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夏の匂い Ⅳ
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翌朝、早乙女さんがタカさんに報告に来た。
早乙女さんはいつも、タカさんの依頼は最優先でやってくれている。
私たちも集められて一緒に聞いた。
ハーはもう耳がすっかり治って、絆創膏も無い。
「調べてみたんだが、「銀狼部隊」の資料は隠蔽され、途中から多くが破棄されていたようなんだ。散々なことをやっていた連中だからな。でも、暗殺者養成所のことは初期のことであり、まだ少しは残っていたよ」
「そうか。どうだった?」
「壊滅作戦自体は10年前のことだ。北海道の網走で、「紅砂会」という地元のヤクザが始めたことになっていた」
「ことに?」
「ああ、でも「銀狼部隊」が調べたら、そもそもが旧ソ連のパラミリ出身者が主体だったようだ。「紅砂会」はカバーだったよ」
私たちが「パラミリ」について知らなかったので、タカさんが説明してくれた。
「一般には軍隊に属さない軍事組織のことだ。場所にもよるが、軍隊以上に厳しい訓練をこなし、精鋭の特殊部隊であることも多い。非正規な連中なので、ややこしい紛争地帯に送り込まれ活動することも多いんだ。恐らく、北海道の暗殺者養成所はそんな連中が仕切っていたんだろう。俺たちを襲った「テトラ」は相当な訓練を受けていた。それこそあらゆる銃器を使いこなし、その上で毒まで詳しかっただろう?」
「そうでしたね。対物ライフルも使ってましたし、日本刀まで使ってましたよね?」
亜紀ちゃんも実際に見ている。
「そうだ。一つの殺し方に拘らずに、様々な手段が使える連中だった。軍隊でも、あんな奴らはいない。様々な殺し方に精通しているということだ。潰された暗殺者養成所は、相当なものだったんだろう。ソ連のKGB崩れどころじゃねぇ、専門の指導者たちがいたはずだ。そういう連中が幼い子どもを徹底的に鍛え上げた。暗殺者の英才教育だな」
「「銀狼部隊」の資料にもそのことは書いてあった。ロシア人の最終的な身分はKGBだったようだが、元々軍の特殊部隊「スペツナズ」にもいたようで、そこから暗殺専門の技術部隊、要はパラミリだね、そこに異動したようだ。教官たちも子どもたちも尋問の途中で自決されたと書かれていた」
「多分、綺羅々たちが「喰った」んだろうよ。他の若い連中もな、まあほとんどは最初に殺されたんだろうがな」
早乙女さんの顔が歪んで、苦しそうだった。
嫌な時代を思い出したのだろう。
「銀狼部隊」の暴走は、公安を力で支配し、早乙女さんんの父親と姉が殺されている。
「本当に外道の連中だったからな。本来は養成所で育った人間は逮捕か保護するはずだったが、自分たちの欲望に使いたかったんだろう。多分、当時はまだ多くは10代だったはずだ」
「そうだな」
「教育、洗脳の力は大きい。特に物心つく頃からの徹底した教育は、とんでもない怪物を生み出すだろうよ」
「銀狼部隊」が無茶苦茶をしたので、何人が逃げたのかは、もう分からなかった。
その辺りの資料は全て破棄されていたようだ。
でも「テトラ」たちだけではないだろうと早乙女さんも言っていた。
「今回ルーちゃんとハーちゃんを襲った奴が、その養成所で育った奴なのかは分からない。でも、「テトラ」たちのようにフリーになって仕事を引き受ける奴もいただろう。どう思う、石神?」
「まだ分からないな。でも相当な手練れだ。こいつらを前にして目の前で姿を消せる奴だ。とんでもない訓練を受けていることは間違いないな。実力からして多分、その暗殺者養成所の出身と考えていいだろう」
「そうだな」
「紅砂会は今はどうなってる?」
「そっちも「銀狼部隊」に徹底的に潰されたよ。でも何か知っている人間が残っているかもしれない。これから調べる」
「ああ、頼むな」
早乙女さんが帰り、磯良がタカさんに質問した。
「「アドヴェロス」も狙われますかね?」
「分からん。だけど注意しておけ。ルーとハーがこれからモンタージュを作成する。それを元に、監視カメラ映像を総ざらいするからな。必ず見つけるから、お前たちも特徴を覚えておくことだ。そいつらしき奴を見掛けたら、とにかく攻撃しとけ」
「分かりました」
似た人はかわいそうだなー。
「変装も得意な奴だ。視線を感じたらボコれ」
「はい!」
仕方ないかー。
あー、亜紀ちゃんが嬉しそうに笑ってるー。
うちはこんなだよなー。
ハーと一緒に、早速モンタージュを作成したよ!
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
目の前で人間が消えることなどあり得ない。
だが、実際に気配感知の能力が高い双子がそう感じていた。
気配を消すことはある程度は出来る。
しかし、はっきりと視認された後では不可能だ。
気配を消す技術は、一切の情報を相手に与えないところから始まる。
視覚で捉えられてからは遅いのだ。
同時に、聴覚、臭覚でもそうなる。
相手が何かを感じてからでは、気配を消すことは出来ないのだ。
俺や聖でも出来ない。
ニカラグアの戦場でアンブッシュ(待ち伏せ)を仕掛ける際に、気配を殺す技術は体得した。
動かずにいる、ということだ。
そこから殺気を出さない技術も学んだ。
反対に殺気、攻撃をプレッシャーとして感じられるようになり、それが高度化して「戦場の予感」というものを体得していったのだ。
恐らくだが、相手が殺気を放っていればルーとハーにも感じられただろう。
そこまでは鍛え上げているつもりだ。
敵は殺気を出さずに目の前から姿を消し、更にナイフでハーの耳を斬った。
それ以上の攻撃であればハーももっと感じたかもしれないが。
要は、ギリギリの間合いを悟っている敵だということだ。
厄介だが、俺たちを殺す程のものではないと俺は考えた。
だからこそ、ハーの耳を少し斬った程度で退散したのだ。
自分の実力を正確に把握している奴で、それ以上の攻撃が出来ないと分かった。
しかし、ギリギリまではその攻撃すら気付かないほどだった。
何にしてもヤバい敵だ。
しばらくライカンスロープだの妖魔だの、強い敵を相手にして来たツケが回って来たのかもしれない。
「業」の戦略は周到だ。
いつも想定外の攻撃を仕掛けて来る。
早乙女が一通り当たってくれたが、やはり俺に報告した以上のものは見つからなかった。
綺羅々たちが自分たちの欲望の発散のために、詳細な情報は隠滅してしまったようだ。
「紅砂会」についても、生き残った組員の行方はまだ掴めていない。
早乙女はやる気だが、時間は掛かるだろう。
俺は斬や「千万組」「稲城会」「山王会」「我當組」などにも情報を集めさせた。
どこかで引っ掛かれば良いのだが。
早乙女さんはいつも、タカさんの依頼は最優先でやってくれている。
私たちも集められて一緒に聞いた。
ハーはもう耳がすっかり治って、絆創膏も無い。
「調べてみたんだが、「銀狼部隊」の資料は隠蔽され、途中から多くが破棄されていたようなんだ。散々なことをやっていた連中だからな。でも、暗殺者養成所のことは初期のことであり、まだ少しは残っていたよ」
「そうか。どうだった?」
「壊滅作戦自体は10年前のことだ。北海道の網走で、「紅砂会」という地元のヤクザが始めたことになっていた」
「ことに?」
「ああ、でも「銀狼部隊」が調べたら、そもそもが旧ソ連のパラミリ出身者が主体だったようだ。「紅砂会」はカバーだったよ」
私たちが「パラミリ」について知らなかったので、タカさんが説明してくれた。
「一般には軍隊に属さない軍事組織のことだ。場所にもよるが、軍隊以上に厳しい訓練をこなし、精鋭の特殊部隊であることも多い。非正規な連中なので、ややこしい紛争地帯に送り込まれ活動することも多いんだ。恐らく、北海道の暗殺者養成所はそんな連中が仕切っていたんだろう。俺たちを襲った「テトラ」は相当な訓練を受けていた。それこそあらゆる銃器を使いこなし、その上で毒まで詳しかっただろう?」
「そうでしたね。対物ライフルも使ってましたし、日本刀まで使ってましたよね?」
亜紀ちゃんも実際に見ている。
「そうだ。一つの殺し方に拘らずに、様々な手段が使える連中だった。軍隊でも、あんな奴らはいない。様々な殺し方に精通しているということだ。潰された暗殺者養成所は、相当なものだったんだろう。ソ連のKGB崩れどころじゃねぇ、専門の指導者たちがいたはずだ。そういう連中が幼い子どもを徹底的に鍛え上げた。暗殺者の英才教育だな」
「「銀狼部隊」の資料にもそのことは書いてあった。ロシア人の最終的な身分はKGBだったようだが、元々軍の特殊部隊「スペツナズ」にもいたようで、そこから暗殺専門の技術部隊、要はパラミリだね、そこに異動したようだ。教官たちも子どもたちも尋問の途中で自決されたと書かれていた」
「多分、綺羅々たちが「喰った」んだろうよ。他の若い連中もな、まあほとんどは最初に殺されたんだろうがな」
早乙女さんの顔が歪んで、苦しそうだった。
嫌な時代を思い出したのだろう。
「銀狼部隊」の暴走は、公安を力で支配し、早乙女さんんの父親と姉が殺されている。
「本当に外道の連中だったからな。本来は養成所で育った人間は逮捕か保護するはずだったが、自分たちの欲望に使いたかったんだろう。多分、当時はまだ多くは10代だったはずだ」
「そうだな」
「教育、洗脳の力は大きい。特に物心つく頃からの徹底した教育は、とんでもない怪物を生み出すだろうよ」
「銀狼部隊」が無茶苦茶をしたので、何人が逃げたのかは、もう分からなかった。
その辺りの資料は全て破棄されていたようだ。
でも「テトラ」たちだけではないだろうと早乙女さんも言っていた。
「今回ルーちゃんとハーちゃんを襲った奴が、その養成所で育った奴なのかは分からない。でも、「テトラ」たちのようにフリーになって仕事を引き受ける奴もいただろう。どう思う、石神?」
「まだ分からないな。でも相当な手練れだ。こいつらを前にして目の前で姿を消せる奴だ。とんでもない訓練を受けていることは間違いないな。実力からして多分、その暗殺者養成所の出身と考えていいだろう」
「そうだな」
「紅砂会は今はどうなってる?」
「そっちも「銀狼部隊」に徹底的に潰されたよ。でも何か知っている人間が残っているかもしれない。これから調べる」
「ああ、頼むな」
早乙女さんが帰り、磯良がタカさんに質問した。
「「アドヴェロス」も狙われますかね?」
「分からん。だけど注意しておけ。ルーとハーがこれからモンタージュを作成する。それを元に、監視カメラ映像を総ざらいするからな。必ず見つけるから、お前たちも特徴を覚えておくことだ。そいつらしき奴を見掛けたら、とにかく攻撃しとけ」
「分かりました」
似た人はかわいそうだなー。
「変装も得意な奴だ。視線を感じたらボコれ」
「はい!」
仕方ないかー。
あー、亜紀ちゃんが嬉しそうに笑ってるー。
うちはこんなだよなー。
ハーと一緒に、早速モンタージュを作成したよ!
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
目の前で人間が消えることなどあり得ない。
だが、実際に気配感知の能力が高い双子がそう感じていた。
気配を消すことはある程度は出来る。
しかし、はっきりと視認された後では不可能だ。
気配を消す技術は、一切の情報を相手に与えないところから始まる。
視覚で捉えられてからは遅いのだ。
同時に、聴覚、臭覚でもそうなる。
相手が何かを感じてからでは、気配を消すことは出来ないのだ。
俺や聖でも出来ない。
ニカラグアの戦場でアンブッシュ(待ち伏せ)を仕掛ける際に、気配を殺す技術は体得した。
動かずにいる、ということだ。
そこから殺気を出さない技術も学んだ。
反対に殺気、攻撃をプレッシャーとして感じられるようになり、それが高度化して「戦場の予感」というものを体得していったのだ。
恐らくだが、相手が殺気を放っていればルーとハーにも感じられただろう。
そこまでは鍛え上げているつもりだ。
敵は殺気を出さずに目の前から姿を消し、更にナイフでハーの耳を斬った。
それ以上の攻撃であればハーももっと感じたかもしれないが。
要は、ギリギリの間合いを悟っている敵だということだ。
厄介だが、俺たちを殺す程のものではないと俺は考えた。
だからこそ、ハーの耳を少し斬った程度で退散したのだ。
自分の実力を正確に把握している奴で、それ以上の攻撃が出来ないと分かった。
しかし、ギリギリまではその攻撃すら気付かないほどだった。
何にしてもヤバい敵だ。
しばらくライカンスロープだの妖魔だの、強い敵を相手にして来たツケが回って来たのかもしれない。
「業」の戦略は周到だ。
いつも想定外の攻撃を仕掛けて来る。
早乙女が一通り当たってくれたが、やはり俺に報告した以上のものは見つからなかった。
綺羅々たちが自分たちの欲望の発散のために、詳細な情報は隠滅してしまったようだ。
「紅砂会」についても、生き残った組員の行方はまだ掴めていない。
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