108回目の悪役令嬢

こうやさい

文字の大きさ
1 / 1

108回目の悪役令嬢

しおりを挟む
「お嬢様、お気づきになりましたか!?」
 事故の衝撃から目を覚ましたところ、侍女らしい格好をしたおねーさんの泣きそうな表情が視界に飛び込んできた。
 見覚えがある。
 当然だろう、彼女は昔からあたしに仕えてくれていた侍女だったし、断罪シーンで悪役令嬢に嫌がらせを命令されたと証言したのでスチルの隅に描かれていた。
「またか」
 どうも記憶を取り戻したらしい。


 昔々、どれくらい昔かといえば産まれるより昔、あたしはとある中世ヨーロッパ風乙女ゲームのとある攻略対象が好きになった。
 初恋で、ガチ恋だった。
 もう少し幼ければ恋にはならなかっただろう。
 もう少しゲーム慣れしていたならば推しと認識していただろう。
 けれど、その時出会ってしまった以上、恋になってしまった。

 相手が悪いとしかいいようがない。
 二次元にしかいない存在だというのもそうだが、なまじ恋愛シミュレーションゲームの攻略対象だったばっかりに、自分の気持ちなのか、プレイヤーキャラに感情移入したのかの区別が付かなかった。
 あの人へのときめきを乙女ゲームの楽しさとはき違え、短いのやら長いのやら攻略が簡単なのやら難しいのやらやりこんだのやら適当に流したのやら最後までやったのやら途中で放り出したのやらいろいろと乙女ゲームをやった。
 それだけ数をこなして、やっとその違いに気づいた。
 鈍い、鈍すぎる。いやゲーム自体が結構楽しかったせいもあったんだけど。

 とはいえ、なにがどうでも叶う恋ではないし、その後は普通に他の人に恋をして結婚した……たぶん。
 実はその辺りの記憶とかごっそり抜け落ちてる。闘病した記憶とか事故った記憶とかもないから、若いうちに死んだんじゃないだろうなと予想をつけただけ。


 そしてあたしは生まれ変わった。
 ……ゲーム内だったのも、悪役令嬢だったのもこの際許容しよう。そういうオンノベをゲームの合間に少し読んだ事がある。
 けど、そーゆー場合好きだったゲームに転生しない!?
 いやこれも好きではあるんだけど、あの人のいるゲームじゃない。


 ……と、いう感じの転生をもう何度じゃすまないくらい繰り返している。
 中には乙女ゲームと確信出来なかったものも混じってるけど、多分数こなしたせいで忘れてるだけだと思う。
 なんか妙なとこにゲームっぽさというか、違和感があるのよね。
 故事成語とかゲーム中にもつっこんだなぁ、うん。

 この転生には幾つか法則がある。
 強制力があるのかゲーム開始以前の設定の大きな部分は変えられない。
 たとえばヒロインの母親が事故死しなければ貴族に引き取られることはないんだからそれを防ごうと思っても無理。正確には防ぐことは出来ても別の理由で結局死んでしまう。
 ゲーム開始前の設定があってそれに悪役令嬢がわがままとか極悪とか婚約者が冷たいとか付いてたらどう行動変えても最終的にはつじつまが合ってどうにもならないんだよ!?
 婚約者と不仲とか政略とかは攻略対象の婚約者あくやくれいじょうやってるんだからわりとついてて、恋をしたいわけじゃないとはいえ胃がきりきりした。
 冷遇された結果ぐれて悪役になったってのが混じってなかったのがせめてもの救いだ。強制力で死なないのは分かってても体験はしたくない。
 もっともこの強制力があるせいで途中から記憶が戻ったときに不審がられなくてすむのだから良し悪しだろう。

 ゲーム開始後は強制力は緩まるが、舞台そのものから逃げることは出来ない。
 家も学校も放り出して平民になるとか出来ない訳だよ、これが。
 ただ立ち回り次第で変化が出るので、婚約をしていたら穏便に解消して、その後ひたすら地味に過ごす努力をするがデフォになった。大概は高位貴族だったから限度はあるけど。
 細かく覚えてるゲームなら破滅フラグを潰すだけじゃなくヒロイン乗っ取りとかも出来たかもしれないけど、相手あの人じゃないし。
 不必要に活躍して国に縛られたくはない。
 ゲームが終われば強制力はなくなるが、その時既に一国の王子と結婚決まってたとかしたらゲームじゃなく周りの状況が逃がしてくれるわけないじゃん。
 絶対にあの人じゃなきゃ嫌と頑なになってた訳じゃたぶんないけど、乙女ゲームの関係者とは縁がないなら距離を置きたい。

 そうやって、ひたすらゲーム終了まで耐える。
 その後はいろいろだ。
 ゲーム終了とほぼ変わらずに次に行くのもあれは、その後ある程度自由に行動出来るのもある。
 多分エンディングにその後の含みがあるかないかの差だろう。
 ヒロインが「末永く幸せに暮らしました」をやってる間は悪役令嬢も処刑でもされなきゃどっかにいるわけで。
 だからってヒロインを応援しようとかはやらない方がいいみたいだけど。とにかく関わらない方がいい。

 そんな感じで転生し続けた訳ですが……未だあの人のいるゲームにはたどり着けず。
 転生してもヒロインじゃなきゃ恋は出来ないかもしれないけどさ。
 なんかもう、それ以外希望がない辺り、違う意味で強制力に縛られている気がする。
 いい加減諦めるべきか、今後あの人に出会える可能性を信じ練習と思ってこなすべきか。
 そもそも死ぬまで執着してたかどうか分からないのに転生してるんだから、諦めたからって止まるとは限らないよなぁ。

 今回は婚約者ヒロインに取られて嫉妬に狂って侍女に嫌がらせするよう命じるんだけど、その侍女が裏切って証言して断罪された令嬢だったっけ。
 ……そっか、彼女裏切るのか、シナリオ通りに行くならだけど。
 どっちが正義かといわれると彼女の方だと思いはするけどさ。
 それでも今までほどに信じることはきっと出来ない。

 いつまであたしは壊れずにいられるだろう?
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

宝箱の中のキラキラ ~悪役令嬢に仕立て上げられそうだけど回避します~

よーこ
ファンタジー
婚約者が男爵家の庶子に篭絡されていることには、前々から気付いていた伯爵令嬢マリアーナ。 しかもなぜか、やってもいない「マリアーナが嫉妬で男爵令嬢をイジメている」との噂が学園中に広まっている。 なんとかしなければならない、婚約者との関係も見直すべきかも、とマリアーナは思っていた。 そしたら婚約者がタイミングよく”あること”をやらかしてくれた。 この機会を逃す手はない! ということで、マリアーナが友人たちの力を借りて婚約者と男爵令嬢にやり返し、幸せを手に入れるお話。 よくある断罪劇からの反撃です。

ヒロインガン無視で幸せになる話

頭フェアリータイプ
ファンタジー
死ぬ運命の悪役ですらないヒーローの婚約者が無関心に幸せを掴む話

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...