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またいつか
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六花は、いつも余裕をもって出勤する。
石神にそう言われている。
「俺は、慌てた奴が大嫌いなんだ。人間はいろんなことがある。だからこそ、余裕を持って行動するようにしなければならん」
「はい!」
徒歩での通勤なので、「余裕」を持つことは容易に出来る。
実際、ギリギリではなく、丁度ピッタリではなく、余裕を持たせることで人生が変わったことを知った。
「すべて石神先生のお陰です」
エレベーターに向かうと、小さな男の子が立っていた。
朝の7時40分。
「おはようございます」
六花が声を掛けた。
男の子がこちらを振り向く。
「ハァ!」
「?」
六花を見開いた目で見つめている。
六花は優しく微笑んだ。
エレベーターが来た。
扉が開き、六花は乗り込む。
開放ボタンを押した。
「乗らないの?」
男の子はまだ見つめている。
「じゃあ、お先に」
六花は下へ向かった。
数日後。
六花は看護師だが、勤務時間が固定されている。
月曜日から金曜日まで、毎日朝8時から夕方6時まで。
土日祝祭日と、夏季休暇と年末年始休暇が各七日間。
有給は40日。
響子の専任看護師であるため、そのように決まっている。
その日もいつも通り6時で上がり、6時15分にはマンションへ戻った。
マンションの前に、先日の男の子がいた。
「こんにちは」
声を掛けると、男の子が自分を見て驚いている。
「何をしてるの?」
「……」
目を見開いて見ている。
六花は優しく笑いかけた。
「じゃあね」
小さく手を振って、マンションの中へ入った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
僕の名前は服部勝。
8歳。
パパは商社の角紅に勤め、ママはヴァイオリニストだ。
時々引っ越しをする。
パパの仕事の都合だ。
だから友達はいない。
仲良くなっても、すぐに別れてしまう。
僕は家に一人でいることが多い。
ご飯はお手伝いさんが作ってくれる。
それ以外は一人で部屋にいる。
ここには三日前に引っ越して来た。
明日から学校に通うが、またいつものように心配だ。
一度、いじめられたことがあるからだ。
だから、学校を見ておこうと思った。
場所は分かっている。
僕は家を出た。
驚いた。
エレベーターを待っていると、声を掛けられた。
振り向くと、そこには信じられないほどキレイな女の人がいた。
背が高くて、この世のものとは思えないほどキレイな人だった。
あんまりキレイなんで、動けなくなってしまった。
目が離せなくなってしまった。
「乗らないの?」
その言葉の意味が分からなかった。
僕が目を離せないまま、キレイな人はいなくなった。
しばらくそこに立ったままだった。
僕は家に戻った。
学校に通い出して、まあ安心した。
誰にも声を掛けられなかったが、その代わりイジメはなかった。
僕はこの辺に何があるのか覚えようと家を出た。
どっちに行こうか、ちょっと考えていた。
「こんにちは」
声を掛けられて振り向くと、またあのとてもキレイな女の人がいた。
また目が離せなくなり、動けなくなった。
「何をしてるの?」
声が出せなかった。
女の人は信じられないほどキレイな笑顔でいなくなった。
動けるようになるまで、僕はそこに立っていた。
家に戻った。
だって、あのキレイな女の人は、ここにいるのだから。
その週の土曜日。
僕は家にいてもつまらないので、外に出た。
またマンションの前で、あのキレイな女の人がいた。
そして、今日は今までと違っていた。
白いツナギのような恰好。
横には大きな緑のオートバイ。
僕は咄嗟に隠れてしまった。
キレイな女の人が手を振っていた。
あのキレイな顔が、一層美しく輝いて笑っていた。
「石神せんせー!」
叫んでいる。
そのうち、大きな爆音と共に、大きな男の人が来た。
オートバイも、ツナギのような服も真っ赤だ。
大きな男の人がヘルメットを脱いだ。
ものすごく、カッコイイ顔をしていた。
「おう! 六花、待ったか?」
「いいえ、全然!」
「じゃあ、また首都高を流そうか」
「はい!」
二人は走り去った。
僕は外へ行く気持ちが無くなった。
なんだか、悲しかった。
(リッカさんっていうんだ)
名前を知れて、そのことだけは嬉しかった。
それから一週間がたった。
土曜の夕飯を食べ、ちょっと外へ出た。
コンビニで何か飲み物を買おうと思った。
戻った時、鍵を持っていないことに気付いた。
入り口も部屋もオートロックなので中に入れない。
マンションには管理人さんがいるが、土日は6時でいなくなってしまう。
僕はマンションの入り口で座り込んで泣いた。
今日もパパとママはいない。
明日の朝にお手伝いさんが来るまで、家に入れない。
(どうしよう)
何も思いつかないので、そのまま泣いていた。
「どうしたの?」
一時間くらいたってから、声を掛けられた。
「もう暗いよ? どうして入らないの?」
あのリッカさんだった。
僕はまた涙が溢れてきた。
「大丈夫だよ。私と中へ入ろうよ」
リッカさんは僕の手を握り、一緒に中へ入った。
頭を撫で続けてくれた。
とてもいい匂いがした。
「あの、鍵を持ってないんです」
「そうなの?」
「だから家に入れないんです」
「ご両親は?」
「今日もいません。いつも一人なんです」
リッカさんが突然僕を抱き締めてくれた。
「じゃあ、うちに泊まろうよ。ね?」
僕はリッカさんを見た。
「ご両親はいつ戻って来るの?」
「明日の朝にはお手伝いさんが来ます」
「そうなの。じゃあ、それまでうちにいて?」
「いいんですか?」
「いいよ! 遠慮しないで!」
「はい!」
リッカさんは家に上げてくれた。
うちよりも広いお宅だった。
「ああ、でも困ったな。一応ご両親には連絡しないとなー」
僕は連絡先を聞かれたが、家に帰らないと分からないと言った。
「じゃーしょーがないかー!」
リッカさんは明るく笑い、僕をソファに座らせてくれた。
大きなテレビが目の前にあった。
リッカさんは紅茶を淹れてくれた。
二人で自己紹介をした。
リッカさんは近くの大きな病院で、看護師さんをしているらしい。
「勝くんはもう夕飯を食べた?」
「はい」
「そう。じゃあ私だけ、ちょっと食べちゃうね」
リッカさんは部屋を出て行った。
しばらくしてから戻って来た。
「ねえ、ちょっとだけ食べない?」
僕は誘われて、キッチンへ行った。
テーブルに座ると、チャーハンを少しもらった。
物凄く美味しかった!
「美味しい!」
「そう?」
リッカさんが嬉しそうに笑った。
「リッカチャンハンっていうの。友達のお店で出してるのよ」
「そうなんですか!」
僕は思い切って、先週リッカさんが男の人とオートバイで出掛けるのを見たと言った。
「そーなんだぁ! 石神先生っていってね、素敵な人なんだよ」
「そうですか」
「よく一緒にバイクで流すの。楽しいんだー!」
「へー」
「私の病院のお医者さん。一番腕がいいんだよ?」
「そうなんですか」
「もう絶対に助からないって言われてた女の子がいたの。お金持ちの子で、世界中の医者に頼んだけど、みんなもうダメだって。そうしたら石神先生がね、手術して助けちゃったんだよ!」
「へぇー!」
「81時間43分! そんなに長い時間オペをしたの! 三日以上も寝ないでずっと! 何度も女の子のバイタルが落ちてね、ああバイタルっていうのはね……」
リッカさんは一生懸命に僕に話してくれた。
その一生懸命な姿を見て、僕はリッカさんがどれだけ「石神先生」を好きなのか分かった。
「テレビの取材が来たり、アメリカのスゴイ有名な大学から誘われたりね。でも、石神先生は全然自分を立派だなんて言わないの。いつもね、他の人のことを考えてて、とっても優しい人なんだー!」
「スゴイ人なんですね」
「そうなの!」
リッカさんの食事が終わって、一緒にお風呂に入った。
恥ずかしかったけど、リッカさんに全身を洗ってもらった。
初めてそんなことをされた。
お風呂に入って、僕は涙が出てきた。
「あれ? どうしたの? シャンプーが入っちゃった?」
ちょっと泣いてから、落ち着いた。
「僕、いつも一人でご飯を食べて、一人でお風呂に入って、一人で……」
リッカさんが僕を抱き締めた。
「私もそう。いつも独りなんだ。今日は勝くんがいてくれて嬉しいな」
僕はリッカさんと一緒に寝た。
久しぶりにぐっすりと寝た。
翌朝。
チャイムの音で目が覚めた。
何度も何度も鳴っている。
警察の人だった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「六花! 俺がすぐに行くから安心しろ!」
「石神先生!」
「お前がやったことは全部分かってる。俺がちゃんと説明するからな!」
六花が麻布署に連行された。
児童誘拐の容疑だ。
俺は連絡を受け、すぐにベンツで出掛けた。
弁護士の岩倉にも連絡し、至急来るように頼んだ。
麻布署には子どもの母親が来ていた。
俺たちは話し合い、六花への誤解を解いた。
六花の軽率な行動は確かにそうだ。
警察に相談するなり、解錠の専門家を呼ぶなりすれば良かった。
まあ、あいつが何でそうしたのかは分かっている。
いつも独りだという子どものことを思ったのだろう。
先方は引っ越しをすると言い、俺はその費用を負担すると約束した。
母親は子どもを連れて、先に帰った。
俺は六花を迎えに行った。
「石神先生!」
俺の顔を見るなり、六花が涙を零した。
俺は抱き締めてやる。
「大変だったな」
「すいません、ご迷惑を」
「何言ってやがる。お前のためなら何でもするぞ」
六花は一層泣いた。
俺たちは麻布署を出て、近くのレストランに入った。
「本当にすいませんでした」
「いいって。お前があの子が寂しそうでやってやったことだと分かってるからな」
「はい」
「さあ、好きなだけ頼めよ。お前、まだ食事してないだろう?」
もう昼過ぎだった。
取り調べは時間が掛かる。
その三日後に、男の子の家は引っ越して行った。
俺たちの勤務中だった。
夜に六花から連絡が来た。
泣いていた。
俺はすぐに六花のマンションへ向かった。
「石神先生! これが玄関に!」
一枚の画用紙を俺に渡した。
「ごめんなさい。ごめんなさい。大好きです、リッカさん。最初に会ってとてもキレイでした。大好きです。また会いたい。ごめんなさい。大好きです。チャーハンが」
そこで途切れていた。
引っ越しの時に、急いで隠れて書いたのだろう。
「六花、お前は何一つ間違っちゃいないよ」
「はい」
「またいつか会えるさ」
「はい、またいつか」
「またいつかな」
俺は六花を抱き締めた。
石神にそう言われている。
「俺は、慌てた奴が大嫌いなんだ。人間はいろんなことがある。だからこそ、余裕を持って行動するようにしなければならん」
「はい!」
徒歩での通勤なので、「余裕」を持つことは容易に出来る。
実際、ギリギリではなく、丁度ピッタリではなく、余裕を持たせることで人生が変わったことを知った。
「すべて石神先生のお陰です」
エレベーターに向かうと、小さな男の子が立っていた。
朝の7時40分。
「おはようございます」
六花が声を掛けた。
男の子がこちらを振り向く。
「ハァ!」
「?」
六花を見開いた目で見つめている。
六花は優しく微笑んだ。
エレベーターが来た。
扉が開き、六花は乗り込む。
開放ボタンを押した。
「乗らないの?」
男の子はまだ見つめている。
「じゃあ、お先に」
六花は下へ向かった。
数日後。
六花は看護師だが、勤務時間が固定されている。
月曜日から金曜日まで、毎日朝8時から夕方6時まで。
土日祝祭日と、夏季休暇と年末年始休暇が各七日間。
有給は40日。
響子の専任看護師であるため、そのように決まっている。
その日もいつも通り6時で上がり、6時15分にはマンションへ戻った。
マンションの前に、先日の男の子がいた。
「こんにちは」
声を掛けると、男の子が自分を見て驚いている。
「何をしてるの?」
「……」
目を見開いて見ている。
六花は優しく笑いかけた。
「じゃあね」
小さく手を振って、マンションの中へ入った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
僕の名前は服部勝。
8歳。
パパは商社の角紅に勤め、ママはヴァイオリニストだ。
時々引っ越しをする。
パパの仕事の都合だ。
だから友達はいない。
仲良くなっても、すぐに別れてしまう。
僕は家に一人でいることが多い。
ご飯はお手伝いさんが作ってくれる。
それ以外は一人で部屋にいる。
ここには三日前に引っ越して来た。
明日から学校に通うが、またいつものように心配だ。
一度、いじめられたことがあるからだ。
だから、学校を見ておこうと思った。
場所は分かっている。
僕は家を出た。
驚いた。
エレベーターを待っていると、声を掛けられた。
振り向くと、そこには信じられないほどキレイな女の人がいた。
背が高くて、この世のものとは思えないほどキレイな人だった。
あんまりキレイなんで、動けなくなってしまった。
目が離せなくなってしまった。
「乗らないの?」
その言葉の意味が分からなかった。
僕が目を離せないまま、キレイな人はいなくなった。
しばらくそこに立ったままだった。
僕は家に戻った。
学校に通い出して、まあ安心した。
誰にも声を掛けられなかったが、その代わりイジメはなかった。
僕はこの辺に何があるのか覚えようと家を出た。
どっちに行こうか、ちょっと考えていた。
「こんにちは」
声を掛けられて振り向くと、またあのとてもキレイな女の人がいた。
また目が離せなくなり、動けなくなった。
「何をしてるの?」
声が出せなかった。
女の人は信じられないほどキレイな笑顔でいなくなった。
動けるようになるまで、僕はそこに立っていた。
家に戻った。
だって、あのキレイな女の人は、ここにいるのだから。
その週の土曜日。
僕は家にいてもつまらないので、外に出た。
またマンションの前で、あのキレイな女の人がいた。
そして、今日は今までと違っていた。
白いツナギのような恰好。
横には大きな緑のオートバイ。
僕は咄嗟に隠れてしまった。
キレイな女の人が手を振っていた。
あのキレイな顔が、一層美しく輝いて笑っていた。
「石神せんせー!」
叫んでいる。
そのうち、大きな爆音と共に、大きな男の人が来た。
オートバイも、ツナギのような服も真っ赤だ。
大きな男の人がヘルメットを脱いだ。
ものすごく、カッコイイ顔をしていた。
「おう! 六花、待ったか?」
「いいえ、全然!」
「じゃあ、また首都高を流そうか」
「はい!」
二人は走り去った。
僕は外へ行く気持ちが無くなった。
なんだか、悲しかった。
(リッカさんっていうんだ)
名前を知れて、そのことだけは嬉しかった。
それから一週間がたった。
土曜の夕飯を食べ、ちょっと外へ出た。
コンビニで何か飲み物を買おうと思った。
戻った時、鍵を持っていないことに気付いた。
入り口も部屋もオートロックなので中に入れない。
マンションには管理人さんがいるが、土日は6時でいなくなってしまう。
僕はマンションの入り口で座り込んで泣いた。
今日もパパとママはいない。
明日の朝にお手伝いさんが来るまで、家に入れない。
(どうしよう)
何も思いつかないので、そのまま泣いていた。
「どうしたの?」
一時間くらいたってから、声を掛けられた。
「もう暗いよ? どうして入らないの?」
あのリッカさんだった。
僕はまた涙が溢れてきた。
「大丈夫だよ。私と中へ入ろうよ」
リッカさんは僕の手を握り、一緒に中へ入った。
頭を撫で続けてくれた。
とてもいい匂いがした。
「あの、鍵を持ってないんです」
「そうなの?」
「だから家に入れないんです」
「ご両親は?」
「今日もいません。いつも一人なんです」
リッカさんが突然僕を抱き締めてくれた。
「じゃあ、うちに泊まろうよ。ね?」
僕はリッカさんを見た。
「ご両親はいつ戻って来るの?」
「明日の朝にはお手伝いさんが来ます」
「そうなの。じゃあ、それまでうちにいて?」
「いいんですか?」
「いいよ! 遠慮しないで!」
「はい!」
リッカさんは家に上げてくれた。
うちよりも広いお宅だった。
「ああ、でも困ったな。一応ご両親には連絡しないとなー」
僕は連絡先を聞かれたが、家に帰らないと分からないと言った。
「じゃーしょーがないかー!」
リッカさんは明るく笑い、僕をソファに座らせてくれた。
大きなテレビが目の前にあった。
リッカさんは紅茶を淹れてくれた。
二人で自己紹介をした。
リッカさんは近くの大きな病院で、看護師さんをしているらしい。
「勝くんはもう夕飯を食べた?」
「はい」
「そう。じゃあ私だけ、ちょっと食べちゃうね」
リッカさんは部屋を出て行った。
しばらくしてから戻って来た。
「ねえ、ちょっとだけ食べない?」
僕は誘われて、キッチンへ行った。
テーブルに座ると、チャーハンを少しもらった。
物凄く美味しかった!
「美味しい!」
「そう?」
リッカさんが嬉しそうに笑った。
「リッカチャンハンっていうの。友達のお店で出してるのよ」
「そうなんですか!」
僕は思い切って、先週リッカさんが男の人とオートバイで出掛けるのを見たと言った。
「そーなんだぁ! 石神先生っていってね、素敵な人なんだよ」
「そうですか」
「よく一緒にバイクで流すの。楽しいんだー!」
「へー」
「私の病院のお医者さん。一番腕がいいんだよ?」
「そうなんですか」
「もう絶対に助からないって言われてた女の子がいたの。お金持ちの子で、世界中の医者に頼んだけど、みんなもうダメだって。そうしたら石神先生がね、手術して助けちゃったんだよ!」
「へぇー!」
「81時間43分! そんなに長い時間オペをしたの! 三日以上も寝ないでずっと! 何度も女の子のバイタルが落ちてね、ああバイタルっていうのはね……」
リッカさんは一生懸命に僕に話してくれた。
その一生懸命な姿を見て、僕はリッカさんがどれだけ「石神先生」を好きなのか分かった。
「テレビの取材が来たり、アメリカのスゴイ有名な大学から誘われたりね。でも、石神先生は全然自分を立派だなんて言わないの。いつもね、他の人のことを考えてて、とっても優しい人なんだー!」
「スゴイ人なんですね」
「そうなの!」
リッカさんの食事が終わって、一緒にお風呂に入った。
恥ずかしかったけど、リッカさんに全身を洗ってもらった。
初めてそんなことをされた。
お風呂に入って、僕は涙が出てきた。
「あれ? どうしたの? シャンプーが入っちゃった?」
ちょっと泣いてから、落ち着いた。
「僕、いつも一人でご飯を食べて、一人でお風呂に入って、一人で……」
リッカさんが僕を抱き締めた。
「私もそう。いつも独りなんだ。今日は勝くんがいてくれて嬉しいな」
僕はリッカさんと一緒に寝た。
久しぶりにぐっすりと寝た。
翌朝。
チャイムの音で目が覚めた。
何度も何度も鳴っている。
警察の人だった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「六花! 俺がすぐに行くから安心しろ!」
「石神先生!」
「お前がやったことは全部分かってる。俺がちゃんと説明するからな!」
六花が麻布署に連行された。
児童誘拐の容疑だ。
俺は連絡を受け、すぐにベンツで出掛けた。
弁護士の岩倉にも連絡し、至急来るように頼んだ。
麻布署には子どもの母親が来ていた。
俺たちは話し合い、六花への誤解を解いた。
六花の軽率な行動は確かにそうだ。
警察に相談するなり、解錠の専門家を呼ぶなりすれば良かった。
まあ、あいつが何でそうしたのかは分かっている。
いつも独りだという子どものことを思ったのだろう。
先方は引っ越しをすると言い、俺はその費用を負担すると約束した。
母親は子どもを連れて、先に帰った。
俺は六花を迎えに行った。
「石神先生!」
俺の顔を見るなり、六花が涙を零した。
俺は抱き締めてやる。
「大変だったな」
「すいません、ご迷惑を」
「何言ってやがる。お前のためなら何でもするぞ」
六花は一層泣いた。
俺たちは麻布署を出て、近くのレストランに入った。
「本当にすいませんでした」
「いいって。お前があの子が寂しそうでやってやったことだと分かってるからな」
「はい」
「さあ、好きなだけ頼めよ。お前、まだ食事してないだろう?」
もう昼過ぎだった。
取り調べは時間が掛かる。
その三日後に、男の子の家は引っ越して行った。
俺たちの勤務中だった。
夜に六花から連絡が来た。
泣いていた。
俺はすぐに六花のマンションへ向かった。
「石神先生! これが玄関に!」
一枚の画用紙を俺に渡した。
「ごめんなさい。ごめんなさい。大好きです、リッカさん。最初に会ってとてもキレイでした。大好きです。また会いたい。ごめんなさい。大好きです。チャーハンが」
そこで途切れていた。
引っ越しの時に、急いで隠れて書いたのだろう。
「六花、お前は何一つ間違っちゃいないよ」
「はい」
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「またいつかな」
俺は六花を抱き締めた。
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