富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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青い火

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 響子が花火をしている。

 6月初旬の金曜の7時。
 病院の屋上で、俺と六花とで響子を連れて花火をした。
 5月のゴールデンウィークに別荘に行った時、少し持ち帰った。
 響子のためだ。
 別荘には花火が沢山ある。

 響子は六花と一緒に綺麗な花火の炎に興じている。
 六花も、嬉しそうに響子と一緒にやっていた。
 響子のストレス発散のためだが、楽しそうで良かった。

 「タカトラー! 青い火のはある?」
 
 俺はその言葉に驚いた。

 「あ? 分かんねぇ!」
 「そーかー」

 響子は別な花火を持って、六花に火を点けてもらった。

 俺は子どもの頃の苦い記憶を思い出していた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 小学5年生の夏休みだった。
 俺の家に、突然小さな女の子が来た。
 お袋が隣の子を連れて来たのだ。

 「しばらく、うちに一緒にいるからね」
 「そうなのか」
 「お隣の〇〇さんの家ね、離婚されたそうなの」
 「え!」

 新興の分譲住宅地であり、丘の上に建つ家が数十もある。
 うちもその中の一つで、小学校の登校は集団で行くので、隣の家の子も知っている。
 「桃子」という名前で、まだ小学二年生だ。
 俺が高学年なので、時々手をつないだりする。
 同級生の女子の仁藤は気が強く、面倒を見ない。
 一人で先に行ったりするので、俺が主に5人程の集団を連れて行っていた。
 桃子は一番年下だった。

 

 「トラちゃん、手を繋いで」
 「おう!」

 俺たちはよく歌を歌いながら歩いた。
 俺は「モモ」と呼んで、隣の家だということもあり、仲良しだった。
 まあ、登校時の付き合いがほとんどだったが。
 俺は問題児であり、隣の家の親が俺を避けていた。



 「奥さんが出て行っちゃってね。旦那さんは遠くで働いているのよ」
 「じゃあ、モモはどうなるんだ?」
 「昨日気付いたの。誰もいない家で、モモちゃんは一人でいたのよ」
 「なんだよ、そりゃ!」

 「夜になっても真っ暗でね。おかしいと思って今朝、行ってみたのよ。そうしたらモモちゃんが一人でいて」
 「お父さんは?」
 「気付いてなかったみたい。電気も止められてね。水道は出たけど、ガスもダメみたい」
 「ひっどいなー!」
 「今、モモちゃんのお父さんに連絡したんだけど、しばらく仕事でどうしても帰れないんだって」
 「そっかー」
 
 お袋はモモのお父さんが来るまで、うちで預かることにしたようだ。
 うちも食費は厳しいが、お袋は放っておけなかった。
 夕飯を、モモはほとんど食べなかった。
 痩せている。
 ガリガリだった。
 
 お袋が一緒に風呂に入った。
 夜は俺と一緒のベッドで寝た。
 モモがそうしたがった。

 「トラちゃんと一緒がいい」
 「おう! じゃあ寝ようか!」

 俺が勉強をしていると、モモは俺のベッドでしばらく見ていた。
 そのうちに寝息をたてていた。

 

 モモは翌日もほとんど食べなかった。
 うちの食事は豪勢ではない。
 空腹が調味料と言えるほどだ。
 おまけに、お袋は料理があまり上手くなかった。
 俺はその夜に早めに勉強を切り上げ、ベッドで一緒に寝た。

 「モモ、あんまし食べないよな」
 「うん」
 「もうちょっと喰おうぜ」
 「うん」

 俺が脇をくすぐると、モモは初めて笑った。

 「何か好きな物はあるか?」
 
 俺が手に入れられるものなら、どうにかしようと思った。
 まあ、畑に落ちているものくらいだが。

 「花火がしたい」
 「え?」

 俺は食べ物を聞いたつもりだった。

 「ダメ?」
 「うーん。俺、小遣いがないからなー」
 「そうか」

 モモがまた黙り込んでしまった。

 「じゃあ、明日何とかしてみるよ」
 「ほんと?」
 「ああ、任せろ!」
 「うん!」

 

 翌朝、モモは昨日よりもちょっとだけ多く食べた。
 目玉焼きを一枚、全部食べ、ご飯も半分食べ、味噌汁を全部飲んだ。

 「体力ないと、花火できないもんな!」
 「うん!」

 今なら分かるが、モモはずっと食事をしなかったために、胃が恐ろしく小さくなっていたのだろう。
 また、母親を急に喪った不安やストレスも多大にあったと思う。

 俺は花火を売っている、同級生の大塚の店に行った。
 小学校の近くで、雑貨や野菜、缶詰類や多少の文具などが売られている。
 花火もあった。
 


 俺は大塚のお父さんに頼み込んだ。

 「少しでいいんです。花火を分けていただけないでしょうか」
 「石神くんかぁ。それは無理だよ。売り物だからね」
 「あの、お店の手伝いをさせてください! 俺、力はあるんで!」
 「ダメダメ、小学生を働かせるわけにいかないんだから」
 「そこをなんとかぁー!」

 俺は土下座して頼んだが、ダメだった。
 俺は裏の倉庫へ行った。
 よく学校の帰りに通り抜けさせてもらってる。
 勝手に箒を持ち出し、店の前を掃いた。

 「石神くん! 何やってんだ!」
 「いえ、勝手にやらせてもらってるだけなので!」
 「すぐに帰りなさい!」

 俺は無視して掃除した。
 終わると呼び込みをした。

 「最高の野菜ですよー」
 「この鍋! シチューが美味しくできますよー」
 「このバナナは、なんとフランス産!」
 「昨日、総理大臣が買い物に来ました!」


 通行人のみんなが笑っていた。
 大塚のお父さんも苦笑し、花火を三本だけくれた。

 「これを上げるから。もう困っちゃうよなぁ」
 「ありがとうございます!」

 俺はもう一度店の前を掃き、家に駆け戻った。



 「モモ! 花火をもらって来たぞ!」
 「ほんとに!」
 「ああ、ゴメン。三本だけなんだ」
 「いい! 嬉しい!」

 俺たちは夜になるのを楽しみに過ごした。
 昼食のインスタントラーメンを、モモは茶碗に一杯食べた。
 俺が作った。
 お袋は昼間は仕事でいない。
 モモが美味しそうに食べるので、俺も嬉しかった。

 お袋は昨日、一日中洗濯をしていた。
 モモの服は全部汚れていた。
 そして、モモは俺のベッドでほとんど寝ていた。
 夏なので当然暑い。
 俺の家には冷房などなかった。
 ただ、高台の家だったので、風がよく通った。
 俺は窓を開け、時々団扇でモモを扇いでやった。

 

 お袋がモモのために、小さなハンバーグを作った。
 ひき肉とタマネギを入れて練っただけの、お世辞にも美味いものではない。
 しかし、モモは喜んだ。
 その日は茶碗のご飯を全部食べた。
 俺は焼いたアジだった。
 きっとモモは食べられなかっただろう。

 暗くなり、俺はモモと一緒に近所の広場に行った。
 まだ造成中の土地だった。
 蝋燭と親父のライターを借り、出掛けた。

 「青い火が出るかなー?」
 「え、分かんないな。貰って来たものだからな」
 「青い火だったらいいね!」
 「おう! そうだな!」
 
 俺はあまり考えずに、蝋燭に火を灯し、モモに最初の一本をやらせた。

 赤い火だった。

 それでも、モモは楽しそうに、少し揺らしながら最後まで見ていた。
 他の二本も、青い火ではなかった。
 しかし、モモは喜んでいた。

 俺は火を消し、ゴミを持ってモモと帰った。
 暗くて怖がるといけないと思い、二人で手をつないで歌を歌いながら帰った。
 ドヴォルザークの『遠き山に日は落ちて』だった。
 俺が大好きな歌なんだと言った。

 「前にね、青い花火だったの」
 「そうなのか」
 「うん。すごくきれいだった」
 「いつかまたやろうな」
 「うん!」
 「今度は青いの探してさ」
 「うん! でも、トラちゃんと一緒ならなんでもいいよ」
 「そうかぁー!」

 


 一週間もモモと一緒にいたと思う。
 ある日、突然モモのお父さんが帰って来た。
 もう夜の8時になっていた。

 お袋が応対し、俺はモモと離れて見ていた。
 髪がボサボサで顔色の悪い人だと思った。
 目が虚ろだ。
 
 モモはお父さんに連れられ、隣に帰ることになった。
 モモが泣き出した。

 「トラちゃんと一緒じゃなきゃイヤァー!」

 お父さんが困っていた。
 モモは大泣きして俺に駆け寄って来る。
 俺もどうしていいのか分からなかった。

 「高虎、今日はモモちゃんの家で一緒に寝てあげて」

 お袋が言った。

 「高虎くん、お願いできるかな」
 「分かりました」

 モモのお父さんは物凄く臭かった。
 俺は隣の家に行った。
 灯は点かない。
 真っ暗な家の中で、布団が敷かれ、俺とモモは一緒に寝た。
 
 気味の悪い家だった。
 こんな家でモモはまた暮らすのだろうか。
 俺はしばらく寝付けないでいた。
 うとうとし始めた時、物凄い悪臭で目が覚めた。
 モモのお父さんがいた。

 俺とモモの頭の上に座っていた。
 俺は眠っているふりをしていた。

 「桃子、高虎くんも連れて行こうな」
 
 「一緒に遊ぶといい」

 俺は急激に起きた圧力に、瞬時に起きてかわした。
 包丁が、俺が寝ていた場所に突き刺さった。

 「おとなしくしろぉー!」

 モモのお父さんが絶叫し、包丁で薙いだ。
 俺はモモを連れ出そうとしていた。
 左のわき腹が抉られた。
 激痛が走った。
 
 モモを抱えて部屋の隅に転がった。
 左腿に温かいものが流れている。
 激痛よりも、苦しさが増して来た。

 「お前ぇ! モモと一緒に死ねぇ!」
 
 俺は必死で包丁を避け、腕を蹴り上げた。
 いつもの力が出ない。
 左腿を叩く感じがした。
 見ると、腸が零れて来ていた。
 段々と身体がだるくなる。

 「俺はもう終わりなんだ」

 お父さんが呟いた。
 もうあまり包丁をかわす力はない。
 モモは俺の後ろで震えていた。
 泣くこともできないほどに脅えている。

 「モモ! 逃げろ! 俺が喰い止める!」

 俺は自分が刺されている間にモモを逃がそうと思った。
 もうそれしか出来ないほどに、身体が言うことを聞かない。
 
 「あんたは終わったのかもしれない! でもモモは全然、何も終わってないだろう!」

 俺は叫んだ。




 「そうか。そうだな」




 モモのお父さんはそう言って、自分の首を思い切り切った。
 激しく血が噴き出し、俺たちに降りかかった。
 俺は布団をモモにかけ、それを見せまいとした。
 そこで意識が途切れた。




 気が付くと病院のベッドにいた。
 お袋と、顔なじみの刑事がいた。

 「高虎!」
 
 お袋が叫んだが、俺は答えられなかった。
 軽く手を動かし、それを返事とした。
 水を数杯飲んで、やっと声が出た。

 「お前、また死ぬところだったぞ」
 「佐野さん……」
 「なんでこの町の大事件に、いつもお前がいるんだ?」
 「……」

 いつもの軽口は叩けなかった。

 「モモは?」
 「ああ、警察で預かってる。無事だから安心しろ」
 「そうですか」

 「高虎は何も考えないで寝てなさい」

 お袋が言った。

 「モモはお母さんと一緒に暮らすのかな」

 お袋と佐野さんが顔を見合わせた。

 「それはない。母親は殺されていた。床下から見つかったよ」
 「え!」

 俺は頭が真っ白になった。

 「刑事さん、どうか高虎には」
 「いや、お母さん。こいつは知るべきだ。命を懸けてあの子を守ったんですよ。全部知っておいた方がいい」

 佐野さんが俺に事件のことを話してくれた。
 現場に入ると、畳をはがした跡があり、めくってみると半分骨になった遺体が出て来たそうだ。
 モモのお父さんはギャンブルで多額の借金を作り、家の抵当も取られ、数日前に仕事もクビになっていた。
 恐らく借金のことで揉めて、モモのお母さんを殺したのだろう、と。

 「モモはどうなるんですか?」
 「多分、どこかの施設に入るだろうな。探しちゃいるが、親戚とは縁を切っていたようだ。誰も引き取らないだろうよ」
 「そんな……」

 佐野さんが俺の頭に手を置いた。

 「おい! ガキが何を偉そうに心配しやがる! お前なんかが出る幕じゃねぇ! もうこのことは忘れろ!」
 
 佐野さんの優しさが分かった。
 俺はもちろん、佐野さんや他の誰も、モモを助けることは出来ない。

 「トラ、お前はそんなになってまであの子のためにしてやったんだ。もういい。後は大人に任せろ」
 「はい」
 「よくやったな。でももうあんな無茶はするな。お袋さんが悲しむぞ」
 「分かりました」



 俺の傷は幸い内臓には届いておらず、はみ出た腸を戻し、肉を縫合するとすぐにくっついた。
 またいつもの高熱が出たが翌週には退院し、痛みは多少あるが普通の生活に戻った。





 その後、花火をいろいろ調べていって、青い色の花火がほとんどないことを知った。
 本当に青い火を出すには、複雑な化学配合が必要なためだ。
 だから安価に楽しむ花火では、作られない。

 モモはどこで見たのだろうか。
 モモはあれから、再び青い火をみることが出来ただろうか。



 あの日の僅か三本だけの花火。
 俺はずっと忘れられないでいる。






 あんなことしか出来なかった俺を許してくれ、モモ。
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