さらば従順な羊とギャル

色沢桜

文字の大きさ
12 / 22

五万とゼロで一万

しおりを挟む
 ぼくらは外に出て服に着替えた。先に着替え終わって待合室でぼうっとしていると、柴原さんが冷えた牛乳の瓶を持ってきてくれた。

 柴原さんは一気に半分くらい飲み干して、「やっぱり、風呂上がりの一杯は最高やな!」と唸った。

「美味しいです」

「そりゃよかった。……なあ、どうや、一葉は?」

「どうって、どういうことですか?」

「仲がいいか悪いかってことや。もしかして、もうやったんか?」

 柴原さんがにやけ顔で聞いてくる。ぼくは慌てて「そんな! やってないです!」と否定した。

「そうかそうか。ピュアな関係か。それとも、勇気がないだけか? ん?」

「そんなつもりもないです! ……でも、まあ一葉さんは素敵な人だと思います。綺麗ですし、優しいですし、行動力も凄いですし」

「べた褒めやの」

「ま、まあ。そうですね」

「なあ、賢治。なんで一葉に付き合ってるんや? もちろん、男女じゃなくてここまで来たって意味で」

「それは、一葉さんに誘われて、それでここまで付いてきて……」

「自分自身で考えなかったんか」

 はっとした。ついさっき投げかけられた言葉が、またやってきた。

「答えてみいや」

「ええっと。ぼくも自分の生活が嫌になって、それで一葉さんの提案も悪くないと思って……」

「心から望むことか? 一時の雰囲気と感情で流されたんじゃないんか?」

 柴原さんの言う通りだ。ぼくは確固たる意志も、目標も持たずにここまで来てしまった。

「賢治、ここで会ったのもなんかの縁やさかい、人生の先輩としてアドバイスするで。賢い羊でも、家畜じゃ無価値
なんや」

「どういう意味ですか?」

「主体性のない奴は、社会の食い物ってことや。飼い主のいう事をよう聞けても、狼の気配に気づけんと、すぐに死
ぬってことよ」

 ぼくは確実に家畜の羊だ。飼い主のいう事をよく聞き、狼に無残に食い殺される運命だろう。

「ぼくに主体性、ないですよね……」 

「気にすんな。これはヤクザもんの独り言だと思って聞いてくれればええ。それと私情なんやが、一葉をよく守ってやってくれへんか」

「ぼくに守られるほど弱くないですよ。今だって、ほとんど一葉さんのおかげで旅を続けられてますし」

「いいや、あいつは見た目以上に脆いで。気丈に振舞っていても、中身は普通の女子と変わらん」

「そうですかね?」

「ああ。今だって賢治がいるからもってるようなもんや」

 柴原さんは残りを飲み干すと、「支えてやってくれ」と言って瓶を回収ケースに入れた。

 すると、一葉さんがちょうど良く上がってきた。

「お待たせ。なにか二人で話してたの?」

「たいしたことやない。ただの男通しの話し合いや」

「なにそれ、男くさ」

 一葉さんが柴原さんの目の前に手を突き出す。

「なんや」

「牛乳代。言っておくけど、口に白いひげついてるから。二人だけ飲んでわたしだけ仲間外れなんて可哀想でし
ょ?」

 柴原さんはため息をつくと、ポケットから革財布を取り出して、一万円札を五枚抜き出した。

「五万円の牛乳があるの?」

「残りの旅費だ」

「やだ、太っ腹。大好きオジサマ」

 一葉さんが嬉々として手を伸ばそうとする。しかし、柴原さんはひょいと少し引いて、一葉さんに取らせなかった。

「条件がある。あと一日二日したら帰ってやれ。親父にも面子があるやろ」

「やだって言ったら?」

「この五万円はおれの生活費になるだけや」

 一葉さんは、ふぅん、と鼻を鳴らすと、一枚だけ抜き取った。

「さっきも言った通り、絶対に帰らないから」

 柴原さんは大きくため息をついて肩を落とした。

「忠告はしたぞ」

「あんな所には居られないよ。牛乳はやっぱりいいや。賢治、もう行こう」

 手を引っ張られて銭湯から出る。柴原さんが寂しそうな目でぼくらを見ていた。

・・・

 ポケットから折り畳み携帯を取り出す。使い過ぎて反応が悪くなったボタンで電話帳を開く。

 電話先は山桐武。電話は三コールくらいで出た。

「もしもし、柴原です」

「久しぶりだな。お前から電話するのも珍しい。カタギの調子はどうだ?儲かってるか?」

「おかげでさまで順調です。組からもらったのもいくつか――ほら、レンタカーショップとかも盛況ですよ」

「礼はいい。どうせ二束三文でどっかに売ろうとしていた事業だ。それに、下っ端にも格安で使わせてもらってるし
な。こっちの方が感謝したいくらいだ」

「恐れ入ります」

「それで、本題はなんだ?」

「嬢ちゃんを見つけやした」

 数秒の沈黙の後、「嬢ちゃんじゃねぇ。あいつはおれの倅だ」と言ってきた。

「ですが、心は女で」

「男だ」

「でも――」

「そんなくだらないことはどうでもいい。どこで会った?」

 反論しようとするも、結局は水掛け論になるだけだ。素直にここの住所を教えた。

「そんな場所まで逃げたのか。ひとまず、情報に感謝する」

「いえ、五万円全部やなくて、一万円だけだったんで」

「どういう意味だ?」

「なんでもないです。ところで、どうするんですか? おれはもう組を抜けた身。これ以上は協力できませんよ」

「わかってる。お前のカタギには邪魔しないつもりだ。そこならそうだな、夜霧よぎりがいるだろう。そいつらに探
させる」

 その名を聞いた時、携帯を落としそうになった。

「夜霧って、蛭野がいる半グレですよ?」

「それがどうした」

「泰我亜の蛭野を忘れたわけじゃないでしょう? 今の夜霧には一葉の元カレの蛭野がいるんですよ。あいつはヤバい。ヤクザの掟も無視する馬鹿だ。どんなことするかわかりません。正直、今あいつがおれのカタギと関わりがあるのも不愉快なくらいです!」

「だからこそ、責任取らせて関西の片田舎のちゃっちぃ半グレに押し付けたんだろうが」

「せめて別の奴に探させたらどうです? だったら、今回はおれが手伝っても――」

「もうシノギじゃねぇお前の話を聞く義理がどこにある。あいつらなら数なら多い烏合の衆だから、すぐに見つけてくれるだろうよ。おれも連絡があり次第できるだけ早くそっちに向かう。そん時は軽く酒でも飲もうや。じゃあな」

 ぷっつりと電話が切れた。

 そうだ。もう自分は組とは関係のないカタギだ。これ以上関わったら、今商売している場所に迷惑がかかる。

 携帯をポケットにしまう。今日は帰ろう。もう、一葉と会ったことは忘れた方がいい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

処理中です...