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54 雨の中
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「え……けど、こんなに遠い場所だよ。電車も止まってたし……それに台風って言っても、ひどい雨が過ぎ去るまでの何時間かの辛抱だし……今回のことは……迷っちゃった私が、全面的に悪いし」
これは私は反省して本当にそう思ってたんだけど、芹沢くんはぎゅっと手を強く握った。
「ねえ。もっと俺を、頼ってよ。水無瀬さんをあんな寂しい場所に一人でなんて、居させられない。間に合って良かった。ここに来るまでの橋も、今はもう通行止めになってたから」
「え。そうなの?」
「うん。かなり川が増水してるから、ここに来るまでの橋が通行止めになってる。俺は封鎖される前にギリギリで渡れた。だから、今日はこの辺りで泊まろう」
そう言って芹沢くんが連れて来てくれたのは、古びたラブホテルのような所だった。
部屋は空いているみたいで、すぐに部屋には入れたんだけど、かなりタバコの匂いがしてかび臭い。
二人ともこの部屋のベッドでは眠りたくないという意見は一致し、台風が過ぎ去るまでの時間、私たちは座ったまま赤茶色の革張りのソファで過ごすことにした。
芹沢くんは座っていた自分の膝に手招きして、後ろからお風呂上がりでほこほこの私を覆うように抱きしめた。ようやく彼の腕の中で安心することが出来たのか、はーっと大きく息をついた。
「ね。芹沢くん。スマホの電池切れちゃって、ごめんね。調子にのって、写真を撮りすぎちゃって」
スマホの電池の確認すらもせず……後から考えたらすぐに、消防なんかに電話すれば良かったかもしれない。連絡手段もなくなって、あの場所で彼が来てくれるまで、不安じゃなかったかと言われたら嘘になる。
「もう……電話も繋がらなくて、駅名しかわからなくて。どうにかして……泳いででも、俺は辿り着きたかったけど。けど、間に合って良かった。あんなところに、水無瀬さんを一人にはしたくなかった。本当に良かった」
ぎゅうっと芹沢くんが私の身体を後ろから抱きしめた時、フロントからの電話がいきなり鳴った。
芹沢くんは息を吐いてから私を載せたまま、腕を伸ばして電話を取った。電話の向こうから気色ばった高い声で何かを言われているようだけど、彼はそれに冷静に受け答えをしてからやがて静かに電話を切った。
「……何か、あったの?」
「うん。川の増水が思ったより酷いみたいで、駐車場も浸水したって。車もこのままだと水没するだろうから、なるべく早くレッカーを頼んだ方が良いって……ごめん。俺、借りてきた車の持ち主の久留生に連絡するね」
そう言って、芹沢くんはこんな事態にも特に動じることもなく、冷静なまますぐ傍のローテーブルに置いてあった自分のスマホを取って操作し出した。
嘘……あれ、多分この前にも迎えに来てくれた時に乗ってたのと同じ車で。久留生くんに借りて来たっていう、外国製の高級車なのに。
「ごめんなさい……私をこんな時に、迎えに来てくれたから……車、ダメになっちゃう?」
あんな高級車を弁償するなんてことになったら、芹沢くんはいくら払わないといけなくなるんだろう。
しゅんとして落ち込んだ私を慰めるようにして、彼は頭を撫でてくれた。
「良いんだ。ここで水無瀬さんをあんな場所に一人にしていたら、俺はきっと何年も後悔することになるだろう。その後悔に比べたら、そのくらい安いものだから。喜んで支払う……水無瀬さん。泣いてるの? ごめん。怖かったよな。橋が通れるようになったら……久留生が心配してて、ここまであいつが俺たちを迎えに来てくれるらしいよ。あいつ。育ちが良いから擦れてなくて性格良いし、気前も良いから……代わりに新車を買えとまでは、きっと言わないよ。お願いだから、泣かないで」
優しい恋人芹沢くんの温かい言葉に、自分が情けなくて堪らなくなっていた私は、思わず振り返って彼に抱き付いて泣いてしまった。
これは私は反省して本当にそう思ってたんだけど、芹沢くんはぎゅっと手を強く握った。
「ねえ。もっと俺を、頼ってよ。水無瀬さんをあんな寂しい場所に一人でなんて、居させられない。間に合って良かった。ここに来るまでの橋も、今はもう通行止めになってたから」
「え。そうなの?」
「うん。かなり川が増水してるから、ここに来るまでの橋が通行止めになってる。俺は封鎖される前にギリギリで渡れた。だから、今日はこの辺りで泊まろう」
そう言って芹沢くんが連れて来てくれたのは、古びたラブホテルのような所だった。
部屋は空いているみたいで、すぐに部屋には入れたんだけど、かなりタバコの匂いがしてかび臭い。
二人ともこの部屋のベッドでは眠りたくないという意見は一致し、台風が過ぎ去るまでの時間、私たちは座ったまま赤茶色の革張りのソファで過ごすことにした。
芹沢くんは座っていた自分の膝に手招きして、後ろからお風呂上がりでほこほこの私を覆うように抱きしめた。ようやく彼の腕の中で安心することが出来たのか、はーっと大きく息をついた。
「ね。芹沢くん。スマホの電池切れちゃって、ごめんね。調子にのって、写真を撮りすぎちゃって」
スマホの電池の確認すらもせず……後から考えたらすぐに、消防なんかに電話すれば良かったかもしれない。連絡手段もなくなって、あの場所で彼が来てくれるまで、不安じゃなかったかと言われたら嘘になる。
「もう……電話も繋がらなくて、駅名しかわからなくて。どうにかして……泳いででも、俺は辿り着きたかったけど。けど、間に合って良かった。あんなところに、水無瀬さんを一人にはしたくなかった。本当に良かった」
ぎゅうっと芹沢くんが私の身体を後ろから抱きしめた時、フロントからの電話がいきなり鳴った。
芹沢くんは息を吐いてから私を載せたまま、腕を伸ばして電話を取った。電話の向こうから気色ばった高い声で何かを言われているようだけど、彼はそれに冷静に受け答えをしてからやがて静かに電話を切った。
「……何か、あったの?」
「うん。川の増水が思ったより酷いみたいで、駐車場も浸水したって。車もこのままだと水没するだろうから、なるべく早くレッカーを頼んだ方が良いって……ごめん。俺、借りてきた車の持ち主の久留生に連絡するね」
そう言って、芹沢くんはこんな事態にも特に動じることもなく、冷静なまますぐ傍のローテーブルに置いてあった自分のスマホを取って操作し出した。
嘘……あれ、多分この前にも迎えに来てくれた時に乗ってたのと同じ車で。久留生くんに借りて来たっていう、外国製の高級車なのに。
「ごめんなさい……私をこんな時に、迎えに来てくれたから……車、ダメになっちゃう?」
あんな高級車を弁償するなんてことになったら、芹沢くんはいくら払わないといけなくなるんだろう。
しゅんとして落ち込んだ私を慰めるようにして、彼は頭を撫でてくれた。
「良いんだ。ここで水無瀬さんをあんな場所に一人にしていたら、俺はきっと何年も後悔することになるだろう。その後悔に比べたら、そのくらい安いものだから。喜んで支払う……水無瀬さん。泣いてるの? ごめん。怖かったよな。橋が通れるようになったら……久留生が心配してて、ここまであいつが俺たちを迎えに来てくれるらしいよ。あいつ。育ちが良いから擦れてなくて性格良いし、気前も良いから……代わりに新車を買えとまでは、きっと言わないよ。お願いだから、泣かないで」
優しい恋人芹沢くんの温かい言葉に、自分が情けなくて堪らなくなっていた私は、思わず振り返って彼に抱き付いて泣いてしまった。
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