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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった2

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 後で思うと、やり逃げとなじられそうなほど性急な退散だった。帰宅後「なんであんなに急いで帰ったんですか」とラインで聞かれたので「恥ずかしくなったから」と返事をしたら穂積は納得してくれたが、本当はそういうことではなかった。
 好きだと告げられ、私の心は揺れ動き、熱を帯びたのだが、愛していると云われたことで、急に熱が冷めたのだ。
 彼が私を愛していると云うことに、違和感を覚えた。まだ彼は、愛していると云えるほどに私を知らないはずだと思い、そこから、恋愛とは何ぞやという思考に陥ってしまったのだ。
 帰宅してから改めて、恋愛とは何だろうと考えた。
 私にとって愛とは、知り合って数か月の他人に抱く感情ではない。愛といえば親が子を想う無償の愛を連想する。無条件に愛しく、己の命に代えても守りたい存在に対する想い。それを愛と呼ぶのならば、恋とはなんなのだろう。
 BL小説を書いている時は、実はあまり意識していない。なにしろ小説では、イケメンにときめいたり欲情する描写をしておけば、それが恋している表現となるからである。
 BL小説内におけるカップル、特に攻めは、相手への執着心がすこぶる強い傾向にあり、当然私もそのような男を書いているのではあるが、一般男性である私から見ると、その執着心はある意味異様で病的としか思えぬケースが多々あり、それが女子の望む男の姿と捉えると、男女間で理解しあえる日は未来永劫訪れることはなかろうと思ったりもする。
 つまり私はBL作家のくせして、女子の恋愛観はよくわからない。男である私にとっての恋とは、可愛い子と出会った時、この子と仲良くなってエッチなことができたらいいなと思う、その程度の浅ましい感情だ。男のすべてがそうだとは言わぬ。性欲が人一倍強く品性下劣な私に限って言えば、相手の人間性など二の次である。
 我が乏しき恋愛体験を鑑みて、もう一歩踏み込んで考えてみるに、恋とは、自分好みのマントを相手へ被せたようなものだろうかとぼんやり思ったりもする。己に都合のいい夢想を相手へ覆いかぶせ、懸想している状態だろう。マントは時間の経過とともに次第に消えていく。そのうち素っ裸の相手が現れたとき、それを直視しても相手を大事な存在だと思えたなら、それは愛となったということなのだろう。
 などと、まどろっこしく考えてしまったが、「痘痕あばたえくぼ」の一言で簡潔に説明がつく話ではある。
 欠点のない人間などいないはずなのだが、私は穂積の悪いところを見いだせない。彼がそばにいると意識してしまう。それはつまり、私は穂積に恋をしている状態ということなのだろうか。
 いや、その結論は早計だ。
 欠点を見いだせないのは、単に穂積のことをよく知らないだけではないか。
 そばにいると意識してしまうのは、ライバル視していたから。その彼が私に恋情を抱いていると知っているためであり、私が恋をしているが故に意識しているのとは異なる、はず。
 相手に性欲を抱くか否かも重要ではないか。私は彼を抱きたいとは思わない。女性に抱くような性欲は覚えない。とはいえ彼から与えられる快楽を学習してしまい、流されてもいいかと思う程度には、心を許している。
 これは、どうなのだろう。他の男ならば絶対に体を許す気など起こらない。ということは恋情なのか。
 男同士ということが受け入れられないだけなのか。
 女相手だったら、好きでなくても肉体を見れば欲情する。ということは逆に、性欲の有無はさほど重要でもないのだろうか。自分の中にあるいくつかのバロメーターから総合的に判断するものだろうか。いやしかし、恋とは突発的なものであったりもしないか。
 相手が可愛い女子ならば、中身を知らなくても、ちょっと笑いかけられただけで「好きだ」と思ってしまうのに、相手が男となると途端によくわからなくなる。
 見極めるには、もう少し時間が必要なのかもしれない。
 なにげなく本棚へ顔を向けると、三島由紀夫の仮面の告白が目にとまった。
 男性に肉欲を覚えながらも、とある一人の女性にプラトニックな愛情を抱く男の話である。
 文章表現が素晴らしいので手元に置いているが、感情移入はできかねる内容であると感じていた。しかし今、かの主人公にわずかながら親近感を抱いている自分がいる。


 一月の給料日はいつも通りバイトは休みだった。風俗に行けるだけの金もある。しかし穂積の顔がチラついて風俗へ行く気にはならなかった。昼頃、穂積からラインが届いた。私が風俗へ行こうとしていないか、探りを入れたのだろう。今日はずっと執筆だと返事をしたら、彼もそうだという。家へ遊びに来ないかと誘われたら、仕事を中断して行っていたかもしれないが、誘われなかった。
 それきり彼からラインは届かなかった。物足りない心地になって、こちらから雑談めいたラインを送信しようかと思ったが、仕事の邪魔をしてはいけないと思い、やめた。
 近いうちに、再び自分から穂積を誘いそうな予感がした。しかしそれとはまったく逆に、今後、彼と肌を重ねることはもうないだろうという確信めいた思いもあった。


 余談だが、翌日店長から渡された給料明細を見ると、時給が十円上がっていた。
 
 
 2(了)

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