水妖のなごり

こうやさい

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水妖のなごり

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 小さい頃はよく倒れる子供だった。
 倒れるといってもいわゆる電池切れというヤツでちょっと目を離している隙にところ構わず眠ってしまうというアレだ。
 病気でも身体が弱いわけでもないが、ペース配分が下手すぎたのか、端から見ると他の子よりも何か問題があるように見えたらしい。
 そして一度眠るとなかなかはっきり目が覚めなかった。最初は起こしてくれていたらしいが、途中でよほどの用がなければ諦めて眠らせることを優先した程度には。

 それでも散々眠っていればそのうち体力も戻り目も覚める。
 この頃にはさすがに両親も慣れて来て枕元に付きっきりということはなかった。妹が生まれそちらの世話もあったことだし。妹の方が眠る時間が短い気がするのはなぜだろう?
 そして常識的な時間内に目を覚ませるとは限らず、たとえばお腹が空いていたとしても夜中だったりすれば大声を出して起こすのも迷惑だろう。幼くともそれくらいは気を遣う。
 当然今から走り回る訳にもいかず、部屋で寝かされていた場合は明かりをつけるのもスイッチの位置の関係で一苦労だったので退屈を紛らわせるものがない。暗いところを動き回るのは怖いのでどこかに行くなんてよほどの理由がない限り論外だった。

 なので目を瞑りもう一度眠気が来るまで周りの音に耳を澄ます。
 大声で両親や妹を起こす心配はしても近所迷惑を考えずにすむのはここがそれなりの田舎だろう。
 なので人間の生活音以外の音もよく聞こえた。
 都会ほどの施設も家もない、かといって野生や作られた大自然が広大に広がっているわけでもない、恐らくどこにでもある町だった。
 そして家の近くには川が流れていた。
 綺麗じゃないから泳いじゃいけませんと言われたが、それなりの幅と魚が住める程度の水をたたえていた。

 あの日は夏で、窓が開いていたので、そのせせらぐというには少しにごった音がよく聞こえた。
 それをお供に眠ろうとしたとき。

 ―――チャポン。

 けれど耳に入ったのはどちらかといえば目を覚ますような音だった。
 何かが水に飛び込んだのだと思った。
 あれほどの音を発てて跳ねる魚なんて見たことも聞いたこともないし、何よりも今は夜中だ。
 どこかから飛んできた物が落ちたと思うには、間隔を開けてまた水音がしたことで違うと思った。
 犬や猫やどこかの子供が落ちたと思うには水音の間隔が長すぎた。
 なんだろうと思っているうちに思考は眠気に負けた。

 それからも何度かそんな事があった。
 暗闇が怖いのを置いておいても見に行こうとは何故か欠片も考えなかった。
 現実的に考えれば亀辺りだったのだろうなと今なら思う。
 けれど当時は水の妖怪だと想像し、話すのはもちろん見たことすらないのに勝手に友達認定した。
 目が覚めた夜ぐらいにしか音を聴くことはなかったのだからそれで構わなかった。
 眠れない夜が楽しくなった。


 ある日、離れて暮らしている祖母を名乗る人が家にやって来た。
 そして僕が倒れる姿を中途半端に目撃し母が止めるのも聞かず救急車を呼んだ。
 後から知ったことだが、祖母は旧華族だか財閥だかのお嬢様で、嫁ぎ先もお金持ちで、複数子供が居るにも拘わらず自分でいかにもな子育てをしたことがほぼなかったらしい。
 よって子供の電池切れなんて見たことはなくて、いきなり倒れた姿を見てパニックを起こしたと。

 恥をかかされたと思った祖母は僕に遠くへの引っ越しを命じた。
 自分の大げさに騒いで救急車を呼んだという事実を僕をここから居なくすることで、正しい行動だったように見せかけたかったのだろう。
 ここで我を張って更にややこしいことになるよりはと思ったのか、それとも祖母から逃げるためか、両親と妹も一緒に引っ越すこととなった。
 父は母との結婚を反対されほぼ駆け落ちのように一緒になったそうで、祖父が亡くなり祖母に口を出す余裕が出来たせいで今更別れろともめていたらしい。
 そんな事は当時の僕にはなにも関係なかったけれど。

 引っ越し先は比較しようもないほど都会だった。近くに川は流れていない。
 タイミングよく体力がついたのか倒れることもめったになくなり、水ではなく新しい刺激に溺れた。
 そうしてそこで大人になった。


 その日、確かに何かが水に飛び込む音を聞いた。
 ちょうど顔を洗っている最中だったので気のせいですますことも出来たかもしれないが、どうしても気になる。
 眠れなかったあの夜を思い出す。
 一方的な、けれど大事な友達だったのにいつの間にか忘れてしまっていた。

 その週末に少し無理をして前の家を見に行った。
 変わらずあると思っていた川は細くなり、あまつさえ蓋までされていた。
 たとえ中に何かいてもこれでは分からない。

 名残のように耳の中だけで何かが撥ねるような音がした。
 今更ながら友達を一人なくしていたことを知った。
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