領主に伽を強要された妹は、帰ってきた時意思をなくしていた。

こうやさい

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 変化は、その夕食の途中で起こった。
 自分の分の夕食を早々に掻き込んで母は妹のもとに向かった。
 今日はシチューで具は細かくして固いものは避けてあるから食べさせやすいだろう。噛ませる回数が少なくてすむ。
 なのに向かった早々母は大声で俺たちを呼んだ。
 慌てていってみると匙を持つ妹とそれを呆然と見ている母がいた。
 特に妙なところはな――。
 ……妹が普通にシチューを食べている。
 普段ならば掬うことぐらいから指示するか、口を開けさせて中に入れる。そして口を閉じさせて噛ませて飲み込むところまで指示しなければいけない。
 それを何も言わなくてもやっているのはこれまでからすれば奇跡だろう。
 そうして妹は静かに食事を終えた。吐く気配もまだない。
 どことなく物足りなさそうにしている気がして、うっかり持ってきていたスープ皿の中から思わず一匙差し出す。
 それも妹は食べた。
 三匙ほど食べさせた後で我に返ったが、それでも妹が吐きそうにする気配はなかった。
 母は泣いて喜び、これはしばらくシチュー三昧かもしれないなと父は苦笑というには嬉しそうに言った。
 自分で食べるなら噛むのが足りなかったり、食べ過ぎて吐く可能性が減る。
 吐く回数が減れば栄養も取れるし、それに体力を奪われることもない。
 それはある意味初めての希望だった。

 けれど希望はあっさりと絶望に変わる。

 翌日の朝食を妹は食べなかった。
 自分でというだけなら、昨日がたまたまだったのだろうと納得できる。吐いてお腹がすいていただろうし。
 あるいは逆に昨日食べすぎたのかもしれないと。少なくともスープ三匙分は余計に食べさせた記憶がある。
 それでも少しはとでも思った母が、以前と同じように食べさせようと作ったシチューを口に入れるように言う。
 けれどそれにすら叶わなかった。
 正確には口を開けるだけなら開けたし、閉めるだけなら閉めたし、中に入れたものを噛むだけなら噛んだが、絶対に飲み込まない。
 いつもならこちらが言う通りに動いていたのに。


 考えたものの結論は出ず、弱っているとはいっても一食ぐらいならぬいても今すぐ死にはしない事を祈りながら両親はそれぞれの仕事に向かう。
 俺は一人考えていた。
 昨日、食事をした以外で変わったことはなかっただろうか?
 ……俺のと言うなら妹の身体を拭いたことだろうか?
 けれど妹からすれば母にだが身体を拭かれるくらい最近珍しいことじゃない。
 事故で胸にさわってしまったが、母だって触れるだろう。
 そもそも胸をさわられたからといってそこまでの意味が――。

 いや、ある。

 妹は犬の躾よろしく、伽の後のみ食事を与えられていたと確かに聞いた。
 今となっては量は要らないだろうが、当初はそれで足りるはずはない。
 量や回数をねだったり、もしかしたら盗み食いもしたかもしれない。
 けれどそれを許されなかったら。
 次はそんなものほしくないと自分に言い聞かせるしかないだろう。食べていいもの以外は周りにあっても食べ物ですらないと思い込もうとしたのかもしれない。
 そうやって耐えているうちに伽の後に与えられるもの以外食べ物だと本当に認識しなくなったのだとしたら。
 帰してくれたときに言えば食べるようになっていたのは、あれでも治療してくれていたのだろう。
 それを、あの事故のようないちおうでもいせいとの性的と言えるかどうか分からない程度の接触で戻ってしまったとでもいうのだろうか?
 そんな簡単に戻るほど苦しみが妹を未だ苛んでいるのなら。
 それを自力で治せるだけの体力じかんが妹の残っていないというなら。
 ――覚悟を決めるしかない。
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