婚約を破棄いたしましょう?

こうやさい

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本編

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 夜会に参加するために迎えに来てくださった婚約者様が息を飲んだのが分かりました。
 夜会というのは基本華やかなもの、皆精一杯着飾り笑いさざめくもの。
 それに参加するのにそれと正反対の意味を持つ喪服を着ているのをみれば婚約者様の反応も当然でしょう、いろいろな意味で。

 そもそもわたくし達の年齢ではまだまだ喪服は作りません。人が死んだ時にしか必要ない服なんて作ったところで成長に伴い一度も使わないまま着られなくなるのが目に見えていますもの。特に両親やその上が健在ならば他家の葬儀に参列することもまずありませんし。
 それをもったいないと思う方もいるそうですが、作りすぎて着ないままになった服があるなんて話は上位貴族ならば幾らでも聞きます。その中に喪服が混じったところでそういう意味ではそこまで問題にはされないでしょう。
 ただこの国では一度も袖を通されなかった喪服は持ち主の死を呼ぶという迷信がありますの。
 ですからわたくしこども達の……というかどちらかといえば男性の成長期が終わりきるほどの年齢まで正式な喪服が作られることはほぼありません。それまでの間に身内に不幸があった場合は、できるだけ地味な服に女性は喪色のケープをまとい男性は喪章をつけます。
 そんな服と状況だというのに初めての意匠と色と家族にも内緒で作っているという状況に少しときめきましたわ。
 それとも逃避だったのかしら?

 婚約者様がいつからか他の女性を目で追っていることには気づいていました。
 声を掛ければこちらに微笑んで下さるけれど、お一人でいらっしゃるときその視線はわたくしを探すより彼女を追うことの方が多いのですもの。
 家の関係で決まった婚約はいえ、いえだからこその長い付き合いで婚約者様の性格は分かっております。
 貴方は優しくてとても真面目な方です。
 わたくしに恋情を抱けないだけなら、このまま結婚することも出来たでしょう。
 けれど心に誰かを住まわせながら他の人と平気で結婚出来るような器用さは持ち合わせていないでしょう?
 そしてそれでもわたくしを突き放せない優しさと弱さもお持ちでしょう?

 ええ、わたくしは貴方が好きですわ。口に出したことはございませんが、婚約する前からずっと。
 わたくしが貴方のことを分かるように貴方もわたくしの事を分かってらっしゃるでしょう?
 ですからわたくしを見捨てない。優しくするのはもはや信念でしょうから。
 今だって夜会に喪服を着て行こうとする女なんて、それを理由に同行を拒絶しても誰も責めませんのに、それでも笑顔をつくって挨拶をはじめましたし。
 侍女をなだめすかしてこれを着て、その姿を見たお母様なんて卒倒しましたわよ? その騒ぎの隙に出て参りました。
 そんな女に律儀にも付き合ってくださる。そんなところが本当に、本当に好きでした。

 貴方がわたくしをそれでも大切扱ってくださるように、わたくしの貴方を好きだという気持ちにも矜持はあります。
 それはお好きな方を苦しめる事をよしとするものではございません。

 大丈夫、貴方を好きだったはもう亡くなりました。
 その喪に服しているわたくしはもはやあなたをただの幼なじみで政略での婚約者としか思っておりません。
 あなたの恋がどうなるのかを、きっと面白おかしく見届けることが出来るでしょう。
 笑いすぎて涙が出ることもあるでしょうけれど、それはさすがにはしたないので見なかったことにして下さいませ。

 ですから、婚約を破棄いたしましょう?
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