BL小説家ですが、ライバル視している私小説家に迫られています

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 朝は苦手である。
どれほど早寝しても早起きすることは難しく、八時までは起きられない。そして目覚めてもしばらくは布団から出られない。寒い冬は特にそうだ。
 枕元の時計に目をやると、現在八時十分。バイト先であるパン屋の出勤時刻は八時半であり、いい加減起きないと遅刻してしまう。
 まだ惰眠を貪っていたい気持ちを抑え、私は渋々起きあがった。股間が勃起しているのは見なくてもわかっていたが、なんとなく見下ろし、ズボンの膨れ具合を確認してからトイレへ向かう。
 勃起するそれを宥めすかして排尿を済ませると、寝間着のスウェットから外出用のスウェットに着替えた。それから冷蔵庫を開ける。昨夜茹でた蕎麦がタッパーに入っており、それを鞄に詰めると、ジャンバーを着てアパートを出た。
 空は曇天。昔の分譲地であろう庭のない一軒家がぎっちり並ぶ通りも、葉のない並木も、目に映るすべてがくたびれたような灰色に見える。
 怠惰で根性がなく、暑さ寒さに根を上げがちなことで知られる私である。パン屋のあるショッピングセンターまでは自転車で十分かからぬが、真冬が近づくにつれ、自転車で風を切って走る朝の通勤がなにより辛く思える。今朝は特に北風が強く、心が挫けそうだ。なぜこれほど寒く辛い思いをしてまで仕事に行かねばならないのかと、本気でバイトを辞めたくなる。
 十時、否、せめて九時出勤であればと思わずにはいられない。それならば寒さも幾分緩んでいるはずだ。
 そもそもバイト応募時には九時出勤を希望していたのだ。しかし店長に押し切られ、八時半で承諾してしまった。今になって、もっと粘り強く交渉すべきだったと後悔している。といって今更変更してほしいと頼むのも気が引ける。子供を抱える主婦パートのように抜き差しならない家庭の事情があるならまだしも、寒いのが嫌というだけなのである。私にとっては寒さ問題も抜き差しならない事情ではあるのだが、私より早朝から仕事をはじめている店長の理解を得られるとも思えない。
 ショッピングセンターへ着いた頃には、寒さとの戦いに疲れ果て、すでに一日の仕事を終えた気分であったが、余力でロッカールームへ行き、白衣に着替えた。
 ロッカーに備え付けてある鏡には、ぼさぼさ頭の私が映っていた。妖気アンテナが五本も立っており、ひどい有様であったが、キャスケット帽を被れば見えぬであろう。
 少しでも惰眠を貪りたくて、今日は朝食もとらなかったし、顔も洗っていない。このだらしのなさは社会人として改善すべきと大いに思うのだが、その時になるとつい楽なほうへ流れてしまい、結果、あとで自己嫌悪に陥る。厭な気分になるのなら顔くらい洗えばよいものを、それができない。だらしがないのは生まれついての性分だと開き直る気持ちもある。さすがに食品を扱う職種に就いている自覚はあるため、ロッカールームに隣接するトイレの手洗い場で顔を洗った。ここは我がボロアパートの古い給湯器と違い、蛇口のコックを捻ればすぐに湯が出るのがいい。備え付けの硬い紙タオルで濡れた顔を拭き、それからマニュアル通り入念に手洗いと消毒を済ませた。
 それなりに体裁を整え、遅刻ギリギリにパン屋の作業場に入ると、穂積がいた。
 今日は同じシフトらしい。手袋を嵌めて作業をはじめようとしていた彼は、私に気づくと目元を甘く和らげ、あいさつをしてきた。
 満面の笑顔というわけではない。ほんの少し目元を緩めているだけである。にもかかわらず、蕩けそうなほど甘く色気のある表情となり、私に対する恋情を端的に伝えてくる。
 それは一線を越えた者同士がよくやりがちなアイコンタクトそのもので、否応にも先日の一件が私の脳裏に浮かび、心臓がギュっとすると同時に、手足や表情が強張りそうになった。
 穂積に押し倒されたあの事件以来、同じシフトに入るのは一週間ぶりである。五日前に誘われて食事をしたが、その時は食事以上のことはなかった。
 私としては、恋仲になったつもりは毛頭ない。あれから冷静に考えてみたが、やはりあれは彼の強引さに流されただけなのだ。ちょっとした気の迷いであり、間違いであった。なので正直、そのような含みのある目つきをされてしまうと気まずい心地になる。体裁を取り繕うためにも、意識していると気取られたくないし、それまでとなんら変わらない態度を貫きたいのだが、どうにも上手くいかない。「おはよう」と口の中でもごもごとあいさつを返して目を逸らす、その一連の態度は以前と一緒のはずなのだが、どうもぎこちなさが増してしまっている気がする。単に自意識過剰なだけで、相手の目には以前と変わらぬ風に映っていることを祈りつつ、彼の横を通り過ぎ、タイムカードのある奥へ進むと、見知らぬ男がいた。立ったまま、業務のファイルに目を通している。
 目尻のしわの具合から、三十半ばくらいだろうか。茶髪で眉が細い。一見して、若い頃はヤンチャしていたであろうと予想がつく、明るく軽そうな風貌である。
 彼は私の名札を見ると、明るい表情で告げた。

「あー、久見君? 今日からこの時間に入る茂呂です。俺のこと、説明受けてるよね」

 あいさつを受けて思いだす。そういえば、午後のシフトに入っていた女子社員が産休に入るので、他店舗の社員が出向してくるという話を、数日前に店長から聞いた気がする。当面は午後のシフトに店長が入り、朝はその社員が入るとも。

「この店のやり方、店長から大まかなことは聞いたけど、細かいところはわかってないんで、しばらくは迷惑かけるかもしれない。よろしくう」

 笑うと歯の白さが目立つ。パン屋よりスポーツジムのほうが似合いそうである。直感的に仲良くなれそうにないタイプだと悟った。
 こちらも軽く頭を下げ、タイムカードを押して作業台へ向かう。室内を一瞥し、オーブンや発酵機の稼働具合など、開店前の進捗が普段と異なるのを見てとり、私は戸惑って出向社員の茂呂を振り返った。

「ミキサーに入ってるの、なんの生地ですか?」
「黒ゴマフロマージュだけど」
「もしかして菓子パンの生地、まだですか」
「そう。この後でいいかと思って」

 菓子パン生地が出来ていないと私と穂積の仕事が滞るのだが、という文句は呑み込み、質問を続ける。

「パンドミは作りました?」
「それがさ、粉がないのよ。俺、粉の保管場所よくわからんから、バックヤードから持ってきてほしいんだ」

 開店時間までにすべての商品が出揃わなくてもいいが、定番の主力商品が出来ていないと常連客からクレームが来る。この時間でこの進捗はまずいかもしれないと、私は穂積を振り返った。
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