11 / 22
羊
しおりを挟む
「……つまり、昔は山桐組にいて、一葉さんが小さい頃、よく面倒を見ていたってことですか?」
「そういうこった。これでも、一昔前は鬼の柴原って言われてたんやで」
そう言って豪快に笑う。今でも十分鬼っぽい。
「まあ、それからシノギも儲からなくなって、足洗ったんや。今じゃまっとうな商売してるさかい、あんまり怖がらんといてくれ」
「儲からないんですか?」
ぼくは純粋な好奇心から質問した。
「もちろん。サツの取り締まりも年々厳しくなって、ヤクザもすっからかんよ。上納金もらってる幹部は知らねぇが、末端は貧乏やろな」
「大変ですね」
上納金がなんだかわからないが、きっと大金が動いているんだろう。
「どの仕事も大変よ。ヤクザなんて特にそうやで」
柴原さんは大げさにため息をつくと、「ヤクザなんてやるもんじゃなかったな」と言った。
ぼくは失礼だと思いながらも、「なんでヤクザになったんですか?」と聞かざるを得なかった。柴原さんは嫌な顔をしなかった。
「おれにはこれしかなかったからや。昔から人さまに迷惑をかけて生きてきたからな。まっとうに生きる生活が想像できなかったんやろ。まじめに勉強していい大学入ってたら……いや、変わんなかったやろうな」
「なんでです?」
「それは、おれがヤクザな性分だからや。クズって言われる人種やな」
「でも、柴原さんは良い人だと思います。一葉さんからの信頼も厚いみたいでですし」
ぼくがそう言うと、柴原さんが大笑いした。
「おおきに。でもなぁ、会ったばかりの奴に、知った風に口きかん方がええで。賢治は人がいいみたいだから、つけこまれて、コロッと騙されてまう」
「そうですかね……」
「そういうもんや。ヤクザな商売してきたからわかる。……そうや、ええこと教えてやるわ。おれの人生経験からわかった、世の中には二種類の人間がおる、って話」
柴原さんがぼくの目の前に二本指を立てた。
「社会に騙される奴と、なかなか騙されん奴。どういう意味やと思う?」
「そのままの意味じゃないんですか?」
「違う違う。ずばり、自分の頭で考えられる奴と、考えられない奴や。前者は社会で成功し、後者は失敗する。頭の良さは関係ない。馬鹿だって成功するし、天才だって失敗する。なんでかわかるか、賢治?」
「……わからないです」
「自分の頭で考えられねぇ奴は、他人の言葉を鵜呑みにする。間違い探しなんかしやぁせん。誰かから与えらえた答えを最適解だと思い込む。いいか? 社会で偉いって言われてる奴は、人を平気で騙す。それも、ただ騙すんやな
い。あたかも相手の利益になるかのようにそそのかすんや」
柴原さんの表情が邪悪さを帯びる。
「考えられない奴は、言葉の裏にも文章の本当の意図にも気づきやせん。おれらにとっちゃ絶好のカモや。いい大学出のエリートが破滅していくさまなんて、飽きるほど見てきたで」
そこまで言うと、毒気が抜かれたようにふっと表情を和らげて、「まあ、金でも借りなければヤクザと関わりなんか持たんから安心せい」と大きな手で、肩を痛いくらい強く叩いてきた。
自分はどちらだろうか? いや、間違いなく自分の頭で考えられないタイプだ。母さんの言葉をひたすらに聞いて服従し続けているのだから。
髪の毛を洗い終わり、股間をタオルで隠した一葉さんが入ってきた。少し赤らんだ顔は妙に色っぽくて、妙にどぎまぎしてしまう。
「おいおい、お前見とると本当の女みたいで目のやり場に困るんやけど」
「わたしは女以上に女のつもりだから、当然の反応だよ」
そう言いながら、ぼくの隣に腰かけてきた。
「そういえば一葉。お前、親父から逃げてるんだって?」
「知ってるんじゃん。なんでさっき知らないふりなんかしてたの?」
「まさかここに来るとは思ってなかったんや」
「意外とゴシップ好きなんだね」
「引退してても、元は山桐組幹部やし。聞きたくない情報だって色々耳に入ってくるんや」
一葉さんが、「げぇ」と顔をしかめる。
「もうすぐ親父の就任式やろうが。もちろんお前も出るんやろ」
「出ないよ。あんなの」
「お前も親父のこと嫌いだって知ってるけど、親父にも面子ってもんがあるやろ。ここは一つ、立ててやったらどう
や?」
「絶対に嫌だね」
一葉さんはそっぽを向き、鼻まで湯船につかった。
「おい一葉。事の発端はお前にあるんやぞ」
一葉さんが少しだけ顔を上げ、「違うもん。あのクソ親父のせいだもん」と抗議した。
「泰我亜の奴らと付き合ったからやろ」
一葉さんが柴原さんを睨みつける。
「それは言わないで」
「賢治には言ったんか?」
「まだだけど」
「それなら、教える義務があるやろ。お前のわがままに付き合ってるんやし。ええな?」
一葉さんは渋々首を縦に振った。
「なにがあったんですか?」
「半グレって知っとるか? ヤンキーとヤクザの中間みたいな奴らなんやけど、前に一葉がそういう連中の男と付き合ってたことがあったんや。それが山桐組でも問題になって、親父に迷惑をかけたんや」
「わたしが誰と付き合っても勝手じゃん」
「んなわけないやろ。もしかして、まだ未練があるとか言わんよな?」
「完全にないよ。今じゃ、あいつと付き合ったのも信じられない」
一葉さん顔が強張った。柴原さんもそれに気づいたようで、急に優しい声音で、「念を押すが、あいつには金輪際関わるなよ」と忠告した。
「はいはい。もう連絡先も全部削除したよ」
「それならええ」
柴原さんが立ち上がり、「賢治、一緒にあがろうや」と肩を掴んできた。
「は、はい」
「わたし、入ったばっかなんだけど」
「お前はまだ浸かってろ。ちゃんと百まで数えろよ」
一葉さんが「はーい」と間の抜けた返事をする。ぼくは柴原さんにがっちりと掴まれながら、脱衣所まで向かった。
「そういうこった。これでも、一昔前は鬼の柴原って言われてたんやで」
そう言って豪快に笑う。今でも十分鬼っぽい。
「まあ、それからシノギも儲からなくなって、足洗ったんや。今じゃまっとうな商売してるさかい、あんまり怖がらんといてくれ」
「儲からないんですか?」
ぼくは純粋な好奇心から質問した。
「もちろん。サツの取り締まりも年々厳しくなって、ヤクザもすっからかんよ。上納金もらってる幹部は知らねぇが、末端は貧乏やろな」
「大変ですね」
上納金がなんだかわからないが、きっと大金が動いているんだろう。
「どの仕事も大変よ。ヤクザなんて特にそうやで」
柴原さんは大げさにため息をつくと、「ヤクザなんてやるもんじゃなかったな」と言った。
ぼくは失礼だと思いながらも、「なんでヤクザになったんですか?」と聞かざるを得なかった。柴原さんは嫌な顔をしなかった。
「おれにはこれしかなかったからや。昔から人さまに迷惑をかけて生きてきたからな。まっとうに生きる生活が想像できなかったんやろ。まじめに勉強していい大学入ってたら……いや、変わんなかったやろうな」
「なんでです?」
「それは、おれがヤクザな性分だからや。クズって言われる人種やな」
「でも、柴原さんは良い人だと思います。一葉さんからの信頼も厚いみたいでですし」
ぼくがそう言うと、柴原さんが大笑いした。
「おおきに。でもなぁ、会ったばかりの奴に、知った風に口きかん方がええで。賢治は人がいいみたいだから、つけこまれて、コロッと騙されてまう」
「そうですかね……」
「そういうもんや。ヤクザな商売してきたからわかる。……そうや、ええこと教えてやるわ。おれの人生経験からわかった、世の中には二種類の人間がおる、って話」
柴原さんがぼくの目の前に二本指を立てた。
「社会に騙される奴と、なかなか騙されん奴。どういう意味やと思う?」
「そのままの意味じゃないんですか?」
「違う違う。ずばり、自分の頭で考えられる奴と、考えられない奴や。前者は社会で成功し、後者は失敗する。頭の良さは関係ない。馬鹿だって成功するし、天才だって失敗する。なんでかわかるか、賢治?」
「……わからないです」
「自分の頭で考えられねぇ奴は、他人の言葉を鵜呑みにする。間違い探しなんかしやぁせん。誰かから与えらえた答えを最適解だと思い込む。いいか? 社会で偉いって言われてる奴は、人を平気で騙す。それも、ただ騙すんやな
い。あたかも相手の利益になるかのようにそそのかすんや」
柴原さんの表情が邪悪さを帯びる。
「考えられない奴は、言葉の裏にも文章の本当の意図にも気づきやせん。おれらにとっちゃ絶好のカモや。いい大学出のエリートが破滅していくさまなんて、飽きるほど見てきたで」
そこまで言うと、毒気が抜かれたようにふっと表情を和らげて、「まあ、金でも借りなければヤクザと関わりなんか持たんから安心せい」と大きな手で、肩を痛いくらい強く叩いてきた。
自分はどちらだろうか? いや、間違いなく自分の頭で考えられないタイプだ。母さんの言葉をひたすらに聞いて服従し続けているのだから。
髪の毛を洗い終わり、股間をタオルで隠した一葉さんが入ってきた。少し赤らんだ顔は妙に色っぽくて、妙にどぎまぎしてしまう。
「おいおい、お前見とると本当の女みたいで目のやり場に困るんやけど」
「わたしは女以上に女のつもりだから、当然の反応だよ」
そう言いながら、ぼくの隣に腰かけてきた。
「そういえば一葉。お前、親父から逃げてるんだって?」
「知ってるんじゃん。なんでさっき知らないふりなんかしてたの?」
「まさかここに来るとは思ってなかったんや」
「意外とゴシップ好きなんだね」
「引退してても、元は山桐組幹部やし。聞きたくない情報だって色々耳に入ってくるんや」
一葉さんが、「げぇ」と顔をしかめる。
「もうすぐ親父の就任式やろうが。もちろんお前も出るんやろ」
「出ないよ。あんなの」
「お前も親父のこと嫌いだって知ってるけど、親父にも面子ってもんがあるやろ。ここは一つ、立ててやったらどう
や?」
「絶対に嫌だね」
一葉さんはそっぽを向き、鼻まで湯船につかった。
「おい一葉。事の発端はお前にあるんやぞ」
一葉さんが少しだけ顔を上げ、「違うもん。あのクソ親父のせいだもん」と抗議した。
「泰我亜の奴らと付き合ったからやろ」
一葉さんが柴原さんを睨みつける。
「それは言わないで」
「賢治には言ったんか?」
「まだだけど」
「それなら、教える義務があるやろ。お前のわがままに付き合ってるんやし。ええな?」
一葉さんは渋々首を縦に振った。
「なにがあったんですか?」
「半グレって知っとるか? ヤンキーとヤクザの中間みたいな奴らなんやけど、前に一葉がそういう連中の男と付き合ってたことがあったんや。それが山桐組でも問題になって、親父に迷惑をかけたんや」
「わたしが誰と付き合っても勝手じゃん」
「んなわけないやろ。もしかして、まだ未練があるとか言わんよな?」
「完全にないよ。今じゃ、あいつと付き合ったのも信じられない」
一葉さん顔が強張った。柴原さんもそれに気づいたようで、急に優しい声音で、「念を押すが、あいつには金輪際関わるなよ」と忠告した。
「はいはい。もう連絡先も全部削除したよ」
「それならええ」
柴原さんが立ち上がり、「賢治、一緒にあがろうや」と肩を掴んできた。
「は、はい」
「わたし、入ったばっかなんだけど」
「お前はまだ浸かってろ。ちゃんと百まで数えろよ」
一葉さんが「はーい」と間の抜けた返事をする。ぼくは柴原さんにがっちりと掴まれながら、脱衣所まで向かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる