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80 御曹司

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 あの人がどうなったかというと、またSNSで全肯定してくれる支持者、フォロワーと呼ばれる何十万人に対して可哀想な自分への同情を誘うようなコメントを出して、今も延々慰めて貰っているようだ。

 そんな関係性に何の意味があるのか、俺には良くわからない。何が楽しいのか、本当に理解はし難いが。それは別々の人間なんだから、仕方ないことなのだろうか。

 付き合っていた当時には、俺はあの人のために出来ることはしていたつもりだった。その時、あの儚くも繊細なあの人のことを本当に好きだったからだ。

 やがて、考えに付いていけなくなって別れる時は互いに納得して、別れたつもりだった。けど、どうしても冷たくはなり切れなかった。そんな時にもやはり、好きだったからだ。

 お前が相手に未練を残すような別れ方をしたんだからと今詰られても、あの時の正解がなんだったかなんて、もうわからない。結果は結果で、再度やり直すことなんて不可能だからだ。

 そして、俺の中途半端な優しさが、あの人のためになるとは限らなかった。

 あの人も変わらないように、俺もまた変えられない。どこまで行っても平行線で、どうしても分かり合えない俺たちは、近付けば傷付け合うしかない。

 もう二度と会わない方が、お互いのために良いことなんだろう。


◇◆◇


 とある秋の夜。俺たちはというと、いつものメンバー何人かで高級住宅街に位置する佐久間の家に集まって騒いでいた。

 佐久間の父親は不動産を多く所有していて、口座には何をせずとも定期的に多額のお金が入って来るらしいが、あいつはそれで生きていくことは絶対に嫌らしい。都内にあるタワマンに住みたいのに、両親の意向でまだ郊外にある家に帰らないといけないことにも、不満はあるようだ。

 それを贅沢な考えだと言われようが、ただ自分の人生を好きに生きるという選択をすることは、誰かに許可を求めるような話でもない。

 俺はベランダに出て、一人酒を飲んでいた赤星を見付けた。

「……御曹司、助かった」
 
「別に良い。俺の祖父の口癖は、権力は困っている誰かに良い事をする為にあるだ。大したことはしていない。気にするな」

「その台詞。世界中の権力者に、教えてあげてくれないか」

「彼らはそれを知りつつやらないことを選んでいる、ただの確信犯だ。その行為には、何の意味もない」

 赤星は酒の入ったコップを片手に、月を見上げた。今夜は見事なまでに欠けのない、美しい満月だった。

「御曹司なんて呼ばれていて……伝統的な世襲だなんだと言われてはいるが、うちの真宮寺は実力主義だ。全体が生き残るためには、獅子の子をも引き摺り落とす。俺が使えない後継者だと判断されたら、一族の中で優秀な誰かが選ばれ代わって当主を継ぐことになるだろう」

「御曹司も、随分と……シビアなんだな」

「真宮寺家に産まれたというだけで人生が安泰だと言うなら、それはそれで恐ろしい話だ。上層に無能が蔓延はびこれば、悲劇しか起こらない。大企業で上にまで上がれる人間の目は確かで、そうでなければ、それまでに蹴落とされている。自分の上の立場に立つ人間ではないと判断されてしまえば、それでもう俺は終わりだ。後継者には値しないと切られて終わる。それだけ。本当に、世知辛い世の中だよな」

「……赤星は、怖くないのか」

 特に気にした様子もない彼の話を聞いて、俺はどうしてもそう思ってしまった。

 何十万人もの従業員が所属する巨大グループを、率いる当主たる者の後継者。誰もが彼の一挙手一投足に、注目する。そして、既に多くの物を持つ彼の転落を願う者だって多いはずだ。

 もし俺だったらそんな計り知れない重圧のかかる立場に居ることなど、一日とて耐えられそうにない。
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