「おう、元気そうだな!」
 二人は泣いている。

 「もう大丈夫だ。全部終わったぞ」
 落ち着くまでしばらくかかった。
 俺は簡単に経緯をもう一度話した。

 「響子、よく我慢してくれたな」
 「うん。タカトラのためだもん」
 「六花もよく響子を守ってくれた」
 「はい」
 明日また迎えに来ると言って、部屋を出た。



 家に帰り、子どもたちが鰻が食べたいと言うので、出前を取る。

 「タカさん」
 「なんだ?」
 「聖さんのハンバーガーは、何が違ったのでしょうか?」
 亜紀ちゃんが鰻重を喰いながら聞いて来る。

 「亜紀ちゃんはハンバーガーをよく知らないんだよ」
 「バンズとのバランスが悪いって言ってましたよね?」
 「そうだ。かぶりついて一緒に味わうものだから、バランスが重要なんだよ」
 「なるほど」
 「一口にハンバーガーと言っても、物凄い種類があるんだ。だからある程度勉強しないと、ハンバーガーのバランスは分からないんだよな」

 「タカさんはバンズを燻製してましたよね」
 「そういうことだ。いい肉に比べて、バンズのパンが弱すぎだ。だからパンチを入れたということだな」
 「へぇー!」
 「たかがハンバーガーと言っても、組み合わせで無限に変わるんだよ。でも、どういう組み合わせがいいのかってなぁ。それはなかなかわからんものだ」
 「深いですねー」
 「そうだよ。最良だと思ってても、あとから違ったって分かることもある」
 「なるほどー!」




 
 食事を終えて、俺は地下に降りて独りでギターを弾いていた。
 亜紀ちゃんが入って来る。

 「一緒に聞いてていいですか?」
 俺は笑って入って来いと言った。
 何曲か弾いて、一休みする。
 亜紀ちゃんがコーヒーを淹れて来た。

 「タカさんがギターが上手い理由はこないだ聞きましたけど」
 「ああ」
 「ちょっと前に、栞さんがピアノを弾いて、二人で素敵な即興をしたじゃないですか」
 「ああ、やったな」

 「ああいうことも出来ちゃうんですね!」
 「面白いだろ?」
 「凄いです!」
 「貢さんに教えてもらってる時にな、ああいうことをちょっとやってたんだ」
 「え! 教えて下さい!」

 俺は語り出した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 貢さんは、幅広いジャンルで活躍していた。
 クラシックはもちろん、ジャズ、フュージョン、スパニッシュ、果ては俺にはバカにしていた歌謡曲まで。
 その中でも、ジャズで誘われることが多かった。
 だから俺も、ジャズギターを相当やらされた。

 「トラと同い年の奴がいる。ピアノだ」
 「へー」
 「俺の知り合いの子どもで、生まれた時から弾いてる」
 「へー」
 すりこぎで殴られた。

 「今度、会わせる」
 「はい!」
 俺は頭の横で指をくるくる回して答えた。

 

 貢さんに言われて、3駅隣の町まで行かされた。
 もちろんギターを抱えてだ。
 俺は駅前の交番で道を聞いて歩いた。

 「えーと、橘さんちー」

 やっと見つけた。
 大きな洋風の家だった。
 チャイムを押すと、俺と同じくらいの年の男の子が出てきた。

 「あ! 門土?」
 「誰だよ、お前?」
 「石神高虎です!」
 「え?」
 後ろから派手な女性が出てきた。

 「私が呼んだのよ。中に入ってもらって」
 「はい!」
 俺は靴を揃えてお邪魔した。
 長い廊下を歩き、広い部屋に通された。

 グランドピアノがある。

 ソファに座らされ、メイドさんが紅茶を持って来た。

 「こちらは石神高虎くん。西平さんのお弟子さんよ」
 「え! サイヘーさんの?」
 「石神くん。こちらは息子の門土。同じ中学一年生よ」
 「よろしく!」
 「こちらこそ」

 「さあ、早速だけど聴かせてちょうだい」
 「はい」
 俺は『アルハンブラの思い出』を弾いた。
 橘さんはじっと聴いていた。

 「最後まで聴いた……」
 門土が呟いた。

 「じゃあ、ブルーノートで適当に弾いて」
 「はい!」
 俺は最初は全音で奏でた。
 次第にリズムを刻んで行く。
 橘さんがピアノを弾き出した。
 俺に合わせてくれる。
 楽しくなってきた。
 俺は思い切り掻き鳴らし、次第にテンポを緩めて橘さんに譲る。
 橘さんは見事なソロを弾いた。
 また俺が加わり、盛り上がったところで橘さんが引いて、俺が締めた。

 「ふーん、分かったわ。門土をよろしくね」
 「はい?」
 橘さんが部屋を出て行った。

 「お前! すっげーよ! 母さんが最後まで弾いたぞ!」
 「え、当たり前じゃん?」
 「当たり前じゃないよ! 普通は最後まで聴かないし、まして一緒にピアノを弾くことだってないんだからな!」
 「そうなの?」
 「だって、橘弥生だぞ!」
 「ゲェッ!」

 俺も当然知っている。
 世界的なピアニストだ。




 俺と門土はすぐに仲良くなり、お互いに行きして一緒に演奏したり、音楽の話をするようになった。
 橘弥生と会うことは稀だった。

 門土のピアノは清く澄んでいい音だった。
 門土も俺のギターを気に入ってくれた。

 ある時、門土が貢さんの家に来て、俺の練習を見ていた。

 「トラ! また女のことでも考えてるのか!」
 「だって俺、中学生ですよ? 枯れちゃった貢さんと違って真っ盛りなんですから」
 貢さんがすりこぎを取り出した。
 いつもと違う。
 紐がついていた。
 
 「いちいちお前の傍まで行って殴るのは面倒だからな」
 「貢さん、それヌンチャクですよ! 死んじゃいますって!」
 殴られた。
 物凄く痛かった。

 「本気でやめて!」
 俺はすりこぎを奪った。
 
 「ほら! 血が出てますって!」
 貢さんに訴える。

 「ほんとか!」
 「本当に出てますよ、額から」
 門土が言った。

 「トラ! 病院へ行け!」
 「大丈夫ですよ。こんなのしょっちゅうです」
 奥さんが呼ばれ、タオルを渡された。
 汚れるからと、俺はハンカチで押さえた。

 「ほら、もう止まりました、アハハハハ!」
 「本当に止まってますよ!」 
 門土が驚いて言う。
 俺は奪ったすりこぎでブルース・リーの真似をする。

 「アチャーーー! アチャチャチャチャチャ!」

 「トラ、なんだそれは」
 「ブルース・リーですよ! 貢さん知らないんですか!」
 「知らん」
 「映画で有名じゃないですか!」
 「俺はメクラだぁ!」
 「ああ!」

 俺はヌンチャクのようにすりこぎの紐を振り回した。
 紐が抜けて、すりこぎが窓ガラスを割った。

 「トラぁー!」
 俺はすりこぎを拾って、貢さんに渡して殴られた。
 門土と奥さんが笑っていた。
 また血が吹いた。





 門土の家に行くと、いつも一緒にセッションをした。

 「じゃあ、トラ。ブルーノートで始めよう」
 「いいけどさ」
 「なんだよ?」
 「門土っていつもブルーノートな」
 「え!」

 「もしかして、他の知らないの?」
 「!!!!」

 いつもそうだった。
 でも、俺も嫌ではない。
 ブルーノートでセッションした。

 ある日、門土が言った。

 「俺さ、サイヘーさんのギターが好きなんだ」
 「ああ、分るわ」
 門土は貢さんを尊敬しきっていた。

 「前にさ、母さんとセッションしたことがあって、俺は舞台袖で聴かせてもらった」
 「へぇ!」
 「素晴らしかったなぁ! あの演奏は忘れられない!」
 「そうかよ。俺も聴きたかったな」

 「アンコールで即興をやってさ。サイヘーさんが「ブルーノートで」って言ったんだ」
 「おう!」
 「それがまた最高でな!」
 「そうかよ!」

 二人で盛り上がった。

 「トラが最初に母さんとブルーノートでやったろ?」
 「そうだったな」
 「あれも良かった!」
 
 門土がブルーノートでやりたがる理由が分かった。




 月に何度かだったが、俺たちはいつも楽しく演奏し、語った。
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