富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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クリスマスのコイン

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 7月中旬の土曜日。
 朝食後に、亜紀ちゃんが俺の部屋の掃除に来た。
 以前は子どもたちが交代でやっていたが、皇紀は忙しくなり、双子は大雑把との亜紀ちゃんの意見で、亜紀ちゃんに任せることにした。
 まあ、亜紀ちゃんがやりたいということだ。

 「タカさんのお部屋は、思い出の品が多いですね」
 「そうだなぁ。俺は物を捨てない人間だからな」
 「「断捨離」反対派ですもんね!」
 「おい、勝手に敵を増やすな! 俺はただ違うというだけだ。好きでやってる人はそれでいいんだよ」
 「ほんとですかぁー?」
 「お、おう!」
 「本音は?」
 「つまらん連中だな!」
 「アハハハハハハ!」


 亜紀ちゃんは俺のガラスケースの棚を拭きながら、中を見ている。
 天井までの高さがあるので、上の方は脚立に乗って作業する。

 「何で捨てちゃうんですかね?」
 「大事な物を置いてなかった、ということだよ。思い出がねぇんだな」
 「そうですよね」
 「それでいて、他人の目は気になる、というな。刑務所に入ったらしょうがねぇけど、自分の家じゃないか。大事な物があれば、置いておくに決まってる」
 「はい」

 亜紀ちゃんが叫んだ。

 「あ!」
 「どうした?」
 「このコインって、前にタカさんが話してくれたチャップさんから送られてきたものですよね!」
 
 棚の上の方に置いている。
 ビロードの上に拡げ、1枚ずつ飾っている。
 
 「えーと、いち、にい……13枚ですか」
 「ああ。俺が三十代に入ってだよな。チャップから届かなくなったのは」
 「はぁー」

 亜紀ちゃんは掃除の手を止めて眺めていた。

 「あ! 手紙もあるんですね!」
 「ああ。何度か受け取ったな。俺も返事は出していたよ」
 「どんなことが書いてあるんですか?」
 「まあ、近況報告みたいなものだよな。亜紀ちゃんが読んでもつまらないよ」
 「え! 読んでもいいんですか?」
 「構わんぞ」

 亜紀ちゃんはガラスの扉を開いて、何通か持って降りた。

 「これが最後の手紙ですね」
 
 消印から亜紀ちゃんが見つけた。

 「その手紙は、俺に会いに来るということが書いてあるんだ。まあ、結局は会えなかったけどな」
 「そうなんですか」

 俺は思い出した。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 俺が三十代になり、蓼科文学にガンガン鍛えられていた頃の初夏。

 日曜日に、チャップから電話が来た。

 「キッド! 手紙は届いたか!」
 「チャップ! いや、まだですよ」
 「そうか、まあいい。ちょっと時間が取れそうなんでな。お前の顔を久しぶりに見たい思ったんだ」
 「ほんとですか! 是非来てくださいよ!」
 「ああ。次のミッションは短い期間で終わるはずだから。そうしたら日本へ行くよ」
 「楽しみです!」

 「お前、時々セイントを手伝ってるそうだな」
 「まあ、仕事である程度の休みが取れる時だけですけどね」
 「セイントは上手くやってるようだな」
 「あ、知ってますか!」
 「もちろんだ。俺と同じ商売をしてるんだ。噂は自然に入って来るよ」
 「あいつ、頑張ってますよ!」
 「そうだな。どんどん大きな仕事をしているようだな」

 俺たちは久振りに長く話した。
 チャップの仕事の詳しい内容は話してもらえないが、元気でやっているのは分かった。

 「じゃあ、9月ですね!」
 「第二週には行けると思う。また決まったら連絡するよ」
 「本当に来て下さいね!」
 「約束だ」


 俺は嬉しくてしょうがなかった。
 傭兵時代に大変お世話になった方だ。
 ド素人の俺と聖にすべてを教えてくれた。
 そして自分の率いるチームに入れてくれ、新人としては破格の金を稼がせてくれた。
 傭兵の世界では超有名な人物であり、憧れる人間も多い。
 数々の戦功があり、各国の正規軍にも好待遇で誘われたりもしたが、傭兵として通している。
 チャップの所には優秀な傭兵が集まり、今も応募が多い。
 まあ、選抜試験で大体が落とされるが。

 
 俺は聖に電話した。
 生憎、作戦行動中とのことで話せなかった。
 秘書に、いつでも電話が欲しいと伝えた。

 「トラブルじゃないんだ。知らせたい要件があるのと、久しぶりに話したいというだけのことだから」
 「かしこまりました。承りました」

 

 8月に入り、俺はチャップとの再会を楽しみにしながら、仕事に没頭した。
 第一外科部長となった蓼科文学は、俺を徹底的に鍛え上げ、他部にもしょっちゅう応援に行かされ、外科以外のことも散々叩き込まれた。

 「おい、石神! 何ヘラヘラ笑ってやがる!」
 「え、ちょっと楽しみなことがありまして」
 「気持ち悪い奴だな」
 「エヘヘヘヘヘ!」

 他の同僚は俺の過酷な仕事量に驚いていた。
 俺は文句ひとつなく、笑顔でこなしていった。

 
 しかし、8月が終わる頃になっても、チャップからの連絡はなかった。
 俺の表情は暗くなっていった。

 デスクで次のオペの資料を眺めていた。
 別に何も難しいこともないものだった。
 一応、という感じでペーパーをめくっていく。

 「おい、散漫になってるぞ」
 「うるせぇなぁ」

 振り返ると、蓼科部長だった。
 思い切り殴られた。

 「お前! たるんでるぞ!」
 「すいませんでしたぁ!」

 

 8月が終わり、9月に入った。
 俺はチャップとの再会を諦めていた。
 きっと、次のミッションが入ったのだろう。
 仕事によっては、外部と連絡出来ない状況もある。

 俺はまた次の機会だと考えた。


 9月の第二週の日曜日。
 俺はやっともらえた休日で、ぶっ倒れていた。
 蓼科部長のしごきはあんまりだ。
 夏休みはおろか、土日の休みも仕事を入れられた。

 「俺が体力バカじゃなきゃ、死んでるぞ」
 
 ベッドにつっぷして愚痴を零していた。

 気が付くと、部屋に誰かいる。
 当時はマンションの7階に住んでいた。
 4LDKの広めのマンションだったが、本や映像、音楽ソフト、それに服がぎっしりだ。
 寝室にいたが、リヴィングに気配がある。

 俺はクザン・オダのナイフを手に、気配を消しながら移動した。


 リヴィングのテーブルに誰か座っている。
 身体の大きな男だ。
 筋肉が凄い。
 金髪の短く刈り込んだ頭。

 「チャップ!」

 俺は叫んだ。
 多少年を取っているが、精悍な顔は今でも輝いていた。

 「どうしたんですか! 連絡を待ってたのに!」
 
 チャップは微笑んで俺を見ていた。

 「ねえ、どうやって入ったんですか。あ! 忍び込みましたね!」

 チャップは笑っている。
 まったく人が悪い。

 「まいったなぁ。ああ、コーヒーを淹れますね。ちょっと待ってて下さい」

 俺は慌ててキッチンで湯を沸かし、コーヒーの準備をした。
 リヴィングとは対面型なので、チャップに話しかける。

 「連絡が来ないんで、てっきり次の仕事が入っちゃったかと思ったんですよ。でも嬉しいなぁ! 本当にチャップが来てくれた!」

 俺は一方的に話し続けた。

 「聖もね、今仕事で連絡が付かないんです。あいつにもチャップが来るんだって伝えたかったのに。まあ、しょうがないですよね。そういう仕事だし」

 コーヒーをチャップの前に置いた。

 「俺も結構忙しくて。丁度今日やっと休みをもらえたんです。もしかしたら、行き違いになっちゃったかもしれませんでしたね。ああ、本当に良かった!」

 チャップは嬉しそうにコーヒーを飲んだ。
 満足げにカップを置く。

 「そうだ! いつまでいられますか? 俺、上司に話して明日も休みにしてもらいますから!」

 早速電話を掛けようとした。
 チャップが俺の肩に手を置いた。
 大きな手だった。

 「チャップ?」

 チャップは首を横に振った。

 「キッド、俺は約束を守ったぞ」
 「え?」

 俺はその瞬間、目の前が暗くなった。



 気が付くとベッドに横になっていた。

 「なんだ、夢かぁ」

 本当に楽しみにしていた。
 子どものようだと、恥ずかしくなった。

 リヴィングには、二つのカップが出ていた。

 「ん?」





 聖から連絡が来たのは、10月に入ってからだった。

 「トラ!」
 「よう、聖!」

 俺は9月にチャップが来るはずが、ダメになったのだと話した。

 「そうか。残念だったな」

 聖は会社設立の時から、たまにチャップに会っていた。
 経営のノウハウなども結構教えてもらっていた。
 そればかりか、当初はよく仕事も回してもらっていたし、チャップの所の人間と共同作戦までやった。

 「俺も最近は会ってないんだ。ようやく自分で何でもできるようになったかんな!」
 「おう、そうか」

 俺たちは久しぶりに話した。

 「また休みが取れたら行くよ」
 「ほんとか、トラ! 嬉しいなー!」
 「アハハハハ!」

 年末には絶対に休みを貰おう。

 「あ、チャップのことはちょっと調べてみるよ」
 「おう、そうしてくれ。電話ででも話したいからな」
 「分かった!」



 その年のクリスマス。
 チャップから毎年贈られていたコインが届かなかった。
 俺は夏のこともあり、ミッションが厳しいのだろうと考えていた。



 年が明けて1月の中旬。
 聖から連絡が来た。

 「おい、チャップは死んだらしいぞ!」
 「なんだと!」
 「はっきりしたことは分からない。ロシアでの作戦行動だったらしいよ」
 「あのチャップが死ぬはずないだろう!」
 「トラ、落ち着けよ。俺たちはそういう世界で生きてんだ」
 「聖!」
 
 聖が調べてくれたのは、恐らくは潜入作戦だっただろうということだった。
 チェルノブイリの処置状況を、欧米のどこかの国が調べたがったらしい。

 「旧ソ連の最悪の遺産だからな。厳戒態勢とまではいかなくても、結構厳しいと思うぞ」
 「チャップなら散歩コースだろう!」
 「虎、どこにも死が転がってるって、お前が言ってたんだぞ」
 「……」


 俺はその時、初めてチャップがコインを贈り続けていた理由を理解した。
 あれは、いつ死ぬか分からない自分の、生存証明だったのだ。
 言葉にしなくとも、自分が生きて同じ世界にいるのだという意味だった。



 あの、9月の日曜日。
 チャップは俺に会いに来てくれたのだろうか。











 「キッド、俺は約束を守ったぞ」

 そう言った、チャップの優し気な眼差しを俺は忘れない。
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