桜名残

こうやさい

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桜名残 四、

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 本当は声をかけない方が良かったのだろう。
 どちらかといえばいとけない顔に大人びて見えるほどの哀愁をにじませ。
 ただ花片を見つめる様は自分の世界に何者も寄せ付けまいとしているように見えた。
 けれどだからこそ声をかけずにいられなかった。
 不意に現れたように、このまま儚く消えてしまうかと思った。

「これ、ソメイヨシノですよね?」
「さぁ?」
 花片を目で追う。
「ここではそう呼ばれてはいないが」
 風雅を極めて様々な異名や代名詞で呼ばれるこの花は、けれどもそんな名前は聞いたことはない。
「あたしはソメイヨシノだと思います」
 彼女の伸ばした手の間を花片はすり抜ける。
「……ソメイヨシノは江戸時代に出来たと聞いた事があります」
 それは歴史に詳しくない人が知っているべき事柄なんだろうか?
「……無から生まれた訳じゃないのだから原種があるはずだろう? 辿っていけばむしろ似た花を咲かせるものにたどり着くのかもしれない」
 だから君の知るものと同一とは限らないと暗に告げる。

「もういいんです」
 彼女がささやくように告げる。
「確かにここがそれでも同じ世界で、この時間の先が元の時代に繋がっているかもしれないことはあたしにとって希望でした」
 帰ることは出来なくとも、それでもあった繋がりはどれだけ尊いものだろうか?
「けれど同時にそれに縛られていました」
 影響を減らすためと考え、出来なかった事はあるだろう。
「ここが平安時代にソメイヨシノがあるような、元の世界に繋がっていないなら、もうあたしは自由なんです」
 確かに何をどうしても元いた場所には一切影響しないのだろうけど。
「それが悲しくて嬉しいんです」
 それは彼女の決意であり解放なのだろう。
 ……桜を通して別れを告げていたのか。

「求婚はまだ有効ですか?」
 一瞬、言われた意味が分からずに惚ける。
 こちらを向いた彼女が黙ってわたしを見つめている。
「……気を使っているのなら……」
 元の場所と決別したからといって、今すぐこちらに生活基盤が出来る訳ではない。
 むしろこちらに落ち着く気になったなら今まで以上に重要だろう。
 それを失いたくなくてこちらの機嫌を損ねないよう、あるいはその対価を差し出すために、無意識で考えそんなことをいいだしたのかもしれない。

 ……こちらへの礼のつもりならもっとしなくていい。
 ただの強がりだと分かっているが、そんな気持ちは嬉しくはない。
 彼女には幸せになって欲しい。

「ううん」
 彼女が首を振る。

「あたし、あなたのこと――」
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