富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
2,853 / 3,202

夏の匂い Ⅳ

しおりを挟む
 翌朝、早乙女さんがタカさんに報告に来た。
 早乙女さんはいつも、タカさんの依頼は最優先でやってくれている。
 私たちも集められて一緒に聞いた。
 ハーはもう耳がすっかり治って、絆創膏も無い。

 「調べてみたんだが、「銀狼部隊」の資料は隠蔽され、途中から多くが破棄されていたようなんだ。散々なことをやっていた連中だからな。でも、暗殺者養成所のことは初期のことであり、まだ少しは残っていたよ」
 「そうか。どうだった?」
 「壊滅作戦自体は10年前のことだ。北海道の網走で、「紅砂会」という地元のヤクザが始めたことになっていた」
 「ことに?」
 「ああ、でも「銀狼部隊」が調べたら、そもそもが旧ソ連のパラミリ出身者が主体だったようだ。「紅砂会」はカバーだったよ」

 私たちが「パラミリ」について知らなかったので、タカさんが説明してくれた。

 「一般には軍隊に属さない軍事組織のことだ。場所にもよるが、軍隊以上に厳しい訓練をこなし、精鋭の特殊部隊であることも多い。非正規な連中なので、ややこしい紛争地帯に送り込まれ活動することも多いんだ。恐らく、北海道の暗殺者養成所はそんな連中が仕切っていたんだろう。俺たちを襲った「テトラ」は相当な訓練を受けていた。それこそあらゆる銃器を使いこなし、その上で毒まで詳しかっただろう?」
 「そうでしたね。対物ライフルも使ってましたし、日本刀まで使ってましたよね?」

 亜紀ちゃんも実際に見ている。

 「そうだ。一つの殺し方に拘らずに、様々な手段が使える連中だった。軍隊でも、あんな奴らはいない。様々な殺し方に精通しているということだ。潰された暗殺者養成所は、相当なものだったんだろう。ソ連のKGB崩れどころじゃねぇ、専門の指導者たちがいたはずだ。そういう連中が幼い子どもを徹底的に鍛え上げた。暗殺者の英才教育だな」
 「「銀狼部隊」の資料にもそのことは書いてあった。ロシア人の最終的な身分はKGBだったようだが、元々軍の特殊部隊「スペツナズ」にもいたようで、そこから暗殺専門の技術部隊、要はパラミリだね、そこに異動したようだ。教官たちも子どもたちも尋問の途中で自決されたと書かれていた」
 「多分、綺羅々たちが「喰った」んだろうよ。他の若い連中もな、まあほとんどは最初に殺されたんだろうがな」

 早乙女さんの顔が歪んで、苦しそうだった。
 嫌な時代を思い出したのだろう。
 「銀狼部隊」の暴走は、公安を力で支配し、早乙女さんんの父親と姉が殺されている。

 「本当に外道の連中だったからな。本来は養成所で育った人間は逮捕か保護するはずだったが、自分たちの欲望に使いたかったんだろう。多分、当時はまだ多くは10代だったはずだ」
 「そうだな」
 「教育、洗脳の力は大きい。特に物心つく頃からの徹底した教育は、とんでもない怪物を生み出すだろうよ」

 「銀狼部隊」が無茶苦茶をしたので、何人が逃げたのかは、もう分からなかった。
 その辺りの資料は全て破棄されていたようだ。
 でも「テトラ」たちだけではないだろうと早乙女さんも言っていた。

 「今回ルーちゃんとハーちゃんを襲った奴が、その養成所で育った奴なのかは分からない。でも、「テトラ」たちのようにフリーになって仕事を引き受ける奴もいただろう。どう思う、石神?」
 「まだ分からないな。でも相当な手練れだ。こいつらを前にして目の前で姿を消せる奴だ。とんでもない訓練を受けていることは間違いないな。実力からして多分、その暗殺者養成所の出身と考えていいだろう」
 「そうだな」
 「紅砂会は今はどうなってる?」
 「そっちも「銀狼部隊」に徹底的に潰されたよ。でも何か知っている人間が残っているかもしれない。これから調べる」
 「ああ、頼むな」

 早乙女さんが帰り、磯良がタカさんに質問した。

 「「アドヴェロス」も狙われますかね?」
 「分からん。だけど注意しておけ。ルーとハーがこれからモンタージュを作成する。それを元に、監視カメラ映像を総ざらいするからな。必ず見つけるから、お前たちも特徴を覚えておくことだ。そいつらしき奴を見掛けたら、とにかく攻撃しとけ」
 「分かりました」

 似た人はかわいそうだなー。

 「変装も得意な奴だ。視線を感じたらボコれ」
 「はい!」

 仕方ないかー。
 あー、亜紀ちゃんが嬉しそうに笑ってるー。
 うちはこんなだよなー。
 ハーと一緒に、早速モンタージュを作成したよ!



 

 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 目の前で人間が消えることなどあり得ない。
 だが、実際に気配感知の能力が高い双子がそう感じていた。
 気配を消すことはある程度は出来る。
 しかし、はっきりと視認された後では不可能だ。
 気配を消す技術は、一切の情報を相手に与えないところから始まる。
 視覚で捉えられてからは遅いのだ。
 同時に、聴覚、臭覚でもそうなる。
 相手が何かを感じてからでは、気配を消すことは出来ないのだ。
 俺や聖でも出来ない。
 ニカラグアの戦場でアンブッシュ(待ち伏せ)を仕掛ける際に、気配を殺す技術は体得した。
 動かずにいる、ということだ。
 そこから殺気を出さない技術も学んだ。
 反対に殺気、攻撃をプレッシャーとして感じられるようになり、それが高度化して「戦場の予感」というものを体得していったのだ。
 恐らくだが、相手が殺気を放っていればルーとハーにも感じられただろう。
 そこまでは鍛え上げているつもりだ。
 敵は殺気を出さずに目の前から姿を消し、更にナイフでハーの耳を斬った。
 それ以上の攻撃であればハーももっと感じたかもしれないが。
 要は、ギリギリの間合いを悟っている敵だということだ。
 厄介だが、俺たちを殺す程のものではないと俺は考えた。
 だからこそ、ハーの耳を少し斬った程度で退散したのだ。
 自分の実力を正確に把握している奴で、それ以上の攻撃が出来ないと分かった。
 しかし、ギリギリまではその攻撃すら気付かないほどだった。
 何にしてもヤバい敵だ。
 しばらくライカンスロープだの妖魔だの、強い敵を相手にして来たツケが回って来たのかもしれない。
 「業」の戦略は周到だ。
 いつも想定外の攻撃を仕掛けて来る。

 早乙女が一通り当たってくれたが、やはり俺に報告した以上のものは見つからなかった。
 綺羅々たちが自分たちの欲望の発散のために、詳細な情報は隠滅してしまったようだ。
 「紅砂会」についても、生き残った組員の行方はまだ掴めていない。
 早乙女はやる気だが、時間は掛かるだろう。
 俺は斬や「千万組」「稲城会」「山王会」「我當組」などにも情報を集めさせた。
 どこかで引っ掛かれば良いのだが。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿で両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

処理中です...