富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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竜胆丸譚 Ⅱ

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 大陸を「虎王」の導くままに彷徨った。
 一度だけ里へ帰った。
 大きな戦いを前に、我が身の果てることを想ってのことだった。
 虎四や他の者とは会わなかった。
 奈津にだけ密かに会い、契りを結んだ。

 「奈津。俺はほどなく奉天で大陸中の妖魔と戦う」
 「さようでございますか」
 「一年も掛からぬ。それが最後の戦いとなるだろう」
 「はい。御武運を」
 「お前も達者でな」
 「はい」

 それだけの会話だった。
 一刻も一緒にはいなかった。
 だが、奈津の美しく優しい顔を見ることが出来た。



 奉天の広い原野で、50億以上の妖魔と戦った。
 5日間も連続して「虎王」を振るった。
 振るい続ける限り、「虎王」は極星結界を張る。
 虎星は疵こそそれほど負わなかったが、体力も限界に来ていた。
 極大の妖魔を斃し、その妖魔が呼び出した膨大な数を滅した。

 「虎星様。これで明の妖魔はほぼ駆逐されました」

 同行していた道士・李瑞麗と数人の人間が傍に駆け寄って言った。
 大陸を旅している中で出会った、道教の名家の人間だった。
 もう5年もの付き合いになる。
 大陸に渡って三年で虎星も言葉も覚えた。
 虎星の使命を星見で知り、自ら協力を申し出てくれたと言っていることが理解出来た。
 この広大な原野に、大陸中の妖魔を集めてくれたのも李瑞麗の家の力だった。

 「何とも凄まじい戦いでございました。よくぞ最後まで」
 
 倒れかけた虎星を抱えながら、瑞麗は話し掛けた。

 「「虎王」の主という者が、どのような方かを目の当たりにし、光栄でございます」

 虎星は丘の上の草原に運ばれ、少しの食事と水を飲み、そのまま眠った。



 虎星が気が付くと、どこかの小屋に運ばれていた。
 瑞麗と数人の者が中にいて、虎星が目覚めたのを知り喜んだ。
 すぐに食事が用意された。

 「どれだけ眠っていた?」
 「二日でございます。お身体は如何ですか?」
 「ああ、まだ疲れはあるが、もう大丈夫だ」
 「それは何よりでございます」

 虎星は薬草が入っていると思われる粥を口にした。

 「それでは、いよいよ日本へ帰れますね」
 「ああ、世話になった。感謝する」
 「いいえ。我が家系に古くから伝わることでございましたので」
 「なに?」

 瑞麗が微笑みながら語り始めた。

 「日本から、強大な力を持つ剣士がこの国に渡って来ると。そしてその剣士は、この国を亡ぼす妖魔を悉く滅するする方であり、我が家がそれをお助けするのだと」
 「なるほど」

 突然自分を探していたという瑞麗たちに驚いたが、そういうわけだったかと虎星も納得した。

 「太古より、何度も破滅の王が生まれるのです」
 「そうなのか」
 「そして同時に、その破滅の王と戦う者も生まれます」
 「そうか」
 「しかし、時にその時期がずれる場合がございます」
 「なに?」
 「ジーシュー(质数=素数)なのです。人知に及ばぬことではございますが、破滅の王とそれと戦う者はジーシューの間隔で生まれるのです。しかし両者のジーシューは異なるので、時に破滅の王だけが生まれることがあるのです」
 「そうなのか」

 虎星には理解出来ない話だった。
 数年おきに生まれるセミがいる。
 しかし、素数周期のセミ以外は全て滅んだ。
 氷河期の時代に、セミの生息範囲は著しく狭まった。
 その限られた場所で、素数周期以外のセミは、長い期間を地中で過ごして地上に出ても、同種のセミと出会うことが出来なくなってしまった。
 交雑によって、種は滅んだ。
 素数周期のセミだけが、他種と交わることなく、同種のみと繁殖出来た。
 生命にはそういうことがある。
 この宇宙は素数と密接に繋がっている。
 虎星はもちろん知らないことであった。

 「どうやら破滅の王は二つのジーシューを持っているようでございます」
 「そうなのか」
 「破滅の王だけが生まれると、世界は滅ぼされかねません。しかし、そうした周期の時には破滅の王も何故か力も弱まり、そしてそれに対抗出来る者も現われます」

 瑞麗の話は続いたが、理解出来ない虎星は黙って聴いていた。
 分かったのは、この時代の破滅の王と戦ったのが自分らしいということだった。

 「虎星様がいらっしゃらなければ、この国は滅んでいたことでしょう」
 「俺は戦えと言われたから来ただけだ」
 「はい。それでも、有難いことでございます」

 数日を小屋で過ごし、瑞麗たちと共に旅をした。
 紫禁城にも誘われたが、当然断った。
 ただ、莫大な報奨金を受け取り、その半分を瑞麗たちに渡した。
 何度も断られたが、虎星は頑強に渡した。

 虎星は、8年ぶりに日本へ戻った。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 2か月を掛けて故郷に戻ると、そこは崩壊していた。
 里の者の多くが殺され、家も半分が焼かれていた。

 虎星の姿を見つけて、剣士の一人虎竹が駆け寄って来た。

 「虎星!」
 「虎竹! これはどうしたことだ!」
 
 虎竹は地面に平伏した。

 「虎星、すまん! やられた!」
 「誰にやられた!」
 「武田とそれに従った幾つもの国だ! あいつら大量の銃士を引き連れて来やがった!」
 「なんだと!」

 「虎四も他の剣士の多くも、それに奈津さんも死んだ!」
 「!」

 虎星は自分の家に走った。
 家は残っていた。
 虎竹も追いかけて来る。
 家の中に誰かいた。
 うちに手伝いに来ていた隣家の女性だった。
 赤子を抱いていた。

 「虎星さん!」
 
 赤子を抱いて近づいて来た。

 「あんたの子だよ! 奈津さんが命懸けで守ったんだ!」
 「奈津!」

 


 虎星を落ち着かせ、虎竹と隣家の女が少しずつ話した。
 3万もの突然の襲撃で、里があっという間に壊滅したこと。
 敵の半数を殺しながらも、銃隊の数に多くの剣士が殺されたこと。
 虎四が虎星の子を抱えて逃げたが、何発もの銃弾を喰らっていて、南部家に着いた数日後に絶命したこと。

 「この子はまだ名前が無いんだ」
 「……」
 「虎星さんが戻った時に付けてもらおうって、みんなで話していたんだよ」
 「虎星、この子は生まれて三月だ。いつまでも名無しじゃ可哀想だせ」

 虎星は赤子を抱えて言った。

 「《赤虎》だ。こいつは里の者の血を受け継ぐ者だ」
 「ああ、分かった。良い名だな」
 「虎竹。俺は旅に出る」
 「なんだって!」
 「この里を襲った奴らは絶対に許さん」
 「おい! もうここには剣士が何人も残ってねぇんだぜ!」
 「悪いな、それほど掛からずに戻るよ」
 「虎星!」

 虎星は「虎王」を床の間の刀掛けに置いた。

 「これは置いて行く。人を斬る刀じゃないからな」
 「ダメだって! お前に残ってもらわねぇと!」
 「必ず帰る」

 虎星は庭に出た。
 その震える肩を見て、二人は後を追えなかった。




 庭に竜胆の花が咲いていた。
 奈津が特別に世話をして可愛がっていた花だった。
 武骨な虎星は、奈津とあまり話したことは無かった。
 いつも、奈津が話しかけ、それに相槌を打つだけだった。



 

 「おい、毎日その花に夢中だな」

 ある日、庭に出て珍しく奈津に話しかけた。
 虎星から話すことが滅多に無かったので、奈津が嬉しそうに振り返って笑った。

 「はい、綺麗な花でしょう?」
 「俺は花のことは分からんよ」
 「でも、ほら。よくご覧になって下さい」

 虎星は近寄ってよく見た。
 確かに美しい青い花だった。

 「美しい花だな」
 「そうでしょう!」

 奈津が喜んだ。
 二人で並んで竜胆を眺めた。

 「美しい。それに清澄だ」
 「あなた様にしては、綺麗なお言葉ですね」
 「おい」
 「何故かは分かりませんが、この花を見ていると、美しく凛としたあなた様を思い浮かべるのです」
 「何を言うか」

 虎星も笑った。





 数少ない、奈津との会話だった。
 もう、話しかけたいと思っても、奈津はこの世にはいない。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 
 戦国の世で、《竜胆丸》と名乗る一人の剣士が各所に顕われた。
 たった一人で武田や幾つかの国の城を襲い、壊滅させた。
 武田家は天下を握ると期待された信玄を殺され、以降衰退していった。
 信玄の身体は無数の肉塊と化し、しばらくその死を伏せられた。
 たった一人の剣士に襲われて敗退したことを知られぬようにだった。
 《竜胆丸》が東国の石神家の人間であることは、多くの国で知られて行った。
 そして石神家に敵対すれば、どのようなことになるのかを全ての武将たちが思い知った。
 乱波(戦国の密偵・スパイ)たちが竜胆丸と石神家のことを調べるために奔走した。




 しかし、《竜胆丸》の名の由縁は、誰も知ることは無かった。
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