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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった2

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 午後の業務はいつものペースに戻り、つつがなく終えた。穂積と共に私服に着替えて外へ出ると、北風が吹きつけてくる。体感的に朝よりも気温が下がっている気もした。

「寒ッ」

 身震いしながらジャンバーの襟を立て、両腕で己の身を抱きしめる。すると隣を歩く穂積が自分のマフラーを外し、差しだしてきた。

「俺、平気なんで使ってください」
「え、いや」

 私は差しだされたグレーのマフラーと穂積の顔を交互に見て、戸惑いつつ首を振った。

「ありがたいけど、きみのだし」
「遠慮しないでください。久見さん、寒がりでしょう。これ、今日おろしたばかりなんで、綺麗ですし」

 なおも勧められたが、私は大丈夫だと固辞した。本当は遠慮なく借りたいほど寒さが堪えていたが、マフラーを借りるというのは恋人同士のようで気恥ずかしかったのだ。

「それより早く行こう。店内に入れば暖かい」

 シフトが一緒のときは一緒に夕食をとるのが定番となっており、いつもの居酒屋へ足早に向かった。しかしこの日は臨時休業だった。
 正直、安堵したようながっかりしたような気分だった。
 穂積との雑談は楽しい。だが、肉体関係を持ったがゆえに覚えるあの気まずさも続いている。今日は帰ってもいいかもしれないと思ったが、穂積に旨いラーメン屋があると誘われ、断るタイミングを逸してしまった。
 彼に連れられて裏道を少し歩くと、その店はあった。人気店らしく、十七時を回ったところだというのにすでに店内は満席で、店員から、外の待合席に座るように云われた。
 穂積が申しわけなさそうにする。

「すみません。この時間ならいけると思ったんですけど」
「いや、いいよ。回転早いだろうから、すぐに入れるだろ」

 待っているのは私と穂積のみ。椅子の距離が狭く、座ったら肩と腕が穂積と触れた。椅子は固定されていて、ずらすことができない。
 不自然な体勢になってまで離れるのもどうかと思い、迷った末そのまま座り続けることにしたものの、穂積と密着していることが気になってしかたがない。
 風が強く当たってくるが、意識は寒さよりも触れあっている部分に集中している。もぞもぞしていると、寒くて震えていると思ったのか、穂積が、

「やっぱり使ってください」

 と云ってマフラーを私の首に巻きつけた。
 戸惑いを視線に乗せると、それを制するように強く見返される。

「いや、お願いです。これはもう、俺のために使ってください。寒いの苦手だって知ってるのに、外で待たせることになって本当に申しわけないので。使って頂けると俺も多少気が晴れるので、嫌だったとしても、俺のためにも使ってください」

 そこまで言われたら拒めるはずもない。

「じゃあ、ありがたく拝借するよ」

 巻き具合を自分で調整し直し、息を吸うと、仄かに穂積の匂いがした。
 にわかに心臓の鼓動がせわしなくなる。
 穂積と体が触れあい、彼のマフラーを巻いたことで、より強く意識してしまい、顔が熱くなるのを止められなかった。風は相変わらず強いのに、寒さを感じている余裕はない。
 ドキドキしている自分、それを自覚して動揺する。
 もしこのマフラーが穂積のものでなかったら。例えば店長だったりしたら、どれほど強要されたとしても絶対に借りない。オッサンの匂いがしそうで気色が悪い。恋人同士のようで気恥ずかしいなどという発想は浮かばない。しかし穂積だと……いや、それ以上考えてはいけない。ここで結論を出してはいけない。対抗馬が悪かったのだ。中年の店長ではなく同級生、あるいはイケメン俳優やモデルだったらどうだ。それなら店長ほど嫌悪感は沸かないのではないか。
 マフラーを借りられそうな、清潔感溢れるイケメン俳優を思い浮かべる作業にしばし没頭する。次に、逆に超高齢なほうがオッサン臭が気にならない気もして、年配の俳優も思い浮かべてみる。
 動揺のあまり、思考が脱線を重ね、徐々に意味不明になってくる。
 まもなく我々の順番が来て、立ちあがった。体が離れ、ホッとして店へ入る。
 店内はカウンター席のみで、穂積のお薦めという鯖ラーメンを注文した。待っているあいだにマフラーを返し、「帰りも使ってください」「いや大丈夫だから」などとつまらない応酬をしているうちに丼が届く。
 ラーメンは予想以上に旨かったが、いつもの居酒屋のようにのんびり小説談議ができるような雰囲気ではなく、食べ終えると店を出た。

「このあと、どうします。俺は、もう少し話したい気分なんですけど。よかったら、俺の家か、もしくは久見さんの家とか」

 私も酒でも飲みながら話したい気持ちはあるし、穂積の家も覗いてみたいと思う。しかし彼の家を訪問するのも自宅に招き入れるのも、躊躇した。
 また先週のように押し倒されるのは御免だ。
 穂積にされたとき、情欲と興奮が勝り、不快感は覚えなかった。しかし自分にとって性行為は男同士でするものではなく、抵抗感は拭えない。一度したからといって、なんのわだかまりもなく再度受け入れられるものではなかった。
 部屋へ入ったら、押し倒されなかったとしても、きっと色っぽい雰囲気をだされるだろうと思う。居心地が悪い思いをするのも避けたい。

「家は、やめとく。話すだけで済まなかったら嫌だから」

 軽口でもない調子で、来訪をきっぱり拒んだのは初めてのことかもしれない。穂積が慌てた顔をした。

「話すだけです。それ以上のことはしません」
「だとしても、パスさせて。今日は疲れたし、帰るよ」

 息を詰めて私を凝視してくる。彼が何か言いだす前に私は「じゃあ」と言って歩きだした。
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