富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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母の歌

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 7月最後の土曜日。
 俺は早朝にロールスロイスを運転して、六花と吹雪を迎えに行った。
 亜紀ちゃんたちも一緒に来たがったが、今回は俺だけで行く。

 「もう少しのんびりして来いよ」
 「もう大丈夫です。早く響子の顔が見たいですから」
 「しょうがねぇなぁ」

 もう数週間は休ませようと思っていたのだが、六花が動きたいらしい。
 身体は十分に整ってはいる。
 そういうことで、俺が迎えに行くことにした。




 「石神先生!」

 俺の顔を見て、六花が喜ぶ。
 午前10時過ぎに着き、六花は吹雪に授乳していた。

 「一杯飲むんですよ!」
 「六花のオッパイは最高だからな!」
 「エヘヘヘヘ」

 俺にもまた飲めと言い、タケがいたので遠慮した。
 吹雪はすっかり顔も整い、六花譲りの美しい赤ん坊になっていた。

 「帰る前に、お父さんの墓参りに行こう」
 「はい!」

 六花は吹雪を抱き、一緒に外へ出た。
 
 何度も行っている寺だが、住職が素晴らしい方だ。
 永大供養をお願いしてはいるが、本当に墓の世話を大切にしてくれている。
 檀家の多い寺だが、毎日托鉢もしている。
 その金で、葬儀などの費用を低く抑えてくれている。
 今時の僧侶で托鉢をする人は少ないだろう。

 俺たちが行くと、墓所の入り口を掃除していた。
 挨拶すると、嬉しそうに笑ってくれた。

 「お子さんが生まれたのですね」
 「はい。今日はその挨拶に来ました」

 住職が先に立って墓へ向かう。
 掃除をし、花を挿して線香を焚くと、一緒に般若心経を唱えてくれた。
 俺たちがいつも唱えるのを知っている。

 「仏様が喜んでおられますよ」
 「そうですか」
 「石神さんに、奥様と御子様を宜しくと仰っています」
 「任せて下さいと伝えてもらえますか?」
 「もう伝わっておりますよ」

 そう言って、住職がにこやかに笑った。
 六花が泣いているので、俺が報告した。

 「お父さん。六花と俺の子の吹雪です。俺たちが吹雪の中で縁を結んだことで、そういう名にしました」

 六花が墓石の近くに吹雪を寄せた。

 「六花に似て美しい子ですよ。俺とお父さんは余計ですかね」

 六花が俺の背中を叩いた。

 「二人を必ず幸せにします。安心して下さい」

 俺が頭を下げると、六花が叫んだ。

 「お父さん! 私、幸せだから! 本当に幸せだから!」

 そう言って、また泣き出した。
 俺はその背中に手を回して抱き寄せた。





 「弱肉強食」で食事をし、「紅六花」全員に見送られて出発した。
 六花がまた少し涙を流した。

 「おい、ゆっくり走るけど、気分が悪くなったらすぐに言えよな!」
 
 後ろのシートの六花に声を掛ける。

 「はい!」

 六花は助手席に座りたがったが、チャイルドシートの吹雪の隣にいろと言った。
 吹雪は寝ている。

 「そう言えば、石神家のみなさんは、その後どうなんですか?」
 「!」

 俺はその話は辞めろと言ったが、まあ話しておかなければならない。

 「あの後な。虎白さんがうちに来て、俺が石神家の当主になっちまったんだよ」
 「そうですか」

 六花はあまり驚いていない。
 
 「虎なら、そうなりますよね」

 二人きりなので、俺のことを「虎」と呼ぶ。

 「冗談じゃねぇのになぁ。でもな、「俺が当主なんだから敬語を使え!」って言ったら、またボコボコにされた」
 「アハハハハハ!」
 「当主って何なんだよなぁ。一応俺の決めたことに従うとか言ってるのにさ。敬語はダメなんだと」
 「アハハハハハ!」

 六花が笑う。

 「虎、私は「紅六花」に、一度も「敬語を使え」なんて言ったことないですよ?」
 「おお、すげぇな!」
 「器ですかね?」
 「ワハハハハハハ!」

 まあ、その通りなのだろう。
 俺は器が小さい。

 「こないださ、うちにローマ教皇が来たんだよ!」
 「へぇー!」
 「突然にな。お前も襲われたけど、あの事件は元々ローマ教皇の下にいる連中がやったそうなんだ」
 「そうだったんですか」

 六花には無事に解決したとしか話していない。
 俺は詳細を運転しながら話した。

 「それでな。うちに詫びに来たってことなんだ」
 「スゴイですね!」
 「俺も器は小さいけど、東大出てるからな!」
 「さすがです!」
 「おう!」

 二人で笑った。

 「それでさ。虎白さんに話したら、鍛錬中で忙しいってなぁ。その直後に、うちのサンルームに日本刀が飛んで来た」
 「えぇー!」
 「あれ、投げて来たのかな?」
 「そうなんですかね!」

 吹雪が起きたので、サービスエリアに入って休んだ。
 吹雪きも士王のように、あまり泣かない。
 俺が抱き、フードコートでコーヒーを飲んだ。

 俺の顔を一生懸命に触っている。
 指を咥えてやると喜ぶ。
 六花も片方の手の指を咥える。
 吹雪は両方の顔を見て嬉しそうにする。

 「こいつはモテるだろうなぁ」
 「虎の子ですもんね!」
 「お前が綺麗過ぎだからだよ!」

 俺たちはバカップルではない。
 事実だ。

 「大きくなったら、女子高買い取ってそこに一人だけ入れるか!」
 「いいですね! 入れ食いですね!」
 「下品な言い方をするな!」
 「東大的には、どう言うんですか?」
 「カイザーオチンチン状態だな!」

 なんか、どこかで前に聞いたことがある。
 
 「スゴイですね!」
 「そうだろう!」

 サービスエリアを出て、六花が歌を歌った。
 俺も好きに歌わせる。
 相変わらずの音程の崩れだが、吹雪が黙って聴いていた。
 そのうちに眠った。

 「おい、気絶したんじゃないだろうな?」
 「酷いです!」
 
 まあ、別に吹雪が歌が上手くなくてもいい。
 六花はこんなにも歌が好きなのだから。
 吹雪も、きっとそういう歌が大好きな人間になるだろう。




 六花の歌は音程はひどいが、優しい気分になる。
 俺は他に人がいると止めるが、それは下手だと言われて六花を傷つけたくないからだ。
 二人きりの時には、好きに歌わせる。
 俺は六花の歌が好きだ。
 吹雪にも、母の歌を好きになって欲しい。
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