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青い火
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響子が花火をしている。
6月初旬の金曜の7時。
病院の屋上で、俺と六花とで響子を連れて花火をした。
5月のゴールデンウィークに別荘に行った時、少し持ち帰った。
響子のためだ。
別荘には花火が沢山ある。
響子は六花と一緒に綺麗な花火の炎に興じている。
六花も、嬉しそうに響子と一緒にやっていた。
響子のストレス発散のためだが、楽しそうで良かった。
「タカトラー! 青い火のはある?」
俺はその言葉に驚いた。
「あ? 分かんねぇ!」
「そーかー」
響子は別な花火を持って、六花に火を点けてもらった。
俺は子どもの頃の苦い記憶を思い出していた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
小学5年生の夏休みだった。
俺の家に、突然小さな女の子が来た。
お袋が隣の子を連れて来たのだ。
「しばらく、うちに一緒にいるからね」
「そうなのか」
「お隣の〇〇さんの家ね、離婚されたそうなの」
「え!」
新興の分譲住宅地であり、丘の上に建つ家が数十もある。
うちもその中の一つで、小学校の登校は集団で行くので、隣の家の子も知っている。
「桃子」という名前で、まだ小学二年生だ。
俺が高学年なので、時々手をつないだりする。
同級生の女子の仁藤は気が強く、面倒を見ない。
一人で先に行ったりするので、俺が主に5人程の集団を連れて行っていた。
桃子は一番年下だった。
「トラちゃん、手を繋いで」
「おう!」
俺たちはよく歌を歌いながら歩いた。
俺は「モモ」と呼んで、隣の家だということもあり、仲良しだった。
まあ、登校時の付き合いがほとんどだったが。
俺は問題児であり、隣の家の親が俺を避けていた。
「奥さんが出て行っちゃってね。旦那さんは遠くで働いているのよ」
「じゃあ、モモはどうなるんだ?」
「昨日気付いたの。誰もいない家で、モモちゃんは一人でいたのよ」
「なんだよ、そりゃ!」
「夜になっても真っ暗でね。おかしいと思って今朝、行ってみたのよ。そうしたらモモちゃんが一人でいて」
「お父さんは?」
「気付いてなかったみたい。電気も止められてね。水道は出たけど、ガスもダメみたい」
「ひっどいなー!」
「今、モモちゃんのお父さんに連絡したんだけど、しばらく仕事でどうしても帰れないんだって」
「そっかー」
お袋はモモのお父さんが来るまで、うちで預かることにしたようだ。
うちも食費は厳しいが、お袋は放っておけなかった。
夕飯を、モモはほとんど食べなかった。
痩せている。
ガリガリだった。
お袋が一緒に風呂に入った。
夜は俺と一緒のベッドで寝た。
モモがそうしたがった。
「トラちゃんと一緒がいい」
「おう! じゃあ寝ようか!」
俺が勉強をしていると、モモは俺のベッドでしばらく見ていた。
そのうちに寝息をたてていた。
モモは翌日もほとんど食べなかった。
うちの食事は豪勢ではない。
空腹が調味料と言えるほどだ。
おまけに、お袋は料理があまり上手くなかった。
俺はその夜に早めに勉強を切り上げ、ベッドで一緒に寝た。
「モモ、あんまし食べないよな」
「うん」
「もうちょっと喰おうぜ」
「うん」
俺が脇をくすぐると、モモは初めて笑った。
「何か好きな物はあるか?」
俺が手に入れられるものなら、どうにかしようと思った。
まあ、畑に落ちているものくらいだが。
「花火がしたい」
「え?」
俺は食べ物を聞いたつもりだった。
「ダメ?」
「うーん。俺、小遣いがないからなー」
「そうか」
モモがまた黙り込んでしまった。
「じゃあ、明日何とかしてみるよ」
「ほんと?」
「ああ、任せろ!」
「うん!」
翌朝、モモは昨日よりもちょっとだけ多く食べた。
目玉焼きを一枚、全部食べ、ご飯も半分食べ、味噌汁を全部飲んだ。
「体力ないと、花火できないもんな!」
「うん!」
今なら分かるが、モモはずっと食事をしなかったために、胃が恐ろしく小さくなっていたのだろう。
また、母親を急に喪った不安やストレスも多大にあったと思う。
俺は花火を売っている、同級生の大塚の店に行った。
小学校の近くで、雑貨や野菜、缶詰類や多少の文具などが売られている。
花火もあった。
俺は大塚のお父さんに頼み込んだ。
「少しでいいんです。花火を分けていただけないでしょうか」
「石神くんかぁ。それは無理だよ。売り物だからね」
「あの、お店の手伝いをさせてください! 俺、力はあるんで!」
「ダメダメ、小学生を働かせるわけにいかないんだから」
「そこをなんとかぁー!」
俺は土下座して頼んだが、ダメだった。
俺は裏の倉庫へ行った。
よく学校の帰りに通り抜けさせてもらってる。
勝手に箒を持ち出し、店の前を掃いた。
「石神くん! 何やってんだ!」
「いえ、勝手にやらせてもらってるだけなので!」
「すぐに帰りなさい!」
俺は無視して掃除した。
終わると呼び込みをした。
「最高の野菜ですよー」
「この鍋! シチューが美味しくできますよー」
「このバナナは、なんとフランス産!」
「昨日、総理大臣が買い物に来ました!」
通行人のみんなが笑っていた。
大塚のお父さんも苦笑し、花火を三本だけくれた。
「これを上げるから。もう困っちゃうよなぁ」
「ありがとうございます!」
俺はもう一度店の前を掃き、家に駆け戻った。
「モモ! 花火をもらって来たぞ!」
「ほんとに!」
「ああ、ゴメン。三本だけなんだ」
「いい! 嬉しい!」
俺たちは夜になるのを楽しみに過ごした。
昼食のインスタントラーメンを、モモは茶碗に一杯食べた。
俺が作った。
お袋は昼間は仕事でいない。
モモが美味しそうに食べるので、俺も嬉しかった。
お袋は昨日、一日中洗濯をしていた。
モモの服は全部汚れていた。
そして、モモは俺のベッドでほとんど寝ていた。
夏なので当然暑い。
俺の家には冷房などなかった。
ただ、高台の家だったので、風がよく通った。
俺は窓を開け、時々団扇でモモを扇いでやった。
お袋がモモのために、小さなハンバーグを作った。
ひき肉とタマネギを入れて練っただけの、お世辞にも美味いものではない。
しかし、モモは喜んだ。
その日は茶碗のご飯を全部食べた。
俺は焼いたアジだった。
きっとモモは食べられなかっただろう。
暗くなり、俺はモモと一緒に近所の広場に行った。
まだ造成中の土地だった。
蝋燭と親父のライターを借り、出掛けた。
「青い火が出るかなー?」
「え、分かんないな。貰って来たものだからな」
「青い火だったらいいね!」
「おう! そうだな!」
俺はあまり考えずに、蝋燭に火を灯し、モモに最初の一本をやらせた。
赤い火だった。
それでも、モモは楽しそうに、少し揺らしながら最後まで見ていた。
他の二本も、青い火ではなかった。
しかし、モモは喜んでいた。
俺は火を消し、ゴミを持ってモモと帰った。
暗くて怖がるといけないと思い、二人で手をつないで歌を歌いながら帰った。
ドヴォルザークの『遠き山に日は落ちて』だった。
俺が大好きな歌なんだと言った。
「前にね、青い花火だったの」
「そうなのか」
「うん。すごくきれいだった」
「いつかまたやろうな」
「うん!」
「今度は青いの探してさ」
「うん! でも、トラちゃんと一緒ならなんでもいいよ」
「そうかぁー!」
一週間もモモと一緒にいたと思う。
ある日、突然モモのお父さんが帰って来た。
もう夜の8時になっていた。
お袋が応対し、俺はモモと離れて見ていた。
髪がボサボサで顔色の悪い人だと思った。
目が虚ろだ。
モモはお父さんに連れられ、隣に帰ることになった。
モモが泣き出した。
「トラちゃんと一緒じゃなきゃイヤァー!」
お父さんが困っていた。
モモは大泣きして俺に駆け寄って来る。
俺もどうしていいのか分からなかった。
「高虎、今日はモモちゃんの家で一緒に寝てあげて」
お袋が言った。
「高虎くん、お願いできるかな」
「分かりました」
モモのお父さんは物凄く臭かった。
俺は隣の家に行った。
灯は点かない。
真っ暗な家の中で、布団が敷かれ、俺とモモは一緒に寝た。
気味の悪い家だった。
こんな家でモモはまた暮らすのだろうか。
俺はしばらく寝付けないでいた。
うとうとし始めた時、物凄い悪臭で目が覚めた。
モモのお父さんがいた。
俺とモモの頭の上に座っていた。
俺は眠っているふりをしていた。
「桃子、高虎くんも連れて行こうな」
「一緒に遊ぶといい」
俺は急激に起きた圧力に、瞬時に起きてかわした。
包丁が、俺が寝ていた場所に突き刺さった。
「おとなしくしろぉー!」
モモのお父さんが絶叫し、包丁で薙いだ。
俺はモモを連れ出そうとしていた。
左のわき腹が抉られた。
激痛が走った。
モモを抱えて部屋の隅に転がった。
左腿に温かいものが流れている。
激痛よりも、苦しさが増して来た。
「お前ぇ! モモと一緒に死ねぇ!」
俺は必死で包丁を避け、腕を蹴り上げた。
いつもの力が出ない。
左腿を叩く感じがした。
見ると、腸が零れて来ていた。
段々と身体がだるくなる。
「俺はもう終わりなんだ」
お父さんが呟いた。
もうあまり包丁をかわす力はない。
モモは俺の後ろで震えていた。
泣くこともできないほどに脅えている。
「モモ! 逃げろ! 俺が喰い止める!」
俺は自分が刺されている間にモモを逃がそうと思った。
もうそれしか出来ないほどに、身体が言うことを聞かない。
「あんたは終わったのかもしれない! でもモモは全然、何も終わってないだろう!」
俺は叫んだ。
「そうか。そうだな」
モモのお父さんはそう言って、自分の首を思い切り切った。
激しく血が噴き出し、俺たちに降りかかった。
俺は布団をモモにかけ、それを見せまいとした。
そこで意識が途切れた。
気が付くと病院のベッドにいた。
お袋と、顔なじみの刑事がいた。
「高虎!」
お袋が叫んだが、俺は答えられなかった。
軽く手を動かし、それを返事とした。
水を数杯飲んで、やっと声が出た。
「お前、また死ぬところだったぞ」
「佐野さん……」
「なんでこの町の大事件に、いつもお前がいるんだ?」
「……」
いつもの軽口は叩けなかった。
「モモは?」
「ああ、警察で預かってる。無事だから安心しろ」
「そうですか」
「高虎は何も考えないで寝てなさい」
お袋が言った。
「モモはお母さんと一緒に暮らすのかな」
お袋と佐野さんが顔を見合わせた。
「それはない。母親は殺されていた。床下から見つかったよ」
「え!」
俺は頭が真っ白になった。
「刑事さん、どうか高虎には」
「いや、お母さん。こいつは知るべきだ。命を懸けてあの子を守ったんですよ。全部知っておいた方がいい」
佐野さんが俺に事件のことを話してくれた。
現場に入ると、畳をはがした跡があり、めくってみると半分骨になった遺体が出て来たそうだ。
モモのお父さんはギャンブルで多額の借金を作り、家の抵当も取られ、数日前に仕事もクビになっていた。
恐らく借金のことで揉めて、モモのお母さんを殺したのだろう、と。
「モモはどうなるんですか?」
「多分、どこかの施設に入るだろうな。探しちゃいるが、親戚とは縁を切っていたようだ。誰も引き取らないだろうよ」
「そんな……」
佐野さんが俺の頭に手を置いた。
「おい! ガキが何を偉そうに心配しやがる! お前なんかが出る幕じゃねぇ! もうこのことは忘れろ!」
佐野さんの優しさが分かった。
俺はもちろん、佐野さんや他の誰も、モモを助けることは出来ない。
「トラ、お前はそんなになってまであの子のためにしてやったんだ。もういい。後は大人に任せろ」
「はい」
「よくやったな。でももうあんな無茶はするな。お袋さんが悲しむぞ」
「分かりました」
俺の傷は幸い内臓には届いておらず、はみ出た腸を戻し、肉を縫合するとすぐにくっついた。
またいつもの高熱が出たが翌週には退院し、痛みは多少あるが普通の生活に戻った。
その後、花火をいろいろ調べていって、青い色の花火がほとんどないことを知った。
本当に青い火を出すには、複雑な化学配合が必要なためだ。
だから安価に楽しむ花火では、作られない。
モモはどこで見たのだろうか。
モモはあれから、再び青い火をみることが出来ただろうか。
あの日の僅か三本だけの花火。
俺はずっと忘れられないでいる。
あんなことしか出来なかった俺を許してくれ、モモ。
6月初旬の金曜の7時。
病院の屋上で、俺と六花とで響子を連れて花火をした。
5月のゴールデンウィークに別荘に行った時、少し持ち帰った。
響子のためだ。
別荘には花火が沢山ある。
響子は六花と一緒に綺麗な花火の炎に興じている。
六花も、嬉しそうに響子と一緒にやっていた。
響子のストレス発散のためだが、楽しそうで良かった。
「タカトラー! 青い火のはある?」
俺はその言葉に驚いた。
「あ? 分かんねぇ!」
「そーかー」
響子は別な花火を持って、六花に火を点けてもらった。
俺は子どもの頃の苦い記憶を思い出していた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
小学5年生の夏休みだった。
俺の家に、突然小さな女の子が来た。
お袋が隣の子を連れて来たのだ。
「しばらく、うちに一緒にいるからね」
「そうなのか」
「お隣の〇〇さんの家ね、離婚されたそうなの」
「え!」
新興の分譲住宅地であり、丘の上に建つ家が数十もある。
うちもその中の一つで、小学校の登校は集団で行くので、隣の家の子も知っている。
「桃子」という名前で、まだ小学二年生だ。
俺が高学年なので、時々手をつないだりする。
同級生の女子の仁藤は気が強く、面倒を見ない。
一人で先に行ったりするので、俺が主に5人程の集団を連れて行っていた。
桃子は一番年下だった。
「トラちゃん、手を繋いで」
「おう!」
俺たちはよく歌を歌いながら歩いた。
俺は「モモ」と呼んで、隣の家だということもあり、仲良しだった。
まあ、登校時の付き合いがほとんどだったが。
俺は問題児であり、隣の家の親が俺を避けていた。
「奥さんが出て行っちゃってね。旦那さんは遠くで働いているのよ」
「じゃあ、モモはどうなるんだ?」
「昨日気付いたの。誰もいない家で、モモちゃんは一人でいたのよ」
「なんだよ、そりゃ!」
「夜になっても真っ暗でね。おかしいと思って今朝、行ってみたのよ。そうしたらモモちゃんが一人でいて」
「お父さんは?」
「気付いてなかったみたい。電気も止められてね。水道は出たけど、ガスもダメみたい」
「ひっどいなー!」
「今、モモちゃんのお父さんに連絡したんだけど、しばらく仕事でどうしても帰れないんだって」
「そっかー」
お袋はモモのお父さんが来るまで、うちで預かることにしたようだ。
うちも食費は厳しいが、お袋は放っておけなかった。
夕飯を、モモはほとんど食べなかった。
痩せている。
ガリガリだった。
お袋が一緒に風呂に入った。
夜は俺と一緒のベッドで寝た。
モモがそうしたがった。
「トラちゃんと一緒がいい」
「おう! じゃあ寝ようか!」
俺が勉強をしていると、モモは俺のベッドでしばらく見ていた。
そのうちに寝息をたてていた。
モモは翌日もほとんど食べなかった。
うちの食事は豪勢ではない。
空腹が調味料と言えるほどだ。
おまけに、お袋は料理があまり上手くなかった。
俺はその夜に早めに勉強を切り上げ、ベッドで一緒に寝た。
「モモ、あんまし食べないよな」
「うん」
「もうちょっと喰おうぜ」
「うん」
俺が脇をくすぐると、モモは初めて笑った。
「何か好きな物はあるか?」
俺が手に入れられるものなら、どうにかしようと思った。
まあ、畑に落ちているものくらいだが。
「花火がしたい」
「え?」
俺は食べ物を聞いたつもりだった。
「ダメ?」
「うーん。俺、小遣いがないからなー」
「そうか」
モモがまた黙り込んでしまった。
「じゃあ、明日何とかしてみるよ」
「ほんと?」
「ああ、任せろ!」
「うん!」
翌朝、モモは昨日よりもちょっとだけ多く食べた。
目玉焼きを一枚、全部食べ、ご飯も半分食べ、味噌汁を全部飲んだ。
「体力ないと、花火できないもんな!」
「うん!」
今なら分かるが、モモはずっと食事をしなかったために、胃が恐ろしく小さくなっていたのだろう。
また、母親を急に喪った不安やストレスも多大にあったと思う。
俺は花火を売っている、同級生の大塚の店に行った。
小学校の近くで、雑貨や野菜、缶詰類や多少の文具などが売られている。
花火もあった。
俺は大塚のお父さんに頼み込んだ。
「少しでいいんです。花火を分けていただけないでしょうか」
「石神くんかぁ。それは無理だよ。売り物だからね」
「あの、お店の手伝いをさせてください! 俺、力はあるんで!」
「ダメダメ、小学生を働かせるわけにいかないんだから」
「そこをなんとかぁー!」
俺は土下座して頼んだが、ダメだった。
俺は裏の倉庫へ行った。
よく学校の帰りに通り抜けさせてもらってる。
勝手に箒を持ち出し、店の前を掃いた。
「石神くん! 何やってんだ!」
「いえ、勝手にやらせてもらってるだけなので!」
「すぐに帰りなさい!」
俺は無視して掃除した。
終わると呼び込みをした。
「最高の野菜ですよー」
「この鍋! シチューが美味しくできますよー」
「このバナナは、なんとフランス産!」
「昨日、総理大臣が買い物に来ました!」
通行人のみんなが笑っていた。
大塚のお父さんも苦笑し、花火を三本だけくれた。
「これを上げるから。もう困っちゃうよなぁ」
「ありがとうございます!」
俺はもう一度店の前を掃き、家に駆け戻った。
「モモ! 花火をもらって来たぞ!」
「ほんとに!」
「ああ、ゴメン。三本だけなんだ」
「いい! 嬉しい!」
俺たちは夜になるのを楽しみに過ごした。
昼食のインスタントラーメンを、モモは茶碗に一杯食べた。
俺が作った。
お袋は昼間は仕事でいない。
モモが美味しそうに食べるので、俺も嬉しかった。
お袋は昨日、一日中洗濯をしていた。
モモの服は全部汚れていた。
そして、モモは俺のベッドでほとんど寝ていた。
夏なので当然暑い。
俺の家には冷房などなかった。
ただ、高台の家だったので、風がよく通った。
俺は窓を開け、時々団扇でモモを扇いでやった。
お袋がモモのために、小さなハンバーグを作った。
ひき肉とタマネギを入れて練っただけの、お世辞にも美味いものではない。
しかし、モモは喜んだ。
その日は茶碗のご飯を全部食べた。
俺は焼いたアジだった。
きっとモモは食べられなかっただろう。
暗くなり、俺はモモと一緒に近所の広場に行った。
まだ造成中の土地だった。
蝋燭と親父のライターを借り、出掛けた。
「青い火が出るかなー?」
「え、分かんないな。貰って来たものだからな」
「青い火だったらいいね!」
「おう! そうだな!」
俺はあまり考えずに、蝋燭に火を灯し、モモに最初の一本をやらせた。
赤い火だった。
それでも、モモは楽しそうに、少し揺らしながら最後まで見ていた。
他の二本も、青い火ではなかった。
しかし、モモは喜んでいた。
俺は火を消し、ゴミを持ってモモと帰った。
暗くて怖がるといけないと思い、二人で手をつないで歌を歌いながら帰った。
ドヴォルザークの『遠き山に日は落ちて』だった。
俺が大好きな歌なんだと言った。
「前にね、青い花火だったの」
「そうなのか」
「うん。すごくきれいだった」
「いつかまたやろうな」
「うん!」
「今度は青いの探してさ」
「うん! でも、トラちゃんと一緒ならなんでもいいよ」
「そうかぁー!」
一週間もモモと一緒にいたと思う。
ある日、突然モモのお父さんが帰って来た。
もう夜の8時になっていた。
お袋が応対し、俺はモモと離れて見ていた。
髪がボサボサで顔色の悪い人だと思った。
目が虚ろだ。
モモはお父さんに連れられ、隣に帰ることになった。
モモが泣き出した。
「トラちゃんと一緒じゃなきゃイヤァー!」
お父さんが困っていた。
モモは大泣きして俺に駆け寄って来る。
俺もどうしていいのか分からなかった。
「高虎、今日はモモちゃんの家で一緒に寝てあげて」
お袋が言った。
「高虎くん、お願いできるかな」
「分かりました」
モモのお父さんは物凄く臭かった。
俺は隣の家に行った。
灯は点かない。
真っ暗な家の中で、布団が敷かれ、俺とモモは一緒に寝た。
気味の悪い家だった。
こんな家でモモはまた暮らすのだろうか。
俺はしばらく寝付けないでいた。
うとうとし始めた時、物凄い悪臭で目が覚めた。
モモのお父さんがいた。
俺とモモの頭の上に座っていた。
俺は眠っているふりをしていた。
「桃子、高虎くんも連れて行こうな」
「一緒に遊ぶといい」
俺は急激に起きた圧力に、瞬時に起きてかわした。
包丁が、俺が寝ていた場所に突き刺さった。
「おとなしくしろぉー!」
モモのお父さんが絶叫し、包丁で薙いだ。
俺はモモを連れ出そうとしていた。
左のわき腹が抉られた。
激痛が走った。
モモを抱えて部屋の隅に転がった。
左腿に温かいものが流れている。
激痛よりも、苦しさが増して来た。
「お前ぇ! モモと一緒に死ねぇ!」
俺は必死で包丁を避け、腕を蹴り上げた。
いつもの力が出ない。
左腿を叩く感じがした。
見ると、腸が零れて来ていた。
段々と身体がだるくなる。
「俺はもう終わりなんだ」
お父さんが呟いた。
もうあまり包丁をかわす力はない。
モモは俺の後ろで震えていた。
泣くこともできないほどに脅えている。
「モモ! 逃げろ! 俺が喰い止める!」
俺は自分が刺されている間にモモを逃がそうと思った。
もうそれしか出来ないほどに、身体が言うことを聞かない。
「あんたは終わったのかもしれない! でもモモは全然、何も終わってないだろう!」
俺は叫んだ。
「そうか。そうだな」
モモのお父さんはそう言って、自分の首を思い切り切った。
激しく血が噴き出し、俺たちに降りかかった。
俺は布団をモモにかけ、それを見せまいとした。
そこで意識が途切れた。
気が付くと病院のベッドにいた。
お袋と、顔なじみの刑事がいた。
「高虎!」
お袋が叫んだが、俺は答えられなかった。
軽く手を動かし、それを返事とした。
水を数杯飲んで、やっと声が出た。
「お前、また死ぬところだったぞ」
「佐野さん……」
「なんでこの町の大事件に、いつもお前がいるんだ?」
「……」
いつもの軽口は叩けなかった。
「モモは?」
「ああ、警察で預かってる。無事だから安心しろ」
「そうですか」
「高虎は何も考えないで寝てなさい」
お袋が言った。
「モモはお母さんと一緒に暮らすのかな」
お袋と佐野さんが顔を見合わせた。
「それはない。母親は殺されていた。床下から見つかったよ」
「え!」
俺は頭が真っ白になった。
「刑事さん、どうか高虎には」
「いや、お母さん。こいつは知るべきだ。命を懸けてあの子を守ったんですよ。全部知っておいた方がいい」
佐野さんが俺に事件のことを話してくれた。
現場に入ると、畳をはがした跡があり、めくってみると半分骨になった遺体が出て来たそうだ。
モモのお父さんはギャンブルで多額の借金を作り、家の抵当も取られ、数日前に仕事もクビになっていた。
恐らく借金のことで揉めて、モモのお母さんを殺したのだろう、と。
「モモはどうなるんですか?」
「多分、どこかの施設に入るだろうな。探しちゃいるが、親戚とは縁を切っていたようだ。誰も引き取らないだろうよ」
「そんな……」
佐野さんが俺の頭に手を置いた。
「おい! ガキが何を偉そうに心配しやがる! お前なんかが出る幕じゃねぇ! もうこのことは忘れろ!」
佐野さんの優しさが分かった。
俺はもちろん、佐野さんや他の誰も、モモを助けることは出来ない。
「トラ、お前はそんなになってまであの子のためにしてやったんだ。もういい。後は大人に任せろ」
「はい」
「よくやったな。でももうあんな無茶はするな。お袋さんが悲しむぞ」
「分かりました」
俺の傷は幸い内臓には届いておらず、はみ出た腸を戻し、肉を縫合するとすぐにくっついた。
またいつもの高熱が出たが翌週には退院し、痛みは多少あるが普通の生活に戻った。
その後、花火をいろいろ調べていって、青い色の花火がほとんどないことを知った。
本当に青い火を出すには、複雑な化学配合が必要なためだ。
だから安価に楽しむ花火では、作られない。
モモはどこで見たのだろうか。
モモはあれから、再び青い火をみることが出来ただろうか。
あの日の僅か三本だけの花火。
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