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「紫苑六花公園」にて
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「ちょっと時間があるな」
「そうですね」
助手席の六花が時計を確認する。
まだ4時過ぎだ。
「どうだ? 「紫苑六花公園」に行ってみるか」
「はい!」
六花が嬉しそうに返事をした。
ハマーを手前の駐車場に停めた。
公園には駐車場が無いので、しばらくみんなで歩いた。
六花は嬉しそうに俺に腕を絡めている。
「トラ、紫苑、咲いてますかね?」
「あれは秋口の花だよ」
「そうですかー」
それは仕方が無い。
六花も花が見たいのだろうが。
みんなで公園に入った。
六花が最初に紫苑の花壇を見に行ったが、やはり花は付いていなかった。
「残念だな」
「はい」
六花はちょっと悲しそうな顔をしたが、俺に向いて笑顔を作った。
手入れが行き届いた花壇には、青々と紫苑の草むらがある。
雑草はまったく見えない。
「あの!」
後ろから声を掛けられた。
20歳前後の若い女性が俺たちを見ている。
「あの! 「紅六花」の六花さんですか!」
「ええ、そうですけど?」
「そちらの方は、以前ここでコンサートでギターを弾いていた……」
「ああ、石神です。あの時来てくれてたんだね」
「はい! 私、雪平夏音っていいます!」
俺は思い出した。
前に竹流とよしこから名前を聴いていた。
竹流がこの公園で親しくなった、当時は女子高生だった人だ。
「君が! 竹流から聞いているよ」
「そうなんですか! 竹流君とは仲良くしてもらってて!」
俺は亜紀ちゃんたちにジュースを買って来るように言った。
長いベンチに腰掛けた。
六花は事情を知らないので、俺がここで竹流と仲良くしてもらった人だと話した。
親友の和泉聖歌さんと一緒にだ。
身体の弱っていた聖歌さんは、出会って翌年に亡くなった。
子どもたちが買って来たジュースを渡し、少し話をした。
「今、看護学校に通っているんです」
「そうか。君は看護師になるんだね?」
「はい。あの時聖歌に何もしてあげられなかったんで。今度は私が何かを出来る人間になろうと」
「うん、頑張って下さい」
夏音が嬉しそうに笑った。
「石神さんはお医者さんで、六花さんは看護師なんですよね?」
「そうだよ」
俺は夏音に謝った。
「あの時、竹流が俺の渡した特殊な薬を聖歌さんに使おうとしたんだ。でも俺が止めたんだよ」
「はい、「紅六花」のよしこさんから伺いました」
「竹流には絶対に他の人間には使ってはいけないと話していたんだ。でも、あいつは俺が止めたにも関わらずに使おうとした。まあ、そういう奴だって分かってたからね。俺が竹流に人を付けて止めさせた」
「はい」
夏音は俺を見ていた。
「あの薬を使えば、聖歌さんは助かったかもしれない」
「え……」
「でも、俺が止めたんだ」
「……」
「済まない。夏音さんの大事な人間、竹流の大事な人間を見殺しにした。本当に済まない」
俺は立ち上がって頭を下げた。
夏音は微笑んでいた。
「いいんです。何か特別なお薬だったんですよね。残念ではありますが、それで良かったんだと思います」
「俺を責めてもいいんだよ?」
「そんなこと! 竹流君は本当に一生懸命でした。もう、それだけで。聖歌も納得して死んだと思います。竹流君のお陰で、聖歌もクリスマスを過ごし、年を越えることが出来ました。聖歌は喜んでました」
「そうか」
ロボが夏音の膝に前足を乗せた。
「カワイイ猫ですね」
「ロボって言うんだ」
「ロボちゃん」
「ニャー」
ロボが鳴いた。
夏音が頭を撫で、気持ちよさそうにしていた。
「命は輝いているよ。でも、いつかその輝きは終わる。俺はそれでいいと思っている」
「はい」
「俺たちはいなくなった大事な人間をずっと覚えている。懐かしく思い出すことが出来る。俺はそれが生きているということだと思うよ、自分の心臓を動かすことが生きるということじゃない。死んだ人間を思うことだ」
「そうですね」
夏音は聖歌を喪った。
六花も紫苑を喪った。
俺たちは喪うのだ。
「ああ、良かったら今日、「弱肉強食」に来ないか?」
「え!」
「みんなで一緒に食事をするんだ。竹流も来るぞ」
「そうなんですか! でも私なんかが……」
「いいじゃないか。竹流の友達だ。それに、この公園で竹流と出会って、今日また俺たちと出会った。これは縁だと思うぞ?」
「そうですか!」
「遠慮しないでいいよ。俺は君に来て欲しい。まあ、お上品な食事じゃないから、本当に遠慮はいらないよ」
子どもたちが笑い、是非と言う。
「それじゃ、本当に?」
「ああ、良かったら一緒に行こう」
「いいんですか?」
「もちろんだ!」
夏音が笑って、一度家に電話すると言った。
六花がロボと駆け出した。
相変わらず仲がいい。
電話を終えた夏音が言った。
「六花さん、本当にお綺麗ですよね?」
「そうだな。俺もあんなに綺麗な女は他に知らない」
「そうですか」
六花とロボが楽しそうに走り回っている。
時々お互いに手を出してじゃれている。
「あいつはここに来ると、よくロボと走り回るんだ」
「そうなんですか」
「口に出したことは無いよ。でもな、俺は六花が自分が元気でやっていると紫苑に見せたいんじゃないかと思うよ」
「!」
「見てくれているかは分からない。そういうものじゃないのかもしれない。でもな、俺たちはそうすることしか出来ないよな」
「はい……」
みんなで楽しくじゃれている二人を見た。
「今日、夢を見たんです」
「どんな?」
「聖歌が、この公園に行こうって誘われたんです」
「そうか」
「はい」
俺たちは、そう思うことしか出来ない。
そして、祈るばかりだ。
「そうですね」
助手席の六花が時計を確認する。
まだ4時過ぎだ。
「どうだ? 「紫苑六花公園」に行ってみるか」
「はい!」
六花が嬉しそうに返事をした。
ハマーを手前の駐車場に停めた。
公園には駐車場が無いので、しばらくみんなで歩いた。
六花は嬉しそうに俺に腕を絡めている。
「トラ、紫苑、咲いてますかね?」
「あれは秋口の花だよ」
「そうですかー」
それは仕方が無い。
六花も花が見たいのだろうが。
みんなで公園に入った。
六花が最初に紫苑の花壇を見に行ったが、やはり花は付いていなかった。
「残念だな」
「はい」
六花はちょっと悲しそうな顔をしたが、俺に向いて笑顔を作った。
手入れが行き届いた花壇には、青々と紫苑の草むらがある。
雑草はまったく見えない。
「あの!」
後ろから声を掛けられた。
20歳前後の若い女性が俺たちを見ている。
「あの! 「紅六花」の六花さんですか!」
「ええ、そうですけど?」
「そちらの方は、以前ここでコンサートでギターを弾いていた……」
「ああ、石神です。あの時来てくれてたんだね」
「はい! 私、雪平夏音っていいます!」
俺は思い出した。
前に竹流とよしこから名前を聴いていた。
竹流がこの公園で親しくなった、当時は女子高生だった人だ。
「君が! 竹流から聞いているよ」
「そうなんですか! 竹流君とは仲良くしてもらってて!」
俺は亜紀ちゃんたちにジュースを買って来るように言った。
長いベンチに腰掛けた。
六花は事情を知らないので、俺がここで竹流と仲良くしてもらった人だと話した。
親友の和泉聖歌さんと一緒にだ。
身体の弱っていた聖歌さんは、出会って翌年に亡くなった。
子どもたちが買って来たジュースを渡し、少し話をした。
「今、看護学校に通っているんです」
「そうか。君は看護師になるんだね?」
「はい。あの時聖歌に何もしてあげられなかったんで。今度は私が何かを出来る人間になろうと」
「うん、頑張って下さい」
夏音が嬉しそうに笑った。
「石神さんはお医者さんで、六花さんは看護師なんですよね?」
「そうだよ」
俺は夏音に謝った。
「あの時、竹流が俺の渡した特殊な薬を聖歌さんに使おうとしたんだ。でも俺が止めたんだよ」
「はい、「紅六花」のよしこさんから伺いました」
「竹流には絶対に他の人間には使ってはいけないと話していたんだ。でも、あいつは俺が止めたにも関わらずに使おうとした。まあ、そういう奴だって分かってたからね。俺が竹流に人を付けて止めさせた」
「はい」
夏音は俺を見ていた。
「あの薬を使えば、聖歌さんは助かったかもしれない」
「え……」
「でも、俺が止めたんだ」
「……」
「済まない。夏音さんの大事な人間、竹流の大事な人間を見殺しにした。本当に済まない」
俺は立ち上がって頭を下げた。
夏音は微笑んでいた。
「いいんです。何か特別なお薬だったんですよね。残念ではありますが、それで良かったんだと思います」
「俺を責めてもいいんだよ?」
「そんなこと! 竹流君は本当に一生懸命でした。もう、それだけで。聖歌も納得して死んだと思います。竹流君のお陰で、聖歌もクリスマスを過ごし、年を越えることが出来ました。聖歌は喜んでました」
「そうか」
ロボが夏音の膝に前足を乗せた。
「カワイイ猫ですね」
「ロボって言うんだ」
「ロボちゃん」
「ニャー」
ロボが鳴いた。
夏音が頭を撫で、気持ちよさそうにしていた。
「命は輝いているよ。でも、いつかその輝きは終わる。俺はそれでいいと思っている」
「はい」
「俺たちはいなくなった大事な人間をずっと覚えている。懐かしく思い出すことが出来る。俺はそれが生きているということだと思うよ、自分の心臓を動かすことが生きるということじゃない。死んだ人間を思うことだ」
「そうですね」
夏音は聖歌を喪った。
六花も紫苑を喪った。
俺たちは喪うのだ。
「ああ、良かったら今日、「弱肉強食」に来ないか?」
「え!」
「みんなで一緒に食事をするんだ。竹流も来るぞ」
「そうなんですか! でも私なんかが……」
「いいじゃないか。竹流の友達だ。それに、この公園で竹流と出会って、今日また俺たちと出会った。これは縁だと思うぞ?」
「そうですか!」
「遠慮しないでいいよ。俺は君に来て欲しい。まあ、お上品な食事じゃないから、本当に遠慮はいらないよ」
子どもたちが笑い、是非と言う。
「それじゃ、本当に?」
「ああ、良かったら一緒に行こう」
「いいんですか?」
「もちろんだ!」
夏音が笑って、一度家に電話すると言った。
六花がロボと駆け出した。
相変わらず仲がいい。
電話を終えた夏音が言った。
「六花さん、本当にお綺麗ですよね?」
「そうだな。俺もあんなに綺麗な女は他に知らない」
「そうですか」
六花とロボが楽しそうに走り回っている。
時々お互いに手を出してじゃれている。
「あいつはここに来ると、よくロボと走り回るんだ」
「そうなんですか」
「口に出したことは無いよ。でもな、俺は六花が自分が元気でやっていると紫苑に見せたいんじゃないかと思うよ」
「!」
「見てくれているかは分からない。そういうものじゃないのかもしれない。でもな、俺たちはそうすることしか出来ないよな」
「はい……」
みんなで楽しくじゃれている二人を見た。
「今日、夢を見たんです」
「どんな?」
「聖歌が、この公園に行こうって誘われたんです」
「そうか」
「はい」
俺たちは、そう思うことしか出来ない。
そして、祈るばかりだ。
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