弱虫悟空の西遊記

キタル

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第8話『黄泉の国~命の価値~(後編)』

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 僕はお師匠様が何を言っているのか理解できずに黙りこんでしまった。
 すると沙悟浄さんがお師匠様に怒鳴った。

「お師匠様なにいってるんですか!!命を助ける為に別の命を犠牲にするなんて馬鹿げている!」

 なるほど、僕はやっとお師匠様の言葉を理解することができた。お師匠様は僕を犠牲にしようとしているのだ。

「落ち着け悟浄、例え一度死んでも黄泉の国のことわりさえ守れば生きて帰ってこれるんだ」

「黄泉の国の理?」

 僕は二人の会話を黙って聞くことしかできなかった。

「何があっても決して振り向かないことだ。それさえ守れば生きて帰ってこられる、強い気持ちさえあれば帰ってこれるんだ」

「しかし、なぜよりにもよって悟空なのです?」

「僕・・・いきます」

 自分でもなんでこんなことを言ったのか不思議でたまらない。でも、きっとそれはお師匠様が僕のことを真っ直ぐな目で見つめていたからだと思う。

「お師匠様は信じてくれてるんですよね?僕にはその強い気持ちがあるって」

「そうだ」

 お師匠様は僕と目をあわせたままそう言った。

「もし、僕に何かあればありがたいお経でも唱えてください」

「そんなものはねぇ!・・だから、必ず生きて帰ってこい」

 お師匠様が真剣な眼差しでそんなこと言うもんだから僕も覚悟を決めた。死ぬ覚悟じゃない、必ず帰ってくるんだという覚悟だ。

「はい、お師匠様」




 お師匠様がお経を唱えると眠っている猪八戒さん達の口から泥団子のようなものが出てきた。

“これが魂の玉・・・”

 恋華さんがそれを巾着に包む。

「先に降りてるわね」

 恋華さんが井戸の中に飛び込む。僕とお師匠様は目をあわせた。

「お師匠様!やってください!」

「忘れるな、決して振り向いてはいけねぇ」

「はい!」

 お師匠様は錫杖を振り上げ僕の頭に思いっきり振り下ろす。
 
 気がつくと洞窟のような場所にいた。真っ暗だったが、目の前に蝋燭で道ができている。

“ここが黄泉の国”

「どうやらちゃんと死ねたようね」

「恋華さん!」

 横には恋華さんがいた。
 僕達は振り向かないように横に並んで、前だけ向きながら会話を続けた。

「にしても恋華さん、あんなに家族に冷たくされたのにまだ助けたいだなんて・・・」

「当たり前でしょ・・・私の家族なんだから」

 顔を見なくてもわかる。今恋華さんは微笑んでいる。
 なぜだか僕も嬉しくて誇らしくて胸があたたかくなった。

「なにも見えないわね、まだまだ遠いのかしら」

「気を付けてください、魔物が出てくるかも」

「えぇ」

 しばらく歩くとそれは呆気なくあらわれた。机程度の大きさの小さな泉だ。それは暗い洞窟のなかで“こっちに来い”と言わんばかりに光輝いていた。

「つきましたね」

「そうみたいね、魔物何ていなかったし」

“嬉しい誤算だ”

「よし、ピカピカにしなきゃ」

 僕達は早速四人の魂を泉で洗うことにした。

「なんか芋洗ってるみたいですね」

「私はあの人の背中を流している気分よ」

 四人の魂はガラス玉の様に綺麗になった。

「よし!早く帰りましょう」

「ただし」

「決して振り向いてはいけない」

 僕達は来た道を引き返した。

 しばらく、歩くと恋華さんが一人言の様に呟いた。

「なんか来たときと様子が違うような」

「そうですか?」

 言われてみれば少し雰囲気が違う気がしないでもないが、道はこの蝋燭でできたものしかない、迷うなんてことはないはずだ。

 その時

「え?」

「振り向いちゃダメ!どうしたんですか急に!」

「ごめんなさい、でも誰かに呼ばれたような気がして」

“誰かに呼ばれた?”

「悟空!」

“沙悟浄さん?”

「悟空どこいくんや?」

“猪八戒さん!”

 なるほど、恋華さんが聞いたのはこれか。

「でた・・・」

「え?」

「先にいってください」

「でも・・・」

「早く行って!」

 僕がそう言うと恋華さんは頷き、四人の魂を持って走っていった。

「悟空、そっちに行っても無駄だ」

「やめてください・・・」

「そっちにはなにもないで」

「やめてください・・」

「こっちに来いよ」

「やめてください・」

「そんなことしてなんの意味があるんや?」

「やめてください」

「天竺なんてない」

「やめろ」

「天竺なんてない」

「やめろ」

「天竺なんてない」

「やめろ!」

「天竺なんてない」

「やめろ!!」

「天竺なんてない」

「やめろ!やめろ!やめろ!やめろぉぉぉぉぉ!」

「悟空、天竺なんてないぜ」

“お師匠様‼‼‼”

「こんな旅無駄なんだ」

「やめてください・・・お師匠様」

「いゃ、生きていること自体無駄なんだ」

「やめてください」

「こんな辛いことをしてなんの意味がある」

「・・・」

「悟空、こっちに来い」

“そうだ、こんなことしてなんの意味がある”

 僕が振り向こうとしたとき、目の前から強い光が射し、お師匠様の声が聞こえた。

「悟空!こっちだ!」

「お師匠様・・・今いきます」

 魔物はまだ僕に語りかける。

「天竺なんてないこっちにこいこんな旅になんの意味があるんだ」

「うるさいうるさいうるさい!消えろぉぉぉ!」

 僕はその光に向かって走り出した。


 目が覚めると目の前にはお師匠様がいた。

「お師匠様、僕は生きてるの?」

「あぁ、生きているよ、お前のお陰で皆も生き返った」

 僕は重たい体を起こして聞いた。

「恋華さんは?」

「あそこだ」

 恋華さんは一人、神社の外にいた。
 僕は恋華さんの元へいく。

「ありがとう、あんたのおかげよ」

「そんなことないですよ、お師匠様がいなければ僕は今頃・・・」

 僕は恋華さんの視線が神社の中にいる国王と王子に向いていることに気がついた。

「入ってください」

「え?」

「家族に別れ告げたいんですよね?僕の体を使ってください」

「ありがとう」

 僕の体はゆっくりと国王たちのほうに歩いていった。
 国王たちもどうやら気づいたようだ。

「お前?」

「母さん!」

「すまん、すまなかった」

「もういいの、あんた達が元気になってくれて私はもうなんの心残りもないゎ。ちょっとばかり先にいくけど、お家のこと頼んだわね」

「嫌だ、お前が戻れないなら、俺も死ぬ!死んで幽霊になる!」

「あなた!バカなこといってるんじゃないの!あなたは一国の主であり、我が家の大黒柱なのよ!しっかりしてちょうだい!・・・大丈夫、あなたなら大丈夫よ」

「恋華・・・」

「みんな、元気で」

「恋華!」

「お母さん」

「・・・・あら大変、もうこんな時間だゎ、夕飯の支度しなきゃ。あらあら、あの子ったらまた泣いてるゎ、もう大丈夫ですよ、お母さんがついているからね、あなた!早く起きてちょうだい好き嫌いしちゃ大きくなれませんよ。やだまたシワが増えちゃう・・・お帰り、皆お帰り」

 僕の中からゆっくりと恋華さんが消えていくのがわかった。

「お師匠様いきましょう・・・今回は僕も少し頭にきました」

  お師匠様は少し笑った。

「しゃぁ!いくぞ野郎共!」






「お邪魔します!!!」

 宮殿の扉を蹴り飛ばすお師匠様。妖怪は大きな宝箱を抱えて宮殿を出ようとしていた。

「何者!?」

「よく聞けクソババァ!いつかは死ぬと決まっていても、この夢の果てを見るまでは死んでも死にきれねぇ、幽霊予備軍僧侶、三蔵法師様とは俺のことだ!」

「なんのようです?」

「おい妖怪、お前本当は何歳だ?」

「私?ほんの3百と25歳よ」

「誤魔化すな!3百と40は過ぎてるだろ!いいか、人間の命はな!それよりもずっとずっと短けぇんだよ!だけどな、お前なんかよりもずっとずっと大切なことを知っている!命の価値は長さじゃねぇ!いつかさよならを言うときに泣いてくれる人がいるかどうかだ、いつかさよならを言うときに残された者達のために泣けるかどうかだ。涙が魂を洗うんだよ!例え百年生きようと千年生きようと、心を知らねぇ魂はどろどろに腐ってるんだよ!さぁ覚悟しろ、地獄にいく覚悟をな」

「やれるもんならやってみなさい」

 妖怪は奥の部屋に逃げようとする

「逃がさないぞ!」

 猪八戒さんが先回りして道を塞ぐ、そして沙悟浄さんも別の扉を塞ぐ。
 すると妖怪は猪八戒さんに向かって口から黒いものを吐き出した。
 
「へ?」

 僕は猪八戒さんの元へ駆けつける。

「猪八戒さん大丈夫ですか?猪八戒さん?」

 すると突然猪八戒さんは僕を攻撃してきた。

「なにするですか!」

「悟空!この妖怪息がないぞ、おそらく八戒に乗り移ったんだ!」

「どけ、悟空俺に任せろ!」

「お師匠様!」

 流石お師匠様だ、猪八戒さんに乗り移った妖怪を圧倒している。

「これで終わりだ!!」

「え?待って待って!もう俺の中にはおらんって!」

「なに?」

 どうやら猪八戒さんの中から出たようだ。

「じゃぁいったいどこに・・・」

 沙悟浄さんとお師匠様が目をあわせた。

「まさかお師匠様、あなた・・・」

「悟浄てめぇ・・・」

「くらえ!」

「この!」

 沙悟浄さんとお師匠様が戦いはじめてしまった。いったいどっちが妖怪なんだ。
 
 次の瞬間僕の口の中に何かが飛び込んできた。

“しまった!”

 僕の体は勝手に宝箱を拾い上げ、ゆっくりと宮殿から出ようとしている。

「お師匠さん!あれ!」

 猪八戒さんが僕に気づいた様だ。

「悟空お前!」

 お師匠様はお経を唱え始めた。

「うゎーーー!」

 どうやら緊箍児が頭を締め付けているようだ。
 すると、僕の口から黒いヘドロのようなものがでてきてそれがお婆さんに姿を変えた。

「お前やっと正体を表しやがったな!」

“体が動く”
 
 どうやらこのお婆さんが妖怪の真の姿らしい。

「うりゃぁぁ!!」

 僕は思いっきり如意棒を振り下ろした。





 翌朝、僕達はその国を出た。

「お師匠さん、人間はその黄泉の国ってのを通って天国か地獄にいくんやろ?俺たちみたいな妖怪も天国にいけるんか?」 

 猪八戒さんが聞いた。

「知りたいか?」

「うん・・・まぁ・・・」

「本当に知りたいか?」

「そりゃ、少し気になるし」

「死んだ妖怪がいく場所には二種類ある。地獄か・・・もっとスゴい地獄だ」

「もっとスゴい地獄!?」

「なんてな、冗談だよ、そんなこと知るか♪」

「なんでい!」

「あそこで休憩にするか!」

「やったー!」

「ちゃんと平等にわけるんやぞ!」

 今日は沙悟浄さんがわけるから安心だ。沙悟浄さんが綺麗にわけるからじゃんけんもせずに僕達は饅頭をとった。
 
「おいおいおい!俺の分がないぞ!」

 また猪八戒さんが騒いでる

「なに言ってるんだちゃんと4つにわけたぞ」

「とかいってもう食べちゃったんだろ?」

「食べてないわ!」

「だからちゃんと4つ配ったって!」

「1!」

「2!」

「3!」

「よん!」

「5!ほらない!5人なんやからちゃんと5つにわらなきゃいけないんやで!!・・・5人?」

“5人?”

「5人?」

「5人?」



「で、でたぁぁぁ!!!」



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