富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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パムッカレの警官

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 「親父!」
 「アキフ! ロシア軍だ!」

 親父が電話で俺に連絡して来た。

 「なんだって?」
 「輸送機で国道320号に着陸した! 今ベラトと見ている! 兵士が続々と降りてくる!」
 「親父、逃げろ!」
 「ベラトが撮影して、データを本部へ送っている」
 「親父!」
 「でかい輸送機だ。8機も来ている」

 親父は俺の言葉を聞かず、俺に一方的に状況を話していた。
 ジャンダルマ(軍事警察)に勤め、国に身を捧げて真面目に働いてきた親父。
 俺の尊敬する親父。
 だから俺もジャンダルマに迷うことなく入ったのだ。
 孫の顔を見ることを楽しみにしていたのに。

 「もうすぐアセナに子どもが生まれるんだ! 親父、初孫の顔を見るのを楽しみにしてたじゃないか!」
 「そうだなぁ。そればっかりは残念だ」
 「親父!」

 親父は死ぬ覚悟だと分かった。
 ほんの少しの間があった。

 「輸送機から兵隊が出て来ている。全員黒い軍服だ」
 「親父!」
 「聞け! なんだ、おい、あいつら銃を持ってないぞ! 全員素手だ! こっちに何人か来る!」

 銃声が聞こえた。

 「アキフ! パムッカレを守れ! 頼むぞ!」
 「親父!」

 電話が切れた。

 「ちきしょう!」




 1時間前。
 空軍のレーダー観測所からロシア方面から航空機の一団がパムッカレ方面へ向かってくることが報告された。
 親父はバディのベラトさんと一緒にパトロールに出た。
 パムッカレのジャンダルマは全員召集された。
 軍も同時に動いている。
 緊急時にはジャンダルマは軍の指揮下へ入ることになっているので、俺たちはアンカラからの陸軍の到着を待っていた。
 パムッカレのジャンダルマの本部に全員が集まり、武器の準備をしている。
 装甲車が国道の入り口に配備され、迫撃砲や重機関銃がありったけ運ばれた。
 俺は町の住民の避難を命じられた。
 市街を離れて町の外へ避難させる。
 上官が俺を呼び止めた。

 「スレイマン! 親父さんはご立派だった!」
 「はい!」

 既に親父のことは伝わっているのだろう。
 バディのベラトさんの映像が、親父たちの最期を確信させた。
 今は泣いている時ではない。
 俺は青いパトロールカーへ乗って、住民の避難を始めた。
 武器はいつものベレッタ92とH&KのG3だ。
 バディのヤーマンと一緒に市街へ出た。
 ヤーマンが運転し、俺が拡声器で呼びかけた。
 住民が恐る恐る出て来て、俺たちに訪ねてくる。

 「とにかく急げ! ロシア軍が攻めてきた! 北の森林地帯へ逃げろ!」

 突然のことで、住民も戸惑っている。

 「「業」の軍だ! ポーランドでも南アフリカでも、全員が虐殺されている! 逃げろ!」

 俺は勝手に「業」の軍だと叫んだ。
 公式見解は無い。
 しかし、親父が見た「黒い兵士」が武器を持っていないことで確信した。
 ヤーマンも黙っている。
 今は正否を考えている場合ではない。
 「業」の軍勢であれば、短時間で街の人間が虐殺される。
 住民も「業」の軍勢だと知り、慌てて逃げる準備をしていった。

 世界中の人間が「虎」の軍の報告を知っている。
 少数の「業」の軍勢が、短時間で都市を壊滅させ、しかも全員が虐殺された。
 俺もジャンダルマの人間なので、より詳細の戦闘記録を知っている。
 一刻の猶予も無い。

 「アキフ、本当に「業」の軍なのかな」
 「間違いない。親父が黒い武装の無い兵士を大勢見ている」
 「ヤバいな」
 「そうだ。恐らく陸軍も間に合わないだろう」
 「空軍は?」
 「F16とF4が来るはずだ。国道320号の敵を撃つだろうが」

 俺は口にしながら、不安に襲われていた。
 対空戦力も銃すらも持たない連中が、普通は戦闘機の攻撃を逃れることは出来ない。
 だが、俺は南アフリカの強襲での信じられない戦闘力の兵士たちに、何か恐ろしいものを感じていた。
 地上部隊だけではあったが、戦車も投入した三個師団が短時間で壊滅したのだ。
 それでも。

 「親父が言ってた。パムッカレを守れと」
 「そうだな!」
 「それに「虎」の軍が必ず来てくれる」
 「ああ!」

 前回は俺が直接電話で「イシガミさん」に連絡出来たが、今回は携帯電話が通じなかった。
 ジャミングだろう。
 有線の電話回線も潰されている。

 俺たちは住民の避難に専念した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 アラスカのターナー少将から連絡が来た。
 嫌な予感がする。

 「どうした?」
 「NATO軍からの緊急連絡だ。30分前にトルコのパムッカレ近郊に「業」の軍と思しき輸送機が着陸した」
 「またか!」
 「NATO軍から正式に要請が来た」
 「分かった。もうアラスカは準備できているな?」
 「ああ。「タイガーファング」に二個小隊。デュールゲリエを1000体用意した」
 「おし!」
 「タイガーはどうする?」
 「俺も行くぜ!」

 今回はまだ30分だ。
 俺は亜紀ちゃんとパムッカレへ向かった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 親父の最期の連絡から30分。
 バイオノイドたちは10キロの距離を数分で走破し、既にパムッカレ市内に潜入していた。
 空軍のF16やF4の攻撃は殆ど通用しなかった。
 機銃掃射は高速で散開して移動するバイオノイドをほとんど捉えられず、ヘルファイヤミサイルもほぼ回避された。
 市内に入ってからは、空軍は何も出来ずに撤退した。
 住民や観光客の避難は間に合わず、ジャンダルマの隊員たちは応戦しようとしたが、次々と殺されて行った。
 本部も真っ先に襲われ、全員に最後の通信で避難民を誘導して逃げるように指示された。

 「アキフ! 撤退しよう!」
 
 ヤーマンが叫ぶ。

 「ダメだ! 避難民を助けなければ」
 「俺たちに何が出来る!」
 「避難民の誘導だぁ!」
 「!」

 ヤーマンが笑った。

 「お前、バカだな!」
 「そうだよ! 頭が良きゃ、こんな仕事はやってねぇ!」
 「そういうことだな!」

 避難民が逃げる、街の北にある通りに向かった。
 大勢のジャンダルマの隊員たちが青いパトカーを楯に並んでいるのが見えた。

 「バカが集まってるぜ!」
 「そうだな!」

 ヤーマンと笑いながら、俺たちも列に並んだ。
 美しい観光都市だったパムッカレが崩壊していく。
 数百人ものバイオノイドが、どれほどの破壊力かが分かる。
 優美なホテルがたちまち粉塵になっていく。
 どういうわけか、バイオノイドたちは街を徹底的に破壊することを優先しているようだった。
 それはまるで俺たちの反抗をまったく無視しているかのようだった。
 実際、俺たちなどものの数分で片付けられるのだろう。
 でも、俺たちはその僅かな時間を稼いで避難民を少しでも多く逃がしたかった。
 だが、やがて街が崩壊し、バイオノイドたちが俺たちに向かって来た。

 「とにかく撃ちまくれ! 弾を残すな!」

 全員が叫び、銃を撃ちまくった。
 
 「一人に集中しろ! 隙間があるぞ!」

 俺はバイオノイドが銃弾を全て防ぐのではなく、間隙があることに気付いた。
 そのタイミングであれば、弾が通る。
 俺の言葉で全員が集中して撃つようになった。
 バイオノイドの進行が僅かに緩んだ。

 「行けるぞ!」

 しかしそこまでだった。
 楯にしていたパトカーが破壊されると、俺たちは次々に吹っ飛ばされた。
 
 (10分は稼いだか)





 俺は下半身を吹き飛ばされながら、最後の弾丸を撃った。 
 親父の満足そうな笑顔が浮かんだ。
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