殿下にとっての婚約破棄

こうやさい

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婚約破棄の結末 前

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 この国に来てどれくらいたっただろう。
 彼女がそんなことを考える暇が出来たのは殿下が最近来なくなったから。
 いずれこうなることは分かっていた気がする。
 殿下が幾ら懐いてくれようともあと一年もすれば成人ともなれば姉代わりなんてどうでもよくなるだろうし。
 仮に殿下はそう思っていなくとも、将来義理の親子になるかが既に怪しい未だに陛下の婚約者のまま留め置かれている女性の側に理由もなく近づくことを許されなくなるだろう。現在未婚女性なのは変わりないわけだし。
 寂しいと思う。
 いつの間にか彼女は故国から離れたことよりも殿下と会えないことの方が寂しくなっていた。
 そういえば殿下はそろそろ婚約の話も出ているとの噂が有ったことを思い出す。再従妹と年齢がちょうど釣り合うとか。他にも内外に年齢の釣り合う令嬢は幾らでもいるだろう。
 もうこちらに構う暇はないかもしれない。
 何時かこの寂しさも何か違う寂しさで埋まるのだろうか?
 少なくとも今はそう思えず彼女はため息を吐く。

 そんな時彼女は陛下に呼ばれた。
 婚約者のはずなのに今までで会った回数は殿下より圧倒的に少ない。
 呼び出された部屋の前で入室の許可を取り扉を開け礼を取る。
 顔を上げるとそこには陛下だけでなく殿下もいた。彼女は会えて嬉しいと思うより怪訝に思う。
 促されるまま椅子に座る。
 お茶が入った後、侍女は部屋から出され、他の部屋にいなければならない者もこちらの話が聞こえないであろう壁際まで下がらされる。
 そこまで重要な話とは何であろう?
 ……婚約破棄でもされるのだろうかもしかして。
 殿下のあれを含めるのなら二度目ね、とやや逃避気味に彼女は思う。
 けれどそれなら別に殿下は必要ないはず。やはり分からない。
「言葉を飾らず言うと――」
 陛下が口を開く。
「貴国からの人質が必要なくなった」
 飾っていないはずなのに意味が分からない。
「つまり開戦するから人質は死ねと言うことですか?」
 とりあえず思いついたことを口に出す。
「……何か雑な扱いでもしたのか?」
 陛下が彼女にではなく殿下に言う。
 殿下も困惑気な視線を彼女に向ける。
「いえ、殿下にはとてもよくして頂いています」
 それこそうっかり彼女が殿下を好きになるほど。
「まぁそうだろうとは思うが……逆だな。友好的とまではいかないかもしれないか貴国との信頼関係が人質を必要としない程度には回復した」
「……いつの間に」
 思わず呟く。
 確かにこの国の政治には噂を聞くぐらいにしか関わらせて貰えないので知らないことに不自然さはないのだが。
「言っていないのか?」
 陛下が殿下に尋ねる。
「……その為にやったわけではないので」
 殿下の返事に不自然な間が開いた。
「てっきり彼女に好かれるためにやっていたのかと」
 意味が分からない。
「……殿下がそこまでわたくしに好かれなければならない意味はないと思いますが」
 人間関係が良好であることに越したことはないし、国同士の信頼が回復するのはいいと思うので悪い事ではないだろうけれど、なつかれるにしては限度があると思う。
 陛下がどこか呆然とした表情を彼女に向ける。
「言っていなかったか?」
「……何のことを言われているかすら分かりません」
 陛下が殿下に視線を向ける。殿下は肯定した。
「すまなかった」
「陛下!?」
 一国の王に謝られては非公式な場とはいえ彼女は慌てずにはいられない。
「あ、あの、とにかく事情を」
 だからこそ簡単に赦すと口にすることは出来ない。それほど重大な事だ。
「其方は私の婚約者と言うことになっていたが」
「はい」
 実質が人質でもそこまでは知っているし間違いない。
「息子が、其方を好きになったと」
「はい?」
 一瞬彼女はびっくりしたがなつかれていたことは分かっている。
「いや、なついていた訳ではなく」
 なのに訂正された。
「将来的に好きになってもらって結婚したいと言うから、そうなったら私との婚約は解消する事になっていたのだが」
「……い、何時からそんな話に」
 告げられた時期は例の婚約破棄からさほど間が開いていない。
 そんな昔から、と思う。
 そういえばもっと仲良くなりたいからとずれたことをしたのだ。
 親愛だと思っていた言葉は恋愛だったのか。
 いろいろな理由を持って彼女の耳に熱が集まる。想われていたことに対しても、それに気づかなかったことに対しても。
「とはいえ当時はまだ子供であり、勘違いや気が変わる可能性もあるだろうし、失礼だが逆に息子を人質に取られる可能性も考えてその時点では其方には言わなかった。息子では後見人になれない事もあってな」
 確かに更に年下の子供では王子殿下でも彼女の後見人になれないだろう。
「なので其方が成人してしばらくぐらいまでは曖昧なままでも構わないだろうと甘いことを考えていた」
 そこまでは確かに間違っているとも思えない。
「その後は?」
「……息子が貴国との関係修復に努めていたのでそちらで話がまとまっているかと」
 つまり理由はとにかく彼女は将来殿下との結婚を決めたと思われていたと。
「そうなると今度は息子の婚約者の国だから偏重していると思われる可能性を考えて公にはしない方がよいかと。国の方針と方向性自体はずれていなかったし、実際に偏重させたわけでもない。なのに直接関係ない理由で突かれたくはなかった」
 つまり彼女と殿下と婚約してようがしてまいが政策は変わらなかった。なのに陛下の大勢のお相手の中の一人より殿下の現在ただ一人のお相手とみられるとそれを理由に政策を邪魔する輩が出るから言えなかったと。
「座りの悪い立場にさせてしまうとは分かっていたが、それすら折り込み済みなのだろうと思っていた」
 ……実際は、今始めて彼女は聞いた。確かに婚約して成人して後宮にいるのに未だ結婚していないという立場は微妙だった。
「きちんと確認せず、妙齢の婦女子を不安定な立場においてすまなかった」
 確認しなかったことに対する詫びで、必要ならばこちらが泣きわめいて嫌がってもやったんだろうなと彼女は思う。
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
 だからこの謝罪は本当に気遣いでしかない。
「…………それで今のわたくしの立場は殿下の婚約者ということでよろしいのですか?」
 殿下を好きになることが殿下との結婚の条件だというならそうなる。
 ますます彼女に熱が集まる。そんなこと言ったことも表に出したこともなかったのに、そう言うということは告白と同じだ。
「私は振られたということか」
 陛下の言葉が冗談かどうか分からず彼女は戸惑う。 
「そのことだけど……」
 殿下が彼女に向かって口を開いたのはここに来て初めてだった。
「この婚約は破棄させて欲しい」
 二度目でも慣れないのだなと彼女は思った。
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