4 / 19
双子入れ替わり[エセミステリ?]
隣の花は赤い 後
しおりを挟む
「――よく知ってらっしゃいますわね」
いきなり聞こえた声に執事と二人そちらの方を向く。
「いつも迎えて下さる方がいらっしゃらないので、よほど忙しいのかとお行儀が悪いけれど勝手に入らせてもらったわ」
婚約者がいつもと同じにこやかな笑みで挨拶をする。
出迎えかなかったのは確かに怠慢ではあるが、彼女が来たのは約束の時間よりも早いせいもある。他のものは忙しかった上、一番聡い執事は今それどころではなかった。
彼女が時間より早く来たのは、恐らく女児の死体が発見された事を知ったからだ。
「おまえは何者だ!?」
思わず叫ぶ。
「まぁ酷い。五年も婚約者をやっていますのに」
ころころと彼女は笑うが婚約したのはもっと前だ。
「おとう様……さっきおっしゃってた従僕がすべて教えてくださいましたの。殺すように命じられたことも、だから連れて来て育てていることも」
彼女がしているのは告白だ。
「いつか冷静になって迎えに来てくれるかもしれないからと、苦しい生活の中で自分を犠牲にして礼儀作法やいろいろなものを学ばせてくれましたわ。ですから帰っても『少しおてんばになったね』ですみましたの。むしろ元気になったと喜んでくださいましたわ」
誰かと――本来の婚約者と入れ替わったということの。
「けれど実の父は冷静になるどころか、わたくしの事なんてしたことどころか存在すら忘れて後妻を迎えて幸せにしてらしたわ。それを知ったおとう様はとうとう心労が祟って亡くなってしまいましたの」
その従僕が心底その娘を案じていたのか、何か企んでいたのかは知らないが、それは潰えてしまったというわけだ。
「お姉様がおとう様と暮らしていた近くの別荘に療養に来たのはちょうど同じ時期でしたわね」
告白は続く。
「その頃はまだお姉様に憧れがありましたから、こっそりと見に行きましたの。お嬢さまというのは下々の顔なんて見る気すらないんでしょうね。帽子を持ち上げてお姉様にだけ顔を見せたけれど、確かに目が合ったけれど、気持ち悪いぐらいそっくりなのに何も反応しませんでしたわ」
どこか遠くを見る視線で語り続ける。
「この人もわたくしがいる事に気付かないのだなと分かりましたわ。ならばほんとうにわたくしがいなくなればいいと思いましたの」
普通ならば自殺の決意に聞こえるかもしれないが。
「だが、君がいなくなれば不審に思う人が……」
「親が死んだ直後なら、いなくなっても誰かを頼って外に出て行ったのだと思うのが精々ですわ」
確かにその可能性を考える人は多いだろう。
「それにおとう様はむやみに顔をさらさせませんでしたの。肌が弱いといつも大きな帽子を被せて。色白な令嬢の方がもてはやされますからそうしたのでしょうけれど。結果、はっきりわたくしの顔を知る人はいませんでしたのよ」
恐らく閉鎖的な場所だろうのにそんなことがあり得るのだろうか。執念を感じる。
「ちょうど連れてきた世話係と地元の世話係が入れ替わる時で目が離れたんでしょうね。自分でも不思議なほど上手くお姉様を連れ出せましたわ」
成功を喜ぶような無邪気な笑顔で続ける。
「崖がありますの。そこから突き落としましたの。油断していたのか少し押せば簡単に転げていきましたわ。それだけで隠したりはしていませんの、本当ですのよ?」
けれど今まで見つからなかった。なのに今になって見つかってしまった。
「後は自分の服の中からお姉様が来ていたような服を引っ張り出してきて、それを着て野原にうつ伏せに寝っ転がっていましたわ。そうしたら上手いことお姉様が倒れたのだと誤解されて。既に連れてきた世話係は帰ったようでしたわ」
倒れていると思い込めば顔色は見ても他の細かい差異なんてみなかったのだろう。
「なんだ言っても緊張していたんですわね。その後本当に三日ほど寝込んでしまって。おかげで記憶が曖昧でも怪しまれませんでしたわ」
「そ、それを私に言って何になる!?」
やっとその疑問に行き当たる。
「婚約者のよしみで味方をしていただけないかと」
彼女はつややかに笑う。これが本来の姿なのかもしれない。
「私の婚約者は……」
「お姉様だとおっしゃるの? 純愛ですこと。純愛を貫いてわたくしと結婚すれば得るはずの何もかもを捨てるのね」
それは確かに一個人の判断で捨てるには大きい。例え個人で判断することが許されても大きすぎる。
「それに貴方も気づかなかったではありませんか」
……確かにそうだった。違和感は持っても追求はしない。その程度の気持ちでしかなかった。
「わたくしこれでも知られる覚悟もしてましたのよ。最初から間違われない可能性、お姉様の死体が見つかって真実がばれる可能性、家族や貴方に気づかれる可能性」
確かに起こりえる可能性だっただろう。
「けれどもう覚悟なんてそんなものすっかりなくなってしまいましたの。ですからもし聞かれたら証言してくださいな。そんなこと思った事もなかったと」
確かに下手に入れ替わり云々などというと感づかれるかもしれない。
「きっと手癖の悪い子供がいたんですわ。気に入っていたブローチを盗っていくなんて酷いこと。だから天罰が下ったんですわね」
そうして彼女は自分を殺す。
私は……。
「…………せっかく婚約者が来てくれたというのに立たせっきりで失礼したね。――お茶の用意を」
執事に向かって言う。
「……かしこまりました。いらっしゃいませお嬢さま」
いきなり聞こえた声に執事と二人そちらの方を向く。
「いつも迎えて下さる方がいらっしゃらないので、よほど忙しいのかとお行儀が悪いけれど勝手に入らせてもらったわ」
婚約者がいつもと同じにこやかな笑みで挨拶をする。
出迎えかなかったのは確かに怠慢ではあるが、彼女が来たのは約束の時間よりも早いせいもある。他のものは忙しかった上、一番聡い執事は今それどころではなかった。
彼女が時間より早く来たのは、恐らく女児の死体が発見された事を知ったからだ。
「おまえは何者だ!?」
思わず叫ぶ。
「まぁ酷い。五年も婚約者をやっていますのに」
ころころと彼女は笑うが婚約したのはもっと前だ。
「おとう様……さっきおっしゃってた従僕がすべて教えてくださいましたの。殺すように命じられたことも、だから連れて来て育てていることも」
彼女がしているのは告白だ。
「いつか冷静になって迎えに来てくれるかもしれないからと、苦しい生活の中で自分を犠牲にして礼儀作法やいろいろなものを学ばせてくれましたわ。ですから帰っても『少しおてんばになったね』ですみましたの。むしろ元気になったと喜んでくださいましたわ」
誰かと――本来の婚約者と入れ替わったということの。
「けれど実の父は冷静になるどころか、わたくしの事なんてしたことどころか存在すら忘れて後妻を迎えて幸せにしてらしたわ。それを知ったおとう様はとうとう心労が祟って亡くなってしまいましたの」
その従僕が心底その娘を案じていたのか、何か企んでいたのかは知らないが、それは潰えてしまったというわけだ。
「お姉様がおとう様と暮らしていた近くの別荘に療養に来たのはちょうど同じ時期でしたわね」
告白は続く。
「その頃はまだお姉様に憧れがありましたから、こっそりと見に行きましたの。お嬢さまというのは下々の顔なんて見る気すらないんでしょうね。帽子を持ち上げてお姉様にだけ顔を見せたけれど、確かに目が合ったけれど、気持ち悪いぐらいそっくりなのに何も反応しませんでしたわ」
どこか遠くを見る視線で語り続ける。
「この人もわたくしがいる事に気付かないのだなと分かりましたわ。ならばほんとうにわたくしがいなくなればいいと思いましたの」
普通ならば自殺の決意に聞こえるかもしれないが。
「だが、君がいなくなれば不審に思う人が……」
「親が死んだ直後なら、いなくなっても誰かを頼って外に出て行ったのだと思うのが精々ですわ」
確かにその可能性を考える人は多いだろう。
「それにおとう様はむやみに顔をさらさせませんでしたの。肌が弱いといつも大きな帽子を被せて。色白な令嬢の方がもてはやされますからそうしたのでしょうけれど。結果、はっきりわたくしの顔を知る人はいませんでしたのよ」
恐らく閉鎖的な場所だろうのにそんなことがあり得るのだろうか。執念を感じる。
「ちょうど連れてきた世話係と地元の世話係が入れ替わる時で目が離れたんでしょうね。自分でも不思議なほど上手くお姉様を連れ出せましたわ」
成功を喜ぶような無邪気な笑顔で続ける。
「崖がありますの。そこから突き落としましたの。油断していたのか少し押せば簡単に転げていきましたわ。それだけで隠したりはしていませんの、本当ですのよ?」
けれど今まで見つからなかった。なのに今になって見つかってしまった。
「後は自分の服の中からお姉様が来ていたような服を引っ張り出してきて、それを着て野原にうつ伏せに寝っ転がっていましたわ。そうしたら上手いことお姉様が倒れたのだと誤解されて。既に連れてきた世話係は帰ったようでしたわ」
倒れていると思い込めば顔色は見ても他の細かい差異なんてみなかったのだろう。
「なんだ言っても緊張していたんですわね。その後本当に三日ほど寝込んでしまって。おかげで記憶が曖昧でも怪しまれませんでしたわ」
「そ、それを私に言って何になる!?」
やっとその疑問に行き当たる。
「婚約者のよしみで味方をしていただけないかと」
彼女はつややかに笑う。これが本来の姿なのかもしれない。
「私の婚約者は……」
「お姉様だとおっしゃるの? 純愛ですこと。純愛を貫いてわたくしと結婚すれば得るはずの何もかもを捨てるのね」
それは確かに一個人の判断で捨てるには大きい。例え個人で判断することが許されても大きすぎる。
「それに貴方も気づかなかったではありませんか」
……確かにそうだった。違和感は持っても追求はしない。その程度の気持ちでしかなかった。
「わたくしこれでも知られる覚悟もしてましたのよ。最初から間違われない可能性、お姉様の死体が見つかって真実がばれる可能性、家族や貴方に気づかれる可能性」
確かに起こりえる可能性だっただろう。
「けれどもう覚悟なんてそんなものすっかりなくなってしまいましたの。ですからもし聞かれたら証言してくださいな。そんなこと思った事もなかったと」
確かに下手に入れ替わり云々などというと感づかれるかもしれない。
「きっと手癖の悪い子供がいたんですわ。気に入っていたブローチを盗っていくなんて酷いこと。だから天罰が下ったんですわね」
そうして彼女は自分を殺す。
私は……。
「…………せっかく婚約者が来てくれたというのに立たせっきりで失礼したね。――お茶の用意を」
執事に向かって言う。
「……かしこまりました。いらっしゃいませお嬢さま」
20
あなたにおすすめの小説
【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙冬可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?
荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。
突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。
「あと、三ヶ月だったのに…」
*「小説家になろう」にも掲載しています。
そのご令嬢、婚約破棄されました。
玉響なつめ
恋愛
学校内で呼び出されたアルシャンティ・バーナード侯爵令嬢は婚約者の姿を見て「きたな」と思った。
婚約者であるレオナルド・ディルファはただ頭を下げ、「すまない」といった。
その傍らには見るも愛らしい男爵令嬢の姿がある。
よくある婚約破棄の、一幕。
※小説家になろう にも掲載しています。
婚約破棄? あら、それって何時からでしたっけ
松本雀
恋愛
――午前十時、王都某所。
エマ=ベルフィールド嬢は、目覚めと共に察した。
「…………やらかしましたわね?」
◆
婚約破棄お披露目パーティーを寝過ごした令嬢がいた。
目を覚ましたときには王子が困惑し、貴族たちは騒然、そしてエマ嬢の口から放たれたのは伝説の一言――
「婚約破棄されに来ましたわ!」
この事件を皮切りに、彼女は悪役令嬢の星として注目され、次々と舞い込む求婚と、空回る王子の再アタックに悩まされることになる。
これは、とある寝坊令嬢の名言と昼寝と誤解に満ちた優雅なる騒動録である。
姉の引き立て役の私は
ぴぴみ
恋愛
アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。
「どうしたら、お姉様のようになれるの?」
「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」
姉は優しい。でもあるとき気づいて─
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる