我が罪への供物

こうやさい

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呼ばれていない

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 小さい頃、海で溺れた事がある。

 小学校に上がるか上がらないかそれくらいの年齢だったと思う。
 父方の祖母の家に大型連休中ゴールデンウィークに遊びに行った。
 季節の変わり目で寒いよりは暑い方がまだいいだろうと重ね着をさせられていた、落ち着きのない子供が海の側に来ればどうなるか――大半の人は予想を外しはしないだろう。
 一人で行ってはいけない、危ないところへ行ってはいけない、そう言い聞かされていたものの魔が差した。
 大人がちょっと目を離した隙に海に向かい、靴と靴下と他にも脱げるものを脱ぎ、ワンピースの裾をめくりあげ、波打ち際で水遊びをしているうちに調子に乗って、そこそこ深いところまで行ったところで足をすくわれた。
 元々泳ぎが得意なわけでもなく、それでも裸ではなかったのだから服が身体に絡みつき、当然溺れた……はずなのだが、混乱のためか恐怖のためか気絶でもしたのかその辺りの記憶がほぼない。
 ―――君を呼んではいないなから。
 ただ、そんな声を聞いた気がした。

 その後波打ち際で倒れているところを発見されたあたしは当然のように多大な心配をされ、多大な説教をされた。
 ただし、声を聞いた気がすると告げるまでは。

 いきなり祖母が母の不貞を責め始めた――今から考えるとそういうことだろう。
 それまでの話とどう繋がるか分からないし、いきなり疑惑ではなく実行していることが前提で責められては子供でなくても意味が分からず、両親そろって虚を突かれていた。
 曰く、自分の血を引いている女児が海に呼ばれないはずはないと。
 責められているはずの母が心配げに祖母を見ていたのを覚えている。あれは痴呆を心配してたのだろう。
 溺れかけた上での幻聴か夢か、それでなくとも子供の戯言を大真面目に聞いた上、それに対して理解出来ない反応をしていればそうもなるだろう。

 痴呆だろうが何だろうが、母に対する扱いが酷くなり、ひいてはあたしに対する扱いが酷くなったので父は決断した。
 祖母と縁を切った。
 本当に痴呆ならば母親を見捨てたと思われかねないし、本当に母が不貞をしていたのならだまされた男となるはずなのに、それでもあたしたちを守るという決断をしてくれた。
 もっとも祖母はそれ以外はかくしゃくとしたものだったし、ほかに叔父も叔母も従妹もおり独居老人でもなかったので、そこまで非人道というわけでもないだろう。
 またあたしの顔は性別すら超越するほど父に激似だったのでむしろこの顔になる浮気相手を探すほうが難しいということもあったからだろうが。ある意味では幸せだがある意味では不幸な事に兄弟である叔父よりも父にあたしは似ている。父は本当に顔らしい顔をしており、平時に男顔であることが嬉しいことはあまりない。
 それでも祖母は信じない。

 それ以来叔父を通して細々と祖母の近況を聞くこともあったが、あたしは結局葬式にもでなかった。
 行ってもむしろ嫌がられたに違いない。
 許されてはいないと聞いていた。

 何故かは分からないけれど、あたしはあそこで溺れ死ななければ孫にはなれなかったのだろう。
 もうなりたかったかどうかも覚えていないけれど。
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