復讐のカウンドダウンが始まるその前に

江崎美彩

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ベンジャミン、招待状を受け取る

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 プラット子爵領ではぶどうの収穫が始まった。収穫したぶどうの多くは干しぶどうにする。枝付きのまま干したぶどうはワインに合うと評判で、王都の社交シーズンが佳境に入るこの時期引き合いが多くなる。
 この収穫もパーティも忙しい時期に、以前のベンジャミンはアイビーと結婚してから領地にいたことなんてもちろんない。
 アイビーもアイビーで収穫が忙しいからと王都の社交界に出ようともしていなかった。

「アイビー。この大量の手紙はどうすればいいんだ?」

 執務室に顔を出したベンジャミンが、たくさんの封筒を抱えて途方に暮れている。
 アイビーが席を立ち応接ソファに座ると、ベンジャミンもならって座った。
 封筒を手に取って宛先を確認する。プラット子爵家あてや夫婦宛のものはなく、全てベンジャミンに宛てたものだった。
 ベンジャミンに断り中を開ける。上質な紙に綴られた下品な文面を見ただけで、ベンジャミンにしなだれかかり甘い声で誘惑をしている女性の姿が想像つく。
 女性達からベンジャミンにパーティでエスコートして欲しいと個人的にお願いする内容の手紙であることを伝える。

「アイビーも一緒に行くようなパーティではないんだな」
「そうね。わたしが一緒に行ったらこの手紙の送り主たちから大顰蹙をかうでしょうね」
「うーん。そうか」

 頭を掻きむしり呻き声をあげて考え込んでいる。ベンジャミンがこの行動をとるときは伝えたいことがうまく口に出せないときだ。アイビーはスザンナにお茶を頼む。

「その、この手紙の中には、王様だとかからお城とかに招待されて有力な貴族と会ったりするようなパーティはあるだろうか」

 ようやく出てきた言葉にアイビーは目を丸くする。

「ベンジャミンは女性とパーティに行きたいの?」

 今のベンジャミンがパーティや貴族に興味を示すとは思えず、つい尋ねてしまった。

「あ、いや! そうじゃない! そうじゃなくて! 俺がその以前読んでいた本にはそういうシーンがよく出てきてて! この世界にもそういう大掛かりなパーティがあるのかと思っただけでさ!」
「そう」

 大慌てで弁解するベンジャミンの姿にアイビーは胸を撫で下ろす。

「王宮で開かれるパーティは春に社交シーズン開幕を知らせるものが開かれるわ」
「じゃあ来年まで無いのか」

 春のパーティもアイビーは参加したことがない。若かりし頃王宮で要職についていたという義父に聞いた受け売りだ。

「それ以外だと、他国から来賓がいらしたときくらいかしら。来賓がいらして開かれるパーティの招待客は伯爵位以上の上位貴族と、子爵家以下なら事業に成功してる力のある家に限られるわね」

 これも義父からの受け売り。

「ちなみにプラット子爵家は招待を受けたりは?」
「事業に成功していると思う?」

 義父が元気だった頃は招待を受けていたと聞いたが、今はもちろん呼ばれていない。

「そうか」

 ベンジャミンは肩を落とした。 
 アイビーは他の手紙を確認するフリをしながら、思案顔のままのベンジャミンを盗み見る。

(相変わらず整った横顔だけれど……)

 色白でアイビーよりもきめ細やかだった肌は農園に出入りすることで健康的に日焼けし、丁寧に編み込まれていた長いプラチナブロンドはいまは短く切り揃えられている。体格も力仕事で一回りは逞しくなっていた。
 絵に描いたような美青年はおらず、目の前にいるのは領民に好かれる美丈夫に見える。
 ベンジャミンの姿をした男は、すでにベンジャミンの姿ではなくなっていた。

「ねえ、今のベンジャミンの姿は以前貴方が別の世界にいた時の姿に似ているの?」
「え? どういう意味だ? ベンジャミンの姿だからここにおいてくれてるんだろ?」

 そう言ってベンジャミンは自分の顔を触り訝しむ。

「そうなんだけど、今の貴方の姿は昔のベンジャミンから変わりすぎてて。だから以前の貴方に似てきているのかと思ったのよ」
「……昔の俺には似ても似つかないな。こんなに顔は整っちゃいなかった。まあ、髪型とか日焼けとかそういうのは昔の俺に近いのかもしれないけど」
「そう。日焼けしてたってことは、以前も今みたいにこうやって外で働いていたの?」
「そうだな。力仕事じゃないけれど、ずっと外を出回っていたな」
「へぇ。どんな仕事をしていたの?」

 ベンジャミンの過去についてアイビーが踏み込んでたずねるのは初めてだった。

「どんな。か。えっと、バイヤーっていう、仕入れを専門でする仕事なんだけどわかるかな? 俺が住んでいた『ニホン』っていう国を北から南まで飛び回っていたんだ。縦に長い国だったから寒い地域や暑い地域があってさ、海に囲まれて、山もあるから地域ごとに特色があってその地方でしか食べられなかったり、手に入らなかったりするものがたくさんあったんだ。それを国中誰でも食べられるように仕入れて紹介してっていうのが俺の仕事でさ。相手先によっては信用を得るまでに時間がかかって何回も足を運んで、説得して──」

 目を輝かせながら自分のしてきた仕事を語るベンジャミンの姿はアイビーに眩しく映った。

「──基本的には自分の足でその地域の特産品を探して歩くんだけど、たまに商談会って言って、全国津々浦々から自慢の特産品をみんなで持ち寄って紹介するようなのがあってさ、もし、この国で有力な貴族が集まるようなパーティがあるならそこにどうにか混ざり込んで人脈を作って、商談会が開ければなと思ったんだけど、なかなか難しそうだな」

 ベンジャミンが視線を落とした先には手紙の山があった。

「ベンジャミンは領地の発展を考えてくれているのね」
「アイビーほどじゃないさ」
「わたしはお義父様に教わった仕事をしているだけだわ」

 アイビーは首を振る。

「そうかな? ほら、今だってジャムを作ってプラット子爵領のアンズを売り出そうとしてるんだろ?」
「──どうしてジャムのこと知ってるの⁈」

 アイビーの顔が青ざめる。

(あのジャムは、ベンジャミンと離縁した後のために作っているのに!)

 アイビーの声にベンジャミンはしまったという表情をする。

「誰に聞いたの?」

 アイビーの問いかけに何も言わずに首を横に振る。

「マシューね?」

 返事がないことは肯定と同じだ。
 アイビーはため息をついて机に散らばる封筒をいくつかみつくろいベンジャミンの目の前に置く

「その手紙の送り主は王家にもゆかりがある前侯爵の未亡人、そちらは貿易事業もされていた前伯爵の未亡人よ。ベンジャミンが欲しがっている人脈をお持ちの方だわ。おねだりでもすれば、思い描いていたような国王陛下がいて有力な貴族の領主が来るようなパーティに連れて行ってくださるんじゃないかしら。随分と可愛がっていただいていたようだから」

 今のベンジャミンにそんなことを言うのは筋が違う。それくらいアイビーにもわかっていた。それでも嫌味を言ってしまうのを止められなかった。
 だから、ぶどうの収穫が終わりが見え始めた頃、ベンジャミンが盛装してパーティに向かうのをアイビーは止めることができなかった。
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