富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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道間家 次期当主誕生

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 少し遡って、5月18日の土曜日。
 俺は京都の道間家に来ていた。

 子どもたちにも話していない。
 亜紀ちゃんは察してはいたようだが。
 シボレー・コルベットを運転していく。
 AI制御の機能のあるこの車であれば、俺に万一のことが起きても安全に停止出来る。

 麗星の出産予定日だった。
 



 京都市内に入る前に、取り付けた大きなディスプレイに一江の顔の動画を出した。

 「お! いいな!」

 一江の顔のアップで、俺に話し掛けて来る。

 「部長! 安全運転ですよ!」
 「部長! また「山里」に連れてって下さいね!」

 一江が喋りながら、あの「顔面」を見せ続けてくれる。
 俺は運転しながら、時々一江の「顔面」を見て、順調に運転していた。

 「部長! ちょっと一度デートでもしましょうか!」
 「……」

 音声を切った。




 道間家が近くなり、俺は電話をした。
 五平所が出て、門を開けてくれる。
 停める場所は分かっているので、一人で移動し、道間家本館の玄関へ向かった。
 金曜日の午後10時だ。
 玄関には、五平所だけが立って待っていた。

 「遅い時間にすいません」
 「いいえ、わざわざお出で頂きまして」

 俺の荷物を五平所が持ってくれ、部屋まで案内された。

 「麗星さんは?」
 「はい。今はもう休んでおりますが、お身体は健康でございます」
 「そうですか」

 他の女であれば、寝顔でも見たい所だが、この道間家ではそうも行かない。
 俺はこれから生まれる子どもの父親ではあるが、道間家の外の人間だ。
 道間家との関係は良好だが、俺が道間家の上の位に就くわけでもない。
 あくまでも、賓客の枠からは出ないのだ。

 「お食事をご用意しましょうか?」
 「いいえ、途中で食べて来ましたので」
 「では、少しだけお酒でも」
 「ありがとうございます。頂きます」

 俺は風呂を勧められ、出ると食堂で酒を振る舞われた。
 日本酒の熱燗に、しぐれ煮や豆腐、漬物など。

 「私もご一緒に宜しいですか?」
 「是非!」

 五平所が嬉しそうに笑って、猪口を持って来て座った。

 「石神様、お子様が生まれるというのに、このような手配で申し訳ございません」
 「いいえ、道間家は旧い格式のある家ですから。俺も分かっていますよ」
 「ありがとうございます。でも、確かに石神様の御子でございますので、可愛がっていただければと」
 「もちろんです。道間家の次期当主ではありますが、俺の子どもにも間違いない」

 五平所が笑った。

 「確かに道間は古くからある家ですが、どうにも最近はいろいろと変わりつつありまして」
 「そうですか」
 「はい。当主がとにかく、アレでございますので」
 「アハハハハハ!」

 二人で大笑いした。

 「麗星に尽くすつもりではおりますが、内心ではもう道間家は終わるのだと思っておりました」
 「どうしてですか」
 「跡継ぎです」
 「それは?」
 「これまでは、道間の家系の中でも優秀な人間の血を入れて紡いで参りました。ですが、もはやそのような血筋も残っておらず。麗星の婿になれるほどの者はいないと。そう思っておりました」

 五平所の気持ちはよく分かった。
 麗星は最後の道間家当主にはなったものの、その後に続く者はもう生まれない。
 血は残せたとしても、それだけのことだ。
 「血」とは、物理的な遺伝子だけのものではないのだ。

 「麗星が無謀とも思える「大赤龍王」を身に入れる決意をしましたのも、道間の血をより強いものにするためです。自身が滅びてしまうことは分かっていましたが、それでも……」
 「それが出来なければ、道間が滅びると」
 
 五平所は頷いた。

 「でも、石神様が御救い下さった」
 「いいえ、俺など。丁度手元にあったものを差し上げただけですよ」
 「そんなことは」

 五平所は笑って、空になった銚子を下げに行き、一升瓶とコップを持って来た。
 俺は笑って瓶を受け取り、コップに五平所の酒を注いだ。
 俺も猪口を飲み干して、五平所から注がれた。

 「私は最初、何としても麗星を止めるつもりでいました」
 「そうですか」
 「道間が途絶えても良い。麗星に生きて欲しかった」
 「そうですか」
 「あの、美しくワガママでどうしようもなく優しい娘に、幸せになって欲しかった。一度は道間の家を出て、そうなってくれるはずでしたが」
 「ああ、フランスに行っていたんですよね」
 「はい。まあ、あそこはすぐに戻って来ましたけど」
 「え、そうなんですか?」
 「肌に合わなかったようです。一時は夢見て参ったのですが」
 「はぁ」

 そうは聞いていなかった。
 フランスで男たちに囲まれて楽しく過ごしていたのだと。
 まあ、肉体関係はあまり無かったようだが。

 「やはり、慣れ親しんだ京都の方が良かったようで。五条通りにマンションを借りまして、気軽に過ごしておりました。いずれそれなりの家格の者と結婚し、道間家の血筋の一つを残していたのでしょうが」
 「あの人がですか?」
 「アハハハハハ! まあ、好きな男が出来れば、それでも良かったのです。麗星には麗神と麗仁という二人の兄がおりましたので。他にも何人も分家で良い血筋がおりました」
 「なるほど」

 恐らく、麗星の性格が道間家には合わないことと、天真爛漫な麗星自身がみんなに愛されて、自由に生きさせようと思われていたのだろう。

 「しかし、あのようなことが。宇羅の裏切りにより「業」によって、道間家の血筋は絶やされました」
 「それは聞いていますが、どうして道間家の血筋が?」
 「道間家の血筋の中で、巨大な悪を滅ぼす者が現われると言う伝承があったためかと」
 「そうなんですか」
 「言い伝えではございましたが、もしかしたら、当主には何かもっと確かなことが伝わっていたのかもしれません」

 そうであれば、宇羅が道間の血を畏れた理由は分かる。
 「業」も、宇羅の話から放置できない何かを聞いたのかもしれない。

 「でも、どうして麗星さんだけは見逃されたんでしょうか?」

 俺はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。

 「分かりません。宇羅は麗星に道間の才能が無いことを知っていました。そのせいかもしれませんが」
 「でも、血を残せは危険なんですよね?」
 「はい。ただ、もう道間の血を支える伴侶は麗星には現われませんし、そう思ったのかも」
 「そうですかねぇ」
 
 五平所の顔が歪んだ。

 「こんなことは考えたくもないのですが」
 「はい」
 「あの悪鬼となった宇羅の中にも、麗星を思う心が残っていたのかもしれない」
 「え?」
 「宇羅は麗星のことを、特別に可愛がってはおりましたからね」
 「そうだったんですか」
 「好き勝手に生きる麗星を、困った顔をしながらもいつもにこやかに見ていた。自分や他の子どもたちに出来ない生き方を、麗星にして欲しかったと」
 「……」

 五平所は優しい顔になった。

 「あんなに愛くるしい、ワガママで、そして優しい娘はいなかったんですよ」

 そう言って、庭を見詰めた。
 今はもうそこにはない、懐かしい記憶を。
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