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プール
しおりを挟む亜紀ちゃんにチャップのコインを見せた日の晩。
亜紀ちゃん、レイ、柳と一緒に酒を飲んだ。
俺と亜紀ちゃんはいつものワイルドターキー、レイはウォッカ。
柳はレモンスカッシュを自分で作った。
俺が無理に酒を飲む必要はないと言ったからだ。
つまみは残り物のホッケと冷凍の焼き鳥、それに枝豆を大量に用意した。
「柳、折角車を持ってるんだから、誰かと出掛けろよ」
俺はほとんど顕さんの家にしか行かない柳に言った。
「ええ。でも、どこへ?」
「そんなのは自分で考えろ!」
「でもー」
レイは箸でホッケと格闘している。
亜紀ちゃんは焼き鳥を食べ「美味しくないですね」と言っている。
でもガンガン食べていた。
「海なんかどうだ?」
「あ! いよいよ私の水着が見たくなりました?」
「見たくねぇよ! 俺は海なんか嫌いだ」
「えー!」
柳が俺を睨む。
「亜紀ちゃんとか双子たちとどうだ?」
「いいいですけど、石神さんがいないんじゃ」
「このクソ暑いのに、海なんか行くか」
「じゃあ、どうして私たちには勧めるんですか」
「海で泳げばいいだろう」
「石神さんは?」
「俺は裸になりたくねぇ」
「「薔薇乙女」とかじゃ大騒ぎですけどね!」
亜紀ちゃんが言う。
俺は頭を引っぱたいた。
レイは笑っている。
「石神さんは夏は泳がなかったんですか?」
「まあ、子どもの頃は友達とな。でも本当に親しい奴らとだよ」
「へぇー」
「海はばあちゃんがいたとこではな。でも人から離れた場所でだったよなぁ」
「そうですか」
俺は自分の身体の傷を見せたくなかった。
「お友達とは?」
「近所の川だったな。山に入れば人のいない場所も多かったし。ああ、一度自分たちでプールを作ったりもしたな」
「プール?」
「まあ、実際には溜池みたいなものだ」
「それを作ったんですか?」
「ああ。エライことになったな」
亜紀ちゃんがお玉を持って来て俺に向けた。
「どうぞ!」
俺は苦笑して話し始めた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
小学校6年生の7月。
まだ夏休み前だった。
俺の家には冷房が無く、扇風機すら自分の部屋では使えない。
「あちーなー」
団扇で扇いでも、暑さは和らがない。
勉強は頑張ってやるが、それ以外は水風呂に入るくらいしか出来ない。
だからよく山に入り、矢田や五十嵐と川で遊んだ。
遠くに行けばちゃんとした広い川があり、泳げる。
近所にはそれほど大きくはない川だった。
でもせせらぎの近くではちゃんと涼しい。
「おい、ここにプールでも作るか?」
俺が言うと、矢田と五十嵐が乗って来た。
丁度、両側が崖に挟まれた恰好の場所があった。
三人で相談し、そこを堰き止めれば手前に大きな水たまりが出来るだろうと話し合った。
俺たちは石を運び、堰を作り始めた。
やってみると面白い。
徐々に積み上がった石が、多少水を堰き止め始めた。
毎日、学校が終わると暗くなるまでの数時間、俺たちは作業した。
しかし、泥や木の枝を隙間に詰めても、水は漏れてしまう。
金城先輩の家の廃品処理場へ行き、いらないと言うブルーシートなどを頂いた。
「これならいけそうだな!」
「石神の顔の広さのお陰だな!」
「「「ワハハハハハ!」」」
ブルーシートは重かったが、三人で頑張って運んだ。
その効果は抜群だった。
俺たちは重たい石を積み上げ、太い枝で補強し、ブルーシートを掛けた。
見事に水が溜まっていく。
何日もかけて、俺たちは本当にダムのようなものを構築した。
場所が良かった。
林の中に直径30メートル程の池が出来た。
三人で抱き合い、完成を喜んだ。
矢田が早速テントを持って来て、よくそこでキャンプをした。
また金城先輩の所から折り畳み椅子を貰い、三人で泳いではその椅子に腰かけて休んだ。
物凄く楽しかった。
「俺たち、スゴイことやったよな!」
「そうだね!」
「三人で頑張ったもんな!」
「「「オウ!」」」
ゴキゲンだ。
五十嵐は暗くなると帰ったが、俺と矢田はよくそこでテントを張り、夜明けまで遊んで話したりした。
ラジオを持って来て、よく一緒に聞いた。
一緒に歌い、話した。
夏休みに入り、入り浸るように、そこで過ごした。
鍋を持って来て、食事も作った。
ある日、昼飯をそこで食べていた。
俺が畑に「落ちている」ものを集めて、味噌で煮込んだ。
美味かった。
「おい、ヘンな音がしないか?」
俺がダムの向こう側で洗い物をしていると矢田が言った。
ダムの上から水が常に零れている。
そこで鍋を洗っていた。
「え?」
「なんか、ミシミシって音」
「そう?」
俺は洗い物の手を止め、矢田の言う音を探した。
した。
俺のすぐ脇のダムからしている。
バキン!
木のへし折れる音が聞こえた。
俺は咄嗟に駆け出して、崖を駆け登ろうとした。
「石神ぃ!」
矢田が叫んだ。
俺は何とか上の木に捕まり、足元でダムが決壊するのを見た。
三十メートルに渡って溜まっていた水が、一挙に下流に流れ出す。
元の川幅を大きく超えて、大量の水が土砂とともに流れていく。
俺が何とか抱えた100キロ以上の大きな石が押し流されていく。
「「……」」
俺たちは呆然と見ていた。
「石神……」
「ヤバイな……」
俺たちはテントを畳み、山を下りた。
1時間後。
下流にあった工場が水浸しになっていた。
食肉加工の工場だ。
その隣の家も、二階にまで水が掛かった跡があった。
大騒ぎになっていて、警察が来ていた。
刑事の佐野さんもいた。
佐野さんは俺を見つけて、何も言わずに俺を殴った。
「またまたテメェかぁ!」
俺は矢田に手を振って、行けと合図した。
矢田は俺に頭を下げて、さりげなく場を去った。
俺は佐野さんや他の警官と一緒に、ダムのあった場所へ案内させられた。
みんな呆れていた。
「お前、勉強は出来るそうだな?」
佐野さんが俺に言った。
「はい!」
また頭を殴られる。
「でも、バカだよな?」
「はい!」
警察の人たちが、周囲を見分した。
「トラはやることがでけぇな!」
警官の一人が笑って言った。
「エヘヘヘヘ」
また佐野さんに殴られた。
下流の家は留守で窓を閉めていたので、被害は無かった。
工場も、コンクリートの床が濡れただけなので、被害と言うほどのものでもなかった。
床は洗い流せるようになっており、濡れたことは問題なかった。
だからと言って、俺が許されるはずもない。
一晩留置場へ入れられ、たっぷりと説教された。
また佐野さんがカツ丼を喰わせてくれた。
婦警の佳苗さんが大笑いしていた。
「トラ、お前なぁ、人が死んでもおかしくなかったんだぞ?」
「はい! すみませんでした!」
「何であんなバカなことをしたんだ?」
「あの、暑かったんで」
「なんだと?」
「俺の家って、扇風機もないんですよ。だから暑くって。ちょっと涼もうと思ってたら」
佳苗さんがまた大笑いして、扇風機を俺に向けてくれた。
「お前なぁ」
「アハハハハハハ!」
「笑うな! バカ!」
佐野さんも笑った。
壁が濡れた家も、食肉加工工場の人も、俺がやったことは笑って済ませてくれた。
凡そ、450トンもの水が溢れたわけだが、ほとんどは山間に消えただろう。
しかし、川筋に沿って相当な量が流れたことは間違いない。
留置場は涼しかった。
俺は翌日から梯子を借りて外壁を洗い、工場の床の掃除を一週間やらせてもらった。
暑くて死にかけた。
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