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前編
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恐れながらわたくしが見る限り……いいえ、特に思惑のないものがみる限り、殿下と侯爵令嬢の婚姻を政略といえど上手くいくと思うものはいなかったでしょう。
聡明なお嬢様はお役目を心得ておりましたが、殿下は何が気に食わないのかお立場に対する理解やお嬢様に対する歩み寄る努力もせず、それどころか婚約者という関係上近づかなければならない時は「顔も見たくないからヴェールでも被っていろ」と命令するようなお人です。
お嬢様は慈悲深くもそれをおまもりになり、屋敷以外ではいつ顔を会わせるか分からないからと、薄いとはいえ不自然で不自由であろうヴェールをずっと纏っておいででした。
そのためお付きであるわたくしもずっとヴェールを被っておりました。一人から二人になったところで悪目立ちする事には変わりないでしょうが、それでも少しは助けになろうかと。
それが後にどれだけお嬢様に対して酷いことになるかを知らず。
巷で庶民に流行っております物語では令嬢が何らかの理由で婚約者に婚約破棄を言い渡されるというものがあります。
それは非日常の衆目の集まる場所で派手に行われるものですが、実際に行われたのは日常の近くにある密室の中でした。
密室とはいいますが、婚約者同士とはいえ年頃の男女が二人っきりで籠もることは出来ず、殿下もお嬢様もお立場上最低限は警護や侍女が離れるはずはございません。
けれど我々はいわば壁や床や備品のようなもの。ですので衆目には入らないでしょう。
殿下は呼びつけておきながら挨拶もろくにせず、わたくし達を壁際に下がらせると、お嬢様に低いテーブルを挟んだ向かいの席に座るようにぞんざいに命じました。
そして座り終えるのを待たず「これ以上お前には耐えられない。婚約を破棄する!!」と怒鳴りました。今まで耐えていたみたいに言わないでくださいませ図々しい。
お嬢様は落ち着いて座ってから「これは王命ですので、破棄をしたいのでしたら陛下にお話を通して下さい」とおっしゃいました。ええ、お嬢様にあるのはお役目であって恋情ではございません。なので感情的にはなりません。
けれど陛下が婚約破棄を許してくれないと分かっているからこそ殿下はこんな手段を取っているのです。
お嬢様はあくまでも正しいけれど、それは面と向かって莫迦と冷静にいっているようなもの。
逆上した殿下は立ち上がると、片足で行儀悪くテーブルを踏み、前に身を乗り出すように手を伸ばし、お嬢様の首を引っ張って持ち上げるように絞め始めました。
さすがにそれを王侯貴族間の正しい付き合い方だとは呼べません。
そうなると備品といえどそれを止める為に動き始めます。
けれどその前にお嬢様か苦しみのあまりか身じろぎをし、体勢を崩し殿下共々ふらつきました。
……死因は首を絞められたせいではなく、その時殿下の手が首から外れたせいで頭をひどくぶつけたからだそうです。
ぐったりとテーブルの上にうつむけに投げ出された上半身と、普段はきちんと整っているドレスの裾が乱雑に広がっているのが見えます。
自分の体勢を整えた後に、事態を理解したのか、さすがの殿下も顔色を変え、お嬢様の背中をさわり執拗に揺すり始めました。
わたくしはといえばただおろおろと、殿下の手前駆け寄ることも出来ず、ひたすら混乱しておりました。
不意に殿下がお嬢様を払いのけました。お嬢様の身体がテーブルからも落ちてゆきます。それでもお嬢様が人間らしい動きをしないことで、もう息がないのだと悟りました。
そんなお嬢様には目もくれず、殿下は視線をわたくしの方に向けました。
そうして優しく微笑みながら、わたくしに向かい気持ち悪い声でお嬢様の名前を呼んだのです。
聡明なお嬢様はお役目を心得ておりましたが、殿下は何が気に食わないのかお立場に対する理解やお嬢様に対する歩み寄る努力もせず、それどころか婚約者という関係上近づかなければならない時は「顔も見たくないからヴェールでも被っていろ」と命令するようなお人です。
お嬢様は慈悲深くもそれをおまもりになり、屋敷以外ではいつ顔を会わせるか分からないからと、薄いとはいえ不自然で不自由であろうヴェールをずっと纏っておいででした。
そのためお付きであるわたくしもずっとヴェールを被っておりました。一人から二人になったところで悪目立ちする事には変わりないでしょうが、それでも少しは助けになろうかと。
それが後にどれだけお嬢様に対して酷いことになるかを知らず。
巷で庶民に流行っております物語では令嬢が何らかの理由で婚約者に婚約破棄を言い渡されるというものがあります。
それは非日常の衆目の集まる場所で派手に行われるものですが、実際に行われたのは日常の近くにある密室の中でした。
密室とはいいますが、婚約者同士とはいえ年頃の男女が二人っきりで籠もることは出来ず、殿下もお嬢様もお立場上最低限は警護や侍女が離れるはずはございません。
けれど我々はいわば壁や床や備品のようなもの。ですので衆目には入らないでしょう。
殿下は呼びつけておきながら挨拶もろくにせず、わたくし達を壁際に下がらせると、お嬢様に低いテーブルを挟んだ向かいの席に座るようにぞんざいに命じました。
そして座り終えるのを待たず「これ以上お前には耐えられない。婚約を破棄する!!」と怒鳴りました。今まで耐えていたみたいに言わないでくださいませ図々しい。
お嬢様は落ち着いて座ってから「これは王命ですので、破棄をしたいのでしたら陛下にお話を通して下さい」とおっしゃいました。ええ、お嬢様にあるのはお役目であって恋情ではございません。なので感情的にはなりません。
けれど陛下が婚約破棄を許してくれないと分かっているからこそ殿下はこんな手段を取っているのです。
お嬢様はあくまでも正しいけれど、それは面と向かって莫迦と冷静にいっているようなもの。
逆上した殿下は立ち上がると、片足で行儀悪くテーブルを踏み、前に身を乗り出すように手を伸ばし、お嬢様の首を引っ張って持ち上げるように絞め始めました。
さすがにそれを王侯貴族間の正しい付き合い方だとは呼べません。
そうなると備品といえどそれを止める為に動き始めます。
けれどその前にお嬢様か苦しみのあまりか身じろぎをし、体勢を崩し殿下共々ふらつきました。
……死因は首を絞められたせいではなく、その時殿下の手が首から外れたせいで頭をひどくぶつけたからだそうです。
ぐったりとテーブルの上にうつむけに投げ出された上半身と、普段はきちんと整っているドレスの裾が乱雑に広がっているのが見えます。
自分の体勢を整えた後に、事態を理解したのか、さすがの殿下も顔色を変え、お嬢様の背中をさわり執拗に揺すり始めました。
わたくしはといえばただおろおろと、殿下の手前駆け寄ることも出来ず、ひたすら混乱しておりました。
不意に殿下がお嬢様を払いのけました。お嬢様の身体がテーブルからも落ちてゆきます。それでもお嬢様が人間らしい動きをしないことで、もう息がないのだと悟りました。
そんなお嬢様には目もくれず、殿下は視線をわたくしの方に向けました。
そうして優しく微笑みながら、わたくしに向かい気持ち悪い声でお嬢様の名前を呼んだのです。
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