笑み。

大峰亮太

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紙飛行機

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 ◯

 私たちは学校の屋上に立っていました。別に、危ういことを考えているわけではありません。お友達のキラリちゃんが「紙飛行機を飛ばそう!手紙を書いてさ!」なんて可愛らしいことを言うから、私とキラリちゃんは学校の屋上から紙飛行機を飛ばすことにしたのです。
「さ!飛ばそう!」
 キラリちゃんは紙飛行機を持ってはしゃいでます。
 お互いお手紙の内容は秘密です。このお手紙には返信は必要ありません。何故かって?だって返信するには住所やらの個人情報がいるでしょう。そんな危ないことは出来ません。キラリちゃんは住所も書こうとしていたから私が止めました。キラリちゃんは危なっかしい子です。
「そおれ!」
 キラリちゃんは先に紙飛行機を飛ばしました。紙飛行機なんてそんな遠くには行かないだろうと思っていた私の予想を大きく裏切り、紙飛行機は真っ直ぐに夕暮れへと吸い込まれていきました。
「わお」
 キラリちゃんは嬉しそうです。
「ほら、次はマリの番だよ」
 そう言うと私の手を掴んできましたが、私はその手を振り解きました。私は見知らぬ誰かに手紙を送るために書いたんじゃ無いんです。
 私は紙飛行機をわざとキラリちゃんの足元に落ちるよう、ふわりと投げました。
「なになに、もしかして私にくれるの」
 キラリちゃんは心底驚いてます。私も驚いてます。すんなりとキラリちゃんは私からの手紙を読み始めたから。
 キラリちゃんは真顔になって私を見つめました。私はキラリちゃんのこんなとこが好きなのです。しっかりと話してくれる時はちゃんと相手の目を見てくれる。なんて優しい人なんだろうといつも思います。
「マリ…これ、本気なの」
 キラリちゃんは聞きます。私は涙目ながらも頷きました。頷いた時、溜まっていた涙はこぼれ落ちてしまいました。
「そうかそうか、勇気がいるよね。告白ってのは。頑張ったね」
 キラリちゃんはそういうと、私をぎゅうっとしてくれました。そして
「だけどごめんね。私は女の子を恋愛対象として見れないの。男の子しかそういう目では見れない、だからこの手紙の告白のうち一つは勿論、受け入れる、というかそれがマリだなって思うしそれでいいんだよ。でも、もう一つの告白は受けれないな。マリを不幸にしてしまうことが多いと思うから」
 そう言うとキラリちゃんは腕をほどき「あ、こういうのもやめといた方がいいか」と舌を出して笑うのでした。
「ありがとう、私はキラリちゃんの友達でいれるだけでいいの」
 私は言います。ほんとにそれだけでいいのです。
 さっ帰ろうかと、キラリちゃんは言い、帰り支度を始めました。私も帰ります。

 ◯

 キラリちゃんと私は帰り道が一緒です。
 私とキラリちゃんは毎日、大通りを跨ぐ歩道橋を渡って帰ります。その歩道橋から見える景色は素晴らしいのです。
 大通りは東と西を大きく繋いで端っこは車ばかりで何も見えません。でも、大通りの西側に太陽は吸い込まれるようにして落ちていくのです。きっと朝早くに見ると東側から太陽はぬっと現れるのでしょう。私は早起きが苦手ですから見たことはありません。
「そろそろだよ、早くおいで」
 キラリちゃんは歩道橋の上で私を呼びます。
 私は駆け足で歩道橋に上り、キラリちゃんと並びました。その時でした。
 茜色に染まった太陽は大通りの真ん中を通るようにして沈んでいきます。大きな太陽から伸びる茜色の光は大通りを行く車に反射して私たちの目に飛び込んできました。その景色はさながら海に沈む夕日のようでした。
「ああ、今日なの」
 キラリちゃんは唐突に言うと、私たちが上がってきた歩道橋の階段を指差して「マリ!あれ何!」と言うのでした。私はつられて見るとそこには何もありませんでした。
「おどかせないでよ、何もないじゃん」
 そう言って振り返るとそこにキラリちゃんはいませんでした。
 あれっと不思議に思って辺りを探したけどいませんでした。先に帰ったのかな、意地悪だなアと思い私は帰路に着きました。

 ◯

 家に着くと玄関の前に何やら紙切れのようなものが落ちていました。まじまじと見つめていると、それが紙飛行機であることがわかりました。
 まあ、なんと言う偶然でしょう。キラリちゃんの放った紙飛行機がうちに届くなんて。
 紙飛行機を投げたのが今日のことだったから、そう言う奇跡を信じてしまうのです。本当は見知らぬ少年が投げ飛ばしただけかも知れないのに。私は奇跡を信じて紙飛行機を大事に抱えこみ玄関を開け自室に入りました。
 紙飛行機を開くと案の定、キラリちゃんの文字が見えました。なんだかとても胸が熱くなってきました。何故でしょうか。
 私は深呼吸すると手紙を読み始めます。私に向けた手紙ではないにしろ、私が拾ったのだから読んでいいでしょと思っていました。
 手紙にはこう書いてありました。

 「これを拾った誰かさんへ

 この紙飛行機は私の友人と飛ばしました。お互いの言葉を添えて。
 返信はできません。だって、住所なんて書いてないからね。

 私には悩みがあります。
 一つは私の友人のこと。
 もう一つは私のこと。

 私の友人はマリって言うんです。可愛い女の子。でもその子、私のことが好きみたいなんです。友達ではなく恋愛対象として。あの子は上手く隠してるつもりなのかもだけど、誰が見てもわかりやすすぎて、気づいてないふりも大変なの。でも困ったことに、私もその子のことが好き。もちろん恋愛対象として。じゃあくっつけばいいじゃんと思うかも知れないけどそんなうまくはいかないみたい。
 ここからは二つ目の悩み。最近私に何かが憑いてるみたい。霊感がある方ではないけど、何かがずっと居る。マリに見えてないってことは私にしか見えてないらしい。
 事あるごとにそれらは「今か?」「いや、約束の日まで待て」ってずっと言ってる。
 約束の日ってなんだろう。私をどうするつもりなんだろう。
 三日前かな聞こえてきた。
「あの子も一緒に連れて行けるかな」
「馬鹿!一人ずつって言われただろ」
 これを聞いた時「ああ、マリとは一緒になれないな」と思った。
 さっき書いた、そう上手くはいかないってのはそう言うこと。
 きっと私と一緒になったら、マリを不幸にしてしまうから。
 もし告白されたらどうやって振るかを考えてた。やっぱりその時にならないとわからないことがわかった。
 どうしようかな、約束の日っていつなんだろう。

 でも今日はいいことがある気がする。元気出してこ!私!

 十月二十八日。悩みを乗せたキラリより」

 ◯

 手紙を読んだ後は、私は泣きじゃくりました。涙は止まる事を知ることなく。ずっと、ずっと溢れ出てきました。
 キラリも同じ感情を抱いていてくれたことはとても嬉しかった。だけど、二つ目の方は何。
 私はわからないことが怖くて、キラリに電話をかけましたが出ませんでした。いや、正確にはこの電話番号は使われていないと電話口で突っぱねられました。
 私は恐ろしく、不安になってお母さんたちにこの事を言いました。お母さんたちは私が女の子を好きだと言うことにも驚いていましたが、キラリちゃんがいなくなったことについては「大丈夫だから」としか言いませんでした。
 私は部屋に押し返され、もう寝なさいと言われました。
 床に耳を押し当てるとお父さんが忙しなく誰かに話しているのでしょう、時折、怒鳴り声が聞こえます。

 ◯

 気づいたら朝でした。私は床で寝ていたようでとても腰が痛いです。
 一階のリビングに行くとお父さんとお母さん、そして、知らないおじさんが居ました。
「マリ、こっちにおいで」
 そう言ってお父さんは私の席を作ってくれました。お父さんたちの目の下には、皆クマができてました。寝ていないのでしょうか。

「さて、どこから話せばいいのやら、しかし話せることは、ほとんど無いのですがね」
 そう言ったのは知らないおじさんでした。
 私が不思議そうに見ているとおじさんは手帳を取り出しながらこう言いました。
「お嬢さん、ごめんなさいね。私はこの国の警察の警視総監をしている人間なんだ。君のお父さんの上司になるね」
 そう言うと、お父さんに向き、こう言いました。
「まさか、君の身辺で出るとはなア」
「まったくです。ご足労おかけしてすみません」
「いやいやいいんだ。この地位を得た以上、これは私の役目だ」
 お父さんたちは何やら訳のわからぬ事を話しています。お母さんは何も喋ってませんが目の周りが真っ赤に腫れていました。
 私がキラリちゃんの事を聞こうと口を開いた瞬間でした。

 ピンポーン

 インターフォンがなりました。そして
「マリちゃーん、遊ぼ!」
 と聞こえました。
 キラリちゃんの声でした。私はすぐに出ようとしましたが、お父さんとお母さんにがっちりと体を抑えられて動けません。
「離して!キラリちゃんが居るもん!なんで!」
 暴れる私を見ながら警視総監のおじさんは言いました。
「マリちゃん。あれは本当にキラリちゃんかい?」
 おじさんはインターフォンの液晶を指さしています。
 私はお父さんたちに抑えられながらもインターフォンの液晶に近づきました。
 液晶から見えるキラリちゃんはいつものキラリちゃんでした。だけどひっきりなしに、何か一人で話しています。私は耳を澄ませました。

「怒んないでよ、体は上手に出来たんだから」
「え?ちゃん付けしないって?そんなこと言われたって聞いてなかったんだもん」

 私はその場にへたり込みました。確かに、キラリちゃんは私をちゃん付けでは呼びません。

「それで、どうだい。あれはキラリちゃんかい」
 おじさんは聞きます。
「違います」
「よかった。気づいてくれて。少し早足になっちゃうけどよく聞いてね。今後、君の前に本物のキラリちゃんが現れることはないと思ってほしい」
 そんな、と言う私をお父さんが止めました。
「我々としても不本意なのだが、しょうがないんだ。すまない。何故なのかと言うことも教えられない。すまない」
 私は体に力が入りませんでした。

 おじさんはジャケットを着ながらお父さんに言いました。
「私は今から被カイ者のご両親のところに行く、君はマリちゃんについてあげなさい」
「分かりました。ありがとうございます」
 おっと、しかしこいつらがなア。とおじさんは液晶を見ながら言います。液晶の中ではキラリちゃんの形をしたナニカがこちらを睨んでいました。
 私は急にやるせなさや、無力な自分、色々なものが混じった憤りを感じました。
 怒りにまかせ私は玄関まで走り、扉の外に居るナニカに言いました。
「ふざけるな!キラリちゃんで遊ぶな!化け物が!何がしたい!」
 そう、喚き散らしながら私は手元にあった鞄や靴などを扉に向かって投げました。
「マリ!何を…」
 そう言ってお母さんが走って来て、私を抱きしめました。私はわんわん泣きました。
 お父さんとおじさんは唖然としていました。
「強い子だ」
 とおじさんは言うと玄関を開けて出て行きました。
「一体、今年は被カイ者の書類処理に何時間かかることやら」
と言っていたような気がします。ヒカイシャとは何のことでしょうか。私は泣きながらも思いました。
 少しするとおじさんは駆けて戻ってきて
「玄関、掃除しときなね、見栄えが悪い」
 と口をへの字に曲げながら言って、また去って行きました。
 さっきまでキラリちゃんの形をしていたナニカは黒い水たまりを残していなくなっていました。

 十月二十八日、約束の日、ヒカイシャ。

 これらには一体、何の繋がりがあるのでしょう。
 おじさんは何故、何も教えてくれないのか。キラリちゃんはどこに行ってしまったのか、キラリちゃんの形をしたナニカは何なのか。
 わからないことが多すぎます。

 お父さんは掃除してくると行って玄関を出ました。
 扉が開いた際、黒い水たまりがぶくぶくと泡立っていたような気がします。
 いえ、見間違いかも知れません。
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