富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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ロクザン

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 5月下旬の金曜の夜。
 柳と双子を連れて、ロシアへ飛んだ。

 以前に壊滅させたロシア軍の基地であり、住民を拉致していた外道の集団を殲滅した。
 聖やミユキたちも一緒だったが、比較的簡単に基地の破壊は終わった。
 原子炉の処理で手間取ったが、その他に一つ懸念を残していた。
 基地を防衛していたと思われる妖魔だ。
 その妖魔は俺たちを攻撃しようとせずに、黙って俺たちのやることを見ていた。
 俺も聖も敵意を感じなかったので、放置していた。
 そのまま帰って来たのだが、どうも気になっていた。
 気にはなっていて早く確認したかったが、いろいろと重なってなかなか出向けなかった。
 ようやく俺も本腰を上げて、柳と双子を連れて行こうと決意した次第だ。

 「ヘンな妖魔だったよね?」
 「敵じゃない感じもしたよね?」

 ルーとハーも俺と同じ印象のようだった。

 「俺もそうなんだがな。それに、俺はあいつを知っているような気がしたんだよ」
 「なにそれ?」
 「分かんねー」
 「ふーん」

 双子もそれ以上は聞いて来なかった。

 基地跡には直接飛んで行った。
 前回は基地の警戒を避けるために離れた場所から侵入したが、もう基地は破壊されているので、そのまま上空から降りた。

 基地跡は俺たちが破壊したままだった。
 幾つか後から検証に来た形跡はあったが、新たに何かを作ったり建てたりはしていない。
 拉致任務の連中はすべて死んだのだが、とにかく重要な連中でもなかったのだろう。
 基地自体もお粗末な警備防衛体制で、半分見捨てられていたとも思われる。
 もしかすると、軍人ですらなかったのかもしれない。
 俺たちが手に入れたデータは人体実験のものがほとんどで、組織そのもののデータはなかった。
 死んでいった敵兵がどこの誰かも分からん。
 管轄している人間も、軍の中のどの部隊なのかも分からなかった。
 
 「何もねぇな。周辺を探ってくれ」
 「「はーい!」」

 俺には何のプレッシャーも無かった。
 俺たちを狙う者はいない。
 双子に妖魔の気配を探知してもらった。
 俺も「虎王」を抜いて探ってみる。

 「「「あ!」」」

 三人同時に見つけた。
 というか、目の前に立っていた。

 《またお目に掛かれるとは思いませんでした》

 テレパシーだった。
 俺たちはもう慣れたものだ。

 「お前、ずっとここにいたのか?」
 《はい。他に行く場所もなく》
 「何をやってたんだ?」
 《死んでいった者たちに祈りを捧げていました》

 「なんだと?」

 一瞬何を言っているのか、耳が理解を拒んでいた。
 妖魔が人間の死に祈りを捧げているだと?

 「見せてくれよ」
 《はい、こちらです》

 半信半疑で妖魔の案内に付いて行った。
 破壊された跡地から少し離れた場所で、いくつかの建屋が残っていた。
 その向こう側に鉄骨がたくさん地面に突き立てられていた。
 鉄には赤錆が浮いており、それが如何にも死者を悼む様相を増しているように見えた。
 墓石や何かを用意することは出来なかったのだろう。
 だからどこかにあった鉄材で墓標を建てたのか。
 「墓」の概念があることに、俺は驚いていた。
 それ以上に、この妖魔が真心を込めて死者を悼んでいたことが伝わって来た。
 こいつは妖魔ではないと感じた。

 「お前はどうして墓を建てようと思ったんだ?」
 《すいません。まともなものは用意できなかったのですが、せめて何か供養をしてやりたくて》
 「あいつらはろくでもない連中だったぞ」
 《知っています。連れてきた人間を酷い実験や用向きで殺していました。でも罪人とはいえ、死んでそのままにするのは忍び難く》
 「そうか」

 俺たちも手を合わせた。
 ロシア人の弔い方は知らない。
 宗教を持っていない連中も多いはずだった。

 《ありがとうございます》

 妖魔が礼を言った。

 「お前は妖魔なのか?」
 《はい。それは間違いありませんが》
 「妖魔がどうして人間を弔うんだ?」
 《元は人間でした。いいえ、そういう記憶があるだけですが》
 「どういう記憶だ?」
 《家族がいました。もう顔も思い出せませんが。そして私もここにいた連中に攫われて何かと合体させられました》
 「何か?」
 《はい、もうそれ自体は消えてしまいましたが。でも私の中にほんの一部が残っています。私も一緒に消えるつもりでしたが、それが私を最後の力で分離し、この地上に残ったのです》

 妖魔の記憶も曖昧なようで、俺にも想像は付かなかった。

 《恐らく、ここから離れた地でそうなったのだと思いますが、ここに呼び出されました。すいません、私にもよくは分からないのです》

 この基地の多くの人間を使って召喚されたのだ。
 それは俺たちも知っている。

 「そうか。召喚されたのは知っている。でも、どうして俺たちを襲わなかったんだ?」
 《あなたのお姿を見てそのような気持ちは抱けませんでした。むしろ呼び出されるのを待っていたような気がいたします》
 「待っていた?」
 《はい、それはあなたのことだと思うのです》
 「俺を待っていただと?」

 妖魔の語る飛躍した話に、また俺も戸惑っていた。

 《あなたとは何かの縁を感じるのです。いえ、私と融合していた者との縁だと思いますが》
 「消滅した奴か?」
 《はい》
 「そいつの名は覚えていないのか?」
 《すみません。ただ、それを消滅させた存在の名は》
 「教えてくれ」
 《はい。「アザゼル」と》
 「なんだと!」

 唐突に出てきたアザゼルの名に、俺はまた驚いた。
 双子も同様で、俺の両手を掴んでくる。
 柳も無論驚いている。
 自分の父親のガーディアンの名だからだ。
 話が随分と大きなものになっていた。

 《もはや自分の名も、一体になっていた者の名も思い出せません。ですが、アザゼルという名だけははっきりと覚えています》
 「……」
 《アザゼルも最後に力を貸してくれたように思います。そのお陰で、私は地上に残ることが出来ました》
 「そうか……」

 俺の予感は当たっていた。
 やはりこいつとは繋がっていたのだ。
 ただし、俺自身との直接の縁では無かった。
 アザゼルとの縁。
 俺の中でやっと線が結ばれた。
 目の前の妖魔は恐らく、あの御堂を襲ったケムエルと同化した少年のことだろう。
 ケムエルと共に滅したはずの少年は、多分アザゼルとケムエルの力によってこの世に残った。
 だが、人間としての存在ではなく、妖魔としての存在になって。
 それがギリギリのことだったのだと思う。
 
 「腹が減ったな。ルー、ハー! 何か獲物を狩って来い!」
 「「はーい!」」

 二人が走って森の中へ消えた。

 「ハスハ!」

 柳が昏倒した。
 俺が支えて地面に横たえた。





 目の前に美しい少女の姿のハスハが現われる。
 柳はまだ姿を観ることは出来ないのだろう。
 だからハスハが現われると同時に意識を喪った。
 妖魔がハスハを見て跪いた。

 「どうしたんだ?」

 俺が妖魔に問うた。

 「この方を存じている気が致します」
 「そうなのか?」

 ハスハを見ると、微笑んでいた。

 「ハスハ、この者を知っているか?」
 「はい。もう既に消えた者ではありますが」
 「こいつは、その消えた者に関わっているのか」
 「はい。消えたのは名であり、存在はこの者に繋がっております」
 「そうか」

 ハスハは俺に伝えようとはしているが、概念の違いがあるらしく難解だった。
 俺は質問を変えた。

 「アザゼルが消した者か」
 「はい、その通りです」
 「やはりな」

 以前に御堂を襲ったケムエルのことだろう。
 ケムエルを受肉させるために、どこかの少年を生贄に使ったと聞いている。
 そしてその少年もケムエルと共に消えることを願った。
 しかしケムエルとアザゼルが少年の「実在」を残した。
 多くの記憶を喪ってはいるが、それは無くなったのではないのかもしれない。
 だから、意識には無くとも意志を持って行動している。

 「名はもう無いのだな?」
 「はい、ございません」
 「そうか」

 アザゼルやハスハと共に、かつて神に戦いを挑んだ者なのだろう。
 そう気付くと、俺の中に何かが流れ込んで来た。
 それは言葉には出来ないが、俺の考えていた通りだと示すものだった。
 俺は妖魔に向かって言った。

 「お前はこれからどうするのだ?」
 《特にはございません》
 「何か求めるものは無いのか?」
 《一つだけございます》
 「言ってみろ」

 《守りたい》

 「なんだと?」

 《その方と共に、あなたの戦う者たちから人々を守りたい》
 「それは俺たちと共に戦ってくれるということか?」
 《はい》
 「お前には守る力があるのか?」
 《分かりません。ですが、あなたに問われ、今どうしようもなく欲していることです》
 「そうか」

 俺は妖魔に言った。

 「ありがとう。ならばお前に名を付けても良いか?」
 《はい、お願い致します》

 「ロクザン(roxane)。輝くという意味だ」
 《!》
 「お前の優しく気高い心で、俺たちの大事な人間を守ってくれ」

 「かしこまりました!」

 ロクザンが初めて「声」を発した。
 硬い革に覆われていた身体が変化し、大きく横に拡がる翼を持つ姿になった。
 ハスハと同じ竿頭衣に身を包んでいる。

 ロクザンがニッコリと微笑んだ。

 「宜しくな、ロクザン」
 「はい。幾久しくお仕え致します」

 ハスハが俺に頭を下げ、ロクザンと一緒に消えた。

 「「タカさーん!」」

 双子が鹿を狩って来た。
 2頭もいる。

 「おい、1頭で良かっただろう!」
 「うん、お腹空いちゃった」
 「まあ、そうだな!」
 「柳ちゃん、どうしたの?」
 「腹が減り過ぎたんだろうよ。起こしてやれ」
 「はーい!」

 柳が揺り起こされる。

 「あれ?」
 「おう、起きたかよ?」
 「あれ、私、なんで……」
 「腹が減っただろう。すぐに食事だ」
 「え、あ、はい」
 
 双子が笑いながら鹿を捌いて行く。
 俺は柳に薪を拾って来いと言った。
 柳が慌てて森に入って行く。

 「タカさん、妖魔とお話出来た?」
 「ああ、味方になったぞ」
 「「やったぁー!」」

 双子には分かっていたようだ。
 あの妖魔が特別な奴だということも、俺が子どもたちに話せないことがあることも。
 双子はあの時、タマの言葉を必死に聴こうとしていた。
 今の自分たちには無理でも、いつか俺が理解することを一緒に共有しようとしていた。
 今回双子を連れて来たのも、そういうことの第一歩だ。
 近づくことで何かを進める。
 全てを欲しがっても無理なのだ。
 
 柳がたくさんの枯れ枝を抱えて戻って来た。
 四人で一緒に肉を焼いて食べた。




 柳も双子も、嬉しそうに笑って肉にかぶりついていた。
 風が吹いて、俺たちの笑い声をどこかへ運んで行った。
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