富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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佐野原稔 Ⅴ

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 第二談話室は、ステンドグラスの巨大な窓のある部屋だ。
 意匠は俺の好きなウィリアム・ブレイクの『巨大な赤い龍』だ。
 ルイーサが入るなり喜んだ。

 「これは良いな、美獣」
 「そうか、気に行ってくれて嬉しいよ」

 大きな応接セットがあり、俺は抱き上げていた久留守を俺の隣に座らせた。
 右側に稔を座らせ、俺の対面にルイーサが座る。
 ランが紅茶を持って来た。
 俺たちに紅茶を配り、ポットも置いて部屋を出て行く。
 普段は早乙女たちも知らない部屋だが、ランたちがここも綺麗にしている。
 俺は久留守のカップに砂糖とミルクをたっぷりと入れてやる。
 久留守は俺に礼を言い、嬉しそうに口を付けた。

 「美獣、この者なのだな」
 「そうだ。《エイル》と会い、直接言葉を受けているようだ。本人もまだ全ては思い出せないようだがな」
 「そうか、なるほど分かるぞ」
 
 ルイーサが稔を見詰めた。
 稔は流石に緊張している。
 ルイーサに見られて平然としていられる人間はいない。
 まず、そのこの世のものとは思えない荘厳な美しさ。
 それと常に身体を覆っている神々しいほどの威圧。
 だが稔は必死にルイーサの目を見ていた。
 稔が圧倒され、そして全てを観通されるのを感じた。

 「どうだ?」
 「うむ、この者は良い。小さき者であったが、確かな美しさを持っていた。だから《エイル》が気に入ったのだろう」
 「どういうことだ?」
 「地獄の恐怖と汚わいの中で、この者は自分の美しさを示した。そうであろう?」

 稔は硬直して口も利けなかった。
 だから代わりに俺が応えた。

 「そうだ。「渋谷HELL」で周囲の人間が次々と怪物になる中で、人々が簡単に殺されて行く中で、稔は恋人の手を離さずにいた。そして見知らぬ少女を見て助けようとした。それが《エイル》だったのだな」
 「そうだ。その時、この者は既に妖魔に冒されていた。それでも尚、この者は美しき心を見失わなかった。だから《エイル》が助けたのだろう。よもや我と恋人以外の者まで救おうとするとはな。天晴な男よ」
 「そうだな」

 ルイーサには、何故かその時の状況が全て分かるようだ。
 俺の隣でそれまでニコニコしていた久留守の表情が変わった。

 「そなたは至高の御方に認められた。そなたの運命が開いたのだ」
 「!」

 幼い久留守が突然大人びた表情と声で話したので、稔が驚いていた。

 「ああ、久留守は特別なんだ。《エイル》を信奉し、仕えている。まあ、普段はカワイイ子なんだけどな。大いなる使命を持って生まれて来たらしいよ」
 「我は美獣様を御守りするために来た」
 「な?」

 稔は当惑している。

 「ルイーサ、稔に《エイル》のことを話してはくれないか?」
 「我も多くは語れん。神々の中でも上位の存在だ」
 「『エッダ』は読んでいるが、アース神族の女神であり、医療の神とされているな」
 「人間から見ればそのようにもされるのだろう。だが、上位の神々の中で特に人間を救済する権能を持っている、という方が正しいだろう。言い方を変えれば、その権能のことを《エイル》と呼ぶのだ」
 「一つの存在ではないということか?」
 「そうだ。神々は人間とは違う。特に上位神はな。下級神ともなれば、人間と同じく一つの神格に一つの姿だがな。上位神のことは人間の言葉では説明しにくい」
 「なるほど」

 稔に話して欲しいと言ったが、稔にはよく理解出来ないだろう。
 俺が少しでも分かるようにルイーサに質問しただけだ。

 「白い少女の姿を好むと前に言っていたな」
 「そうだ。《エイル》が人間に見える形になる時に、その姿であることが多い。もちろん他の姿で現れることもあるがな。だから人間は女が《エイル》の御業を得ると勝手に考えた」
 「勘違いなのか?」
 「もちろんだ。だからこそ、久留守は男であろう」
 「そうだな」

 久留守が子どもの顔でニコニコした。
 そしてまた表情が変わった。

 「美獣様、レジーナ様、いらっしゃいます」
 「「!」」

 俺とルイーサが驚いた。
 空間が変わった。
 薔薇の芳香が満ち、空気が輝いた。
 淡いピンクに変わっていく。
 久留守の正面の輝きが濃くなり、そこに白い少女が現われた。
 久留守が手を組み、うつむいて瞼を閉じる。

 「《エイル》……」

 白い少女が呟いた俺を振り向いて微笑んだ。
 次いでルイーサにも微笑み、稔を見た。

 
 《良き旅を》

 
 そう呟いて、再び輝きながら姿を消した。
 しばし俺たちは呆然としていた。
 稔が両眼から涙を零していた。

 「おい、今《エイル》が来たのかよ!」

 思わず俺が叫んだ。

 「美獣様とレジーナ様がお揃いになり、稔がいたのです。至高の御方がお姿を現しても不思議では御座いません」
 「そういうものかよ……」

 久留守は静かに微笑んでいた。

 「稔、大丈夫か?」
 「はい。僕はやっぱりこれで良かったんですね」
 「そうらしいな」

 そう言うしかねぇ。
 流石のルイーサも一時呆然としていたが、すぐに自分を取り戻した。

 「ミノルよ、神々から直接言葉を掛けられた人間は少ない」
 「はい」
 「そなたは特別という言葉も足りぬ。人間として、尋常ではない使命を授かったのだ。それは古代の英雄にも等しいぞよ。心せよ」
 「は、はい!」

 ルイーサが稔の名を呼んだ。
 それもあり得ないことだ。

 「まあ、こんなとこかな」
 「そうだな。もう語る必要な無いだろう。ミノルが《エイル》に見込まれたことは確実だからな。ミノル、我に必要なことは言え。お前の頼みであれば何でも叶えようぞ」
 「ば、はい! よろしくお願いします!」

 久留守が立ち上がって稔の手を握った。

 「良き旅を」
 「はい!」

 部屋を出て、リヴィングへ戻った。
 稔は頬を紅潮させ、歓喜の顔が輝いていた。
 神と接するとはこういうことなのか。
 俺は「信仰体験」というものを目の当たりにしたのだ。
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