富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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奈々ちゃんの極道な日々 Ⅶ

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 「こちらです」
 「うん」

 大学病院ででかい建物だ。
 日本の関西のVIPもよく使う病院で、もちろん石神さんの紹介だった。
 姐さんが倒れたと聞いてすぐに、石神さんが手配下さった。
 アラスカにいらっしゃるのに、飛んで来てセツの姐さんを見舞ってもくれたのだ。
 ヤクザの俺たちのために、本当にありがたい。
 姐さんの病室は個室だ。
 石神さんのお陰で、随分といい部屋にしていただいている。
 肝臓を壊しての入院だが、高齢のため予断を許さない状況だった。

 「こんにちはー」
 「あら、奈々様。わざわざのお越し、ありがとう存じます」

 姐さんは浴衣のままだった。
 ベッドに半身を起こして出迎えた。
 化粧はいつもの通りにしっかりなさってるが。
 あの気丈な姐さんが珍しいことだ。
 俺はてっきり着物に着替えて待っていると思っていた。

 「セツ、そのままでいてくれたのね?」
 「ええ、奈々様は大仰なことを嫌いますので」
 「良かった!」
 「私も奈々様にお会い出来て嬉しく思います」

 顔見知りとは思っていたが、俺の想像以上に親しい間柄らしい。
 姐さんの顔の広さはしっていたが、道間家にもよく出入りしていたか。
 俺が奈々様にベッド脇に椅子を置いて座っていただいた。

 「今ね、神にいろいろ案内してもらっているの」
 「気が回らない者ですが、どうか存分に使ってやって下さい」
 「神はいい人よ」
 「まだまだ粗忽者で。何かありましたら、いつでも私に」
 
 しばらく奈々様は姐さんと話していた。
 姐さんも楽しそうだった。
 決して道間家の令嬢だからもてなすという感じではない。
 年齢差は離れているどころではないのだが、まるで友人のように親しい。
 姐さんは奈々様に傅く態度だが、心の底から奈々様をお慕いしているのが分かる。
 奈々様も姐さんのことが大好きで、会えて嬉しくてしょうがない感じだ。
 これほど二人が仲良しなのだとは、俺も知らなかった。
 奈々様は子どもらしい何が美味しかったとか、ご家族の話題、それに石神さんが来られてどうしたとかの話だったが、俺が聞いていても楽しくなる内容だった。
 セツの姐さんを楽しませようとしているのが分かった。
 姐さんも時に声に出して笑いながら、奈々様の話を聞いている。
 奈々様には不思議な風格があり、そしてお優しい。

 「そろそろ行くね。長いこと喋らせてごめんね」
 「いいえ、久し振りに楽しゅうございました」
 「あのね、今日はここに来るつもりで持って来たの」
 「はい?」

 奈々様が背負って来たリュックサックを開いた。
 てっきり武器が入っていると思っていたが、大きな札と小さな袱紗の包みを取り出した。
 
 「これは母上様にお願いして作ってもらったの。病気平癒の御札だよ?」
 「まあ、わたくしのために、あの道間の御当主様が!」
 「母上様も、セツの病気を心配してたの。それでこっちは「エグリゴリΩ」、あ、言っちゃいけなかったんだ!」
 
 奈々様は綺麗な袱を開いて説明した。
 何かの粉末が何包か入っていた。
 
 「これを飲んで。どんな病気も治るから」
 「……」

 姐さんが涙を零していた。
 奈々様の小さな手を握った。

 「奈々様、ありがとうございます。もう寝てはいられませんね。必ず元気になって、あらためてご挨拶に伺います」
 「うん、早くよくなるといいね!」
 「はい、必ず」

 ありがてぇ、ありがてぇ、ありがてぇ、ありがてぇ!
 本当にこのお方は!
 よくは知らないが、あの大きな御札はとんでもない効力を持つものなのだろう。
 あの道間家の御当主自らが作って下さったのだ。
 そしてあの粉末。
 あれは尋常では無いものなのだろう。
 「虎」の軍では特殊な粉末がソルジャーに配られると聞いた。
 内臓が割かれる怪我でも、それを飲むと治るのだと。
 確か「Ω」とソルジャーになった奴が言っていた。
 奈々様は先ほど「エグリゴリΩ」とおっしゃっていた。
 それは「Ω」の中でも更に特殊なものなのだろう。
 一般のソルジャーも知らないものだ。
 それほどに貴重なものを、姐さんのために持って来て下さった。
 ありがてぇ!

 病室を出て、廊下を歩く途中で奈々様に感謝した。
 
 「奈々様、本当にありがとうございます」
 「いいよ」
 「あの御札と、それに「エグリゴリΩ」まで」
 
 奈々様がデザートイーグルを抜いて俺に向けた。
 また魔法のように抜く瞬間は見えなかった。
 
 「あなた! どこでその名前を!」
 「いや、さっき奈々様が……」
 「私があの機密を口にするわけないでしょう!」
 「へ?」

 濡木が慌てて奈々様を宥め、俺も謝った。

 「自分、何も聞いてません」
 「当然です」
 
 いや、この方って……
 でも、最高にありがてぇ!
 俺は言葉に気を付けながら、奈々様にお礼を申し上げた。

 「いいのよ。それにセツが前に言ってたの」
 「はい、どのようなことで?」 
 
 奈々様が嬉しそうな顔をして俺に向いた。

 「あのね、セツにはまだどうしてもやらなきゃいけないおしごとがあるんだって」
 「そうなんですか。いろいろ手広くやってる人ですからね」
 「違うの、ひとつだけよ?」
 「はい?」
 「あのね、絶対に育てなきゃいけない人がいるんだって」
 「……」

 「そいつはね、いい加減でだらしなくってあばれんぼうでね。でも、心の芯はあったかい奴なんだって」
 「そ、そうなんですか。そんな奴が」
 「うん! ちょっとはマシになってきたんだってさ! だけどまだまだダメなんで、もうちょっとセツが面倒みなきゃって」
 「あの人もバカな奴を抱えて大変ですね」
 「そうだね。でもきっと大丈夫だよ! 私もセツとおんなじにおもうよ!」
 「そうですか」

 思わず背中を向けた。
 後ろの濡木が顔を伏せ、軽く頭を下げた。
 俺は目を拭って奈々様の方を向いた。
 奈々様は俺の手を握り、廊下を一緒に歩いた。
 奈々様が御機嫌で歌い出した。

 ♪ Don't go away 逃げ場はない Oh why? You're crying 嗤え 狂え……♪

 「楽しい曲ですね。なんて歌なんですか?」
 「『幼女戦記』」
 「……」
 「お父様がね、よくギターで弾いてくれて一緒に歌うの」
 「さようですか……」

 ピッタリ過ぎんだろう……
 石神さんのお子さんだけあって、見事な歌唱力だった。
 物騒な内容の歌詞だったが。
 よく通るお声なので、すれ違う人間がこっちを見ていた。
 まあ、病院じゃちょっとなぁ。
 かといって似合う場所も思いつかんが。
 再びタクシーに乗った。
 奈々様に次に行きたい場所を聞いた。
 どんな場所でも奈々様の行きたい所へ連れて行きたいと思った。
 この方のためなら、どこへでも行こう。
 奈々様がおっしゃった。

 「ラブホ」
 「へ?」

 タクシーの運転手が驚いてバックミラーを見ていた。

 「奈々様、ご興味がおありで?」
 「うん、一度見て見たかったの。そのうちに私も使うようになるからね」
 「いや、そうですか。じゃあ……」

 この方に逆らうことは出来ないのはもう十分に分かってる。
 それに俺が何をする気であるはずもない。
 ああいうもんだが、見るだけなら何も問題は無いだろう。
 俺がそう思った瞬間、走るタクシーの奈々様の側の窓から久流々さんがコワイお顔で俺を睨んでいた。
 運転手も俺の方を向いている奈々様も気付いてはいない。

 「うん、じゃあ、神には私の裸も見せてあげるね!」

 久流々さんの顔が一層険しくなった。
 その時、石神さんからラインが来た。
 もちろん、そんなことは初めてだった。

 《てめぇ、死にてぇのか》
 「!」

 「奈々様、やっぱまだラブホはちょっと」
 「なんだ、神は意気地が無いのね」
 「すいません、ヘタレでして」
 「それとも私のことが嫌い?」
 「いいえ、そんなことは決して!」

 久流々さんが離れて行った。
 ふぅー。 
 俺は有名なテーマパークを提案したが、奈々様は気に入らなかった。

 「もっと大人の雰囲気の場所がいいな」
 「はぁ」
 「神は私を子どもだと思ってるの?」
 「とんでもない」

 思ってる。

 「他にどこか行きたい場所はありますか?」
 「じゃあ海が観たい」
 「ああ、夏ですもんね」

 マジで怖かった。
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