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夏の匂い XⅡ
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東京と大阪での襲撃で、俺にはターゲットたちを殺せないことが分かった。
結局、気配を消して接近は出来るが、殺気に関しては鋭敏な連中だった。
そして、俺が攻撃した瞬間に回避出来る能力も持っていた。
だから俺には殺せない。
それでも俺は行くしかない。
監視員から連絡があり、俺は車に乗せられ移動した。
石神皇紀が外に出て歩き回っているらしい。
俺がデパートで襲撃した直後に来た外国人の女と、もう一人男と一緒だと。
間違いなく罠だ。
女は俺を殺すために派遣された人間だろう。
そうでなくても、石神皇紀だけで手に余るのだ。
俺は奥歯に引っ掛けたカプセルを舌先で確認した。
車から降りて、石神皇紀たちを待った、
空には星が見えず、分厚い雲に覆われていた。
大阪の繁華街の光を浴びて、鈍く醜く光っていた。
季節外れの南洋の低気圧のために、今夜は雨になると天気予報で言っていた。
雨になれば足音が響く。
その前に襲撃出来て良かったと思った。
石神皇紀たちが現われた。
俺は一度姿を見せてから気配を消し、攻撃した。
外国人の女が予想外に速く動き出し、石神皇紀と連れていた男は空中へ逃れた。
女の手に瞬時に巨大なリボルバーが握られたのを感じた。
俺は石神皇紀を撃ち、外国人の女の発砲の気配を感じて回避した。
女が銃弾の軌道を曲げる能力を持っていることはすぐに分かった。
とんでもない技だ。
離れての戦いは不利だと判断し、接近戦に持ち込んだ。
だが女を殺し切ることは出来なかった。
銃弾は女の真上から降って来て、俺は紙一重の幸運でそれをかわすことが出来た。
接近戦は俺の得意な領域だったはずが、女の方が上手だった。
単発のリボルバーで、女は機関銃のように無数の弾丸を発射する。
銃口の向きを見て回避しようにも、弾丸の軌道が曲がり予測できない。
俺は常に移動し、何とかかわすのが精一杯だった。
しかも女の攻撃はどんどん速くなる。
女が「もういい」と言い、立ち止まって2発撃った。
俺はそれまでのように回避した。
しかし信じられないことに、完全に回避したはずの俺の両膝に銃弾が突き刺さり、直後に両肘に衝撃を受けた。
攻撃の瞬間に捉えられ、そのまま回避先を読んだのは分かっていた。
俺はハンマーが落ちる音を聞いてから回避したのだ。
戦場で培った俺ならではの完全な回避だったはずだ。
それでも、女の放った銃弾が軌道を変えて俺の足と肘を破壊した。
女が俺の動きを読み切っていたのだと気付いた。
そのまま地面に倒れた。
石神皇紀も女の隣に降りて、二人で俺を見降ろしていた。
俺は舌でカプセルを外し、呑み込んだ。
甘い香りが口に拡がった。
雨が降って来た。
乾いた地面に雨が染み込み、懐かしい匂いを感じた。
すぐに意識が遠のき、俺は最期に「記憶」がまた流れ出すのを感じていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「毒を使われました」
「え!」
「もう間に合いません。すみません、私が迂闊でした」
ソニアさんが銃口を降ろし、ホルスターにスーパーブラックホークを戻した。
僕はしゃがんで何とか出来ないかと思った。
口から甘い香りがした。
「もう無理です。青酸化合物の匂いがします。こういう連中が使うものは毒性が高い。もう手遅れです」
ソニアさんがそう言ったが、僕は男が何か喋っていることに気付いた。
僕は必死にその言葉を覚えた。
脈絡のない言葉のようだったが、僕は口元に耳を近づけて、最後まで男の言葉を集めた。
もう意識が薄れているようで、うわ言のように言葉を吐き出しているだけのように思えた。
それでも僕は全部を覚えておこうと思った。
「俺たちは、祖国のために戦っていたのだ」
「しかし、それは幻想だった。国を喪った、だから俺にはどこにも信頼を置けなくなった。死は凋落の花にして、牢獄には錠が掛かり、欲するものはなく、または虚偽となった」
「鉄人たちが戦い、血を流した。潤んだヒヤシンスも血の海の中にある。出来ることなら、祈りを捧げたかった。復活はとうに信じてはいない」
男の言葉が掠れ出し、聞き取りにくくなっていった。
突然、大粒の雨が降り出して、ますます聞こえなくなって行く。
《ああ、夏の日の匂いだ》
もう言葉が途切れて行く。
《ああ、モモ、来てく……》
それが男の最期の言葉だった。
モモ?
すぐに大阪の「アドヴェロス」の人たちが来て、男の遺体を回収していった。
デュールゲリエのアイカが地上に降りて来た。
僕は今聴いた男の言葉を忘れないように、すぐにアイカに記録してもらった。
アイカはすぐに状況と共に、今の言葉をタカさんに送ってくれた。
家に戻ってタカさんと話した。
もうソニアさんが敵を撃破したことは伝わっている。
「よう、御苦労さん」
「いいえ、僕は何も。ソニアさんが凄かったですよ」
「まあな。お前でも撃破出来たんだけどよ、さっきも話した通り、今回はパラミリ仕込みのガンマンということでソニアの訓練も兼ねてやってもらった。ちゃんとやったようだな」
「そうですね」
「あいつらが毒で自死することは分かっていたんだ。止めようがないことだから、お前たちは気にするな」
「はい、ソニアさんにもお伝えします」
僕は気になっていた、男の最期の言葉をタカさんに聞いてみた。
「ああ、俺も聞いたけどな。どうもロープシンの詩の言葉だと思うぞ」
「ロープシン……」
タカさんが話してくれた。
ボリス・ヴィクトロヴィチ・サヴィンコフ(1879-1925)、ロシアの革命家。
ロープシンというのは彼の筆名で、その名で多くの詩や文学を残しているそうだ。
二月革命でボリシェビキの陸軍高官になったが、その後に今度は反ボリシェビキ運動の闘士となり、戦いの中で死んだ。
「まるで革命のために生き、死んだというような男でな。革命を追い求めて安定に座ってしまったかつての仲間や友と決別し、自身は生涯革命の中に身を置いた。今回の暗殺者はロシア人から教育を受けていたらしいからな。そいつから教わったんだろうよ。まあ、口にしたのは大分断片的で、幾つもの詩の中の言葉だけどな」
「そうですか。あの、《夏の匂い》というのもロープシンの言葉ですか?」
「いや、俺には覚えがねぇな。もしかしたらそうかもしれんが」
「あの、「モモ」というのは……」
タカさんが押し黙った。
やはりそうなのだろう。
以前に「テトラ」という暗殺者にタカさんが襲われた時に、幼い頃に別れたモモさんがいたのだ。
「タカさん、すいませんでした」
「あいつはモモと同じ組織で育ったらしいからな。どこかでモモと仲良くなっていたのかもしれんな」
「はい……」
タカさんが電話を切った。
外は尚も嵐のような大雨と激しい風が吹いていた。
南の海上から温かな空気が押し寄せて来て、年末と思えない気温になっていた。
僕はテラスに出て、外の湿った空気を感じた。
「皇紀さん?」
風花さんが出て来て、僕の背中を抱いた。
「夏の匂いがするかな」
「はい?」
風花さんは僕の気の済むまで一緒にいてくれた。
夜半に嵐は過ぎ去り、再び真冬の冷たい空気に戻った。
僕はタカさんに教わったロープシンの詩集を読み、一晩《夏の匂い》の詩の言葉を探したが、見つからなかった。
結局、気配を消して接近は出来るが、殺気に関しては鋭敏な連中だった。
そして、俺が攻撃した瞬間に回避出来る能力も持っていた。
だから俺には殺せない。
それでも俺は行くしかない。
監視員から連絡があり、俺は車に乗せられ移動した。
石神皇紀が外に出て歩き回っているらしい。
俺がデパートで襲撃した直後に来た外国人の女と、もう一人男と一緒だと。
間違いなく罠だ。
女は俺を殺すために派遣された人間だろう。
そうでなくても、石神皇紀だけで手に余るのだ。
俺は奥歯に引っ掛けたカプセルを舌先で確認した。
車から降りて、石神皇紀たちを待った、
空には星が見えず、分厚い雲に覆われていた。
大阪の繁華街の光を浴びて、鈍く醜く光っていた。
季節外れの南洋の低気圧のために、今夜は雨になると天気予報で言っていた。
雨になれば足音が響く。
その前に襲撃出来て良かったと思った。
石神皇紀たちが現われた。
俺は一度姿を見せてから気配を消し、攻撃した。
外国人の女が予想外に速く動き出し、石神皇紀と連れていた男は空中へ逃れた。
女の手に瞬時に巨大なリボルバーが握られたのを感じた。
俺は石神皇紀を撃ち、外国人の女の発砲の気配を感じて回避した。
女が銃弾の軌道を曲げる能力を持っていることはすぐに分かった。
とんでもない技だ。
離れての戦いは不利だと判断し、接近戦に持ち込んだ。
だが女を殺し切ることは出来なかった。
銃弾は女の真上から降って来て、俺は紙一重の幸運でそれをかわすことが出来た。
接近戦は俺の得意な領域だったはずが、女の方が上手だった。
単発のリボルバーで、女は機関銃のように無数の弾丸を発射する。
銃口の向きを見て回避しようにも、弾丸の軌道が曲がり予測できない。
俺は常に移動し、何とかかわすのが精一杯だった。
しかも女の攻撃はどんどん速くなる。
女が「もういい」と言い、立ち止まって2発撃った。
俺はそれまでのように回避した。
しかし信じられないことに、完全に回避したはずの俺の両膝に銃弾が突き刺さり、直後に両肘に衝撃を受けた。
攻撃の瞬間に捉えられ、そのまま回避先を読んだのは分かっていた。
俺はハンマーが落ちる音を聞いてから回避したのだ。
戦場で培った俺ならではの完全な回避だったはずだ。
それでも、女の放った銃弾が軌道を変えて俺の足と肘を破壊した。
女が俺の動きを読み切っていたのだと気付いた。
そのまま地面に倒れた。
石神皇紀も女の隣に降りて、二人で俺を見降ろしていた。
俺は舌でカプセルを外し、呑み込んだ。
甘い香りが口に拡がった。
雨が降って来た。
乾いた地面に雨が染み込み、懐かしい匂いを感じた。
すぐに意識が遠のき、俺は最期に「記憶」がまた流れ出すのを感じていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「毒を使われました」
「え!」
「もう間に合いません。すみません、私が迂闊でした」
ソニアさんが銃口を降ろし、ホルスターにスーパーブラックホークを戻した。
僕はしゃがんで何とか出来ないかと思った。
口から甘い香りがした。
「もう無理です。青酸化合物の匂いがします。こういう連中が使うものは毒性が高い。もう手遅れです」
ソニアさんがそう言ったが、僕は男が何か喋っていることに気付いた。
僕は必死にその言葉を覚えた。
脈絡のない言葉のようだったが、僕は口元に耳を近づけて、最後まで男の言葉を集めた。
もう意識が薄れているようで、うわ言のように言葉を吐き出しているだけのように思えた。
それでも僕は全部を覚えておこうと思った。
「俺たちは、祖国のために戦っていたのだ」
「しかし、それは幻想だった。国を喪った、だから俺にはどこにも信頼を置けなくなった。死は凋落の花にして、牢獄には錠が掛かり、欲するものはなく、または虚偽となった」
「鉄人たちが戦い、血を流した。潤んだヒヤシンスも血の海の中にある。出来ることなら、祈りを捧げたかった。復活はとうに信じてはいない」
男の言葉が掠れ出し、聞き取りにくくなっていった。
突然、大粒の雨が降り出して、ますます聞こえなくなって行く。
《ああ、夏の日の匂いだ》
もう言葉が途切れて行く。
《ああ、モモ、来てく……》
それが男の最期の言葉だった。
モモ?
すぐに大阪の「アドヴェロス」の人たちが来て、男の遺体を回収していった。
デュールゲリエのアイカが地上に降りて来た。
僕は今聴いた男の言葉を忘れないように、すぐにアイカに記録してもらった。
アイカはすぐに状況と共に、今の言葉をタカさんに送ってくれた。
家に戻ってタカさんと話した。
もうソニアさんが敵を撃破したことは伝わっている。
「よう、御苦労さん」
「いいえ、僕は何も。ソニアさんが凄かったですよ」
「まあな。お前でも撃破出来たんだけどよ、さっきも話した通り、今回はパラミリ仕込みのガンマンということでソニアの訓練も兼ねてやってもらった。ちゃんとやったようだな」
「そうですね」
「あいつらが毒で自死することは分かっていたんだ。止めようがないことだから、お前たちは気にするな」
「はい、ソニアさんにもお伝えします」
僕は気になっていた、男の最期の言葉をタカさんに聞いてみた。
「ああ、俺も聞いたけどな。どうもロープシンの詩の言葉だと思うぞ」
「ロープシン……」
タカさんが話してくれた。
ボリス・ヴィクトロヴィチ・サヴィンコフ(1879-1925)、ロシアの革命家。
ロープシンというのは彼の筆名で、その名で多くの詩や文学を残しているそうだ。
二月革命でボリシェビキの陸軍高官になったが、その後に今度は反ボリシェビキ運動の闘士となり、戦いの中で死んだ。
「まるで革命のために生き、死んだというような男でな。革命を追い求めて安定に座ってしまったかつての仲間や友と決別し、自身は生涯革命の中に身を置いた。今回の暗殺者はロシア人から教育を受けていたらしいからな。そいつから教わったんだろうよ。まあ、口にしたのは大分断片的で、幾つもの詩の中の言葉だけどな」
「そうですか。あの、《夏の匂い》というのもロープシンの言葉ですか?」
「いや、俺には覚えがねぇな。もしかしたらそうかもしれんが」
「あの、「モモ」というのは……」
タカさんが押し黙った。
やはりそうなのだろう。
以前に「テトラ」という暗殺者にタカさんが襲われた時に、幼い頃に別れたモモさんがいたのだ。
「タカさん、すいませんでした」
「あいつはモモと同じ組織で育ったらしいからな。どこかでモモと仲良くなっていたのかもしれんな」
「はい……」
タカさんが電話を切った。
外は尚も嵐のような大雨と激しい風が吹いていた。
南の海上から温かな空気が押し寄せて来て、年末と思えない気温になっていた。
僕はテラスに出て、外の湿った空気を感じた。
「皇紀さん?」
風花さんが出て来て、僕の背中を抱いた。
「夏の匂いがするかな」
「はい?」
風花さんは僕の気の済むまで一緒にいてくれた。
夜半に嵐は過ぎ去り、再び真冬の冷たい空気に戻った。
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