絶対零度殿下からの隠れ溺愛は秘蜜の味。

待鳥園子

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02 条件②

 ルシア・ユスターシュの前世は、大学を卒業してすぐ新卒で入社した企業で面接時の条件とは全く異なる過酷な労働に必死で耐えていた二十五歳の女性だった。

 やたらと数が多かった同期たちは一ヶ月もすると三割程度になり、前世のルシアも含め残った殆どが転職を考えていた。

 これではいけないと彼女もすぐに退職を考えていたものの、古い考えを持つ両親には転職を考えればどんな会社でも三年は耐えろと諭され、すぐに退職することは叶わなかった。

 そこで二年ほど働き、常に睡眠不足でふらふらの状態で体にもいくつかの異変を感じるようになった頃に、睡眠二時間のところ、怒鳴り声の上司からの電話を受けたのを最後に、ルシアの前世の記憶は途切れている。

 だから、ルシア自身は前世の自分があまりにも働き過ぎて過労死したんだろうと考えているし、状況から見ても、それはきっと間違いないはずだ。

 ウィスタリア王国貴族ユスターシュ伯爵令嬢ルシアが前世の記憶を取り戻したのは、今から五年前に遠い海を越えて外国へと出ていた長期家族旅行中の時だった。

 ユスターシュ伯爵夫妻は、それまでの記憶を全て失い、自分の名前も忘れてしまった娘ルシアに驚きはしたものの、彼女は前日に高熱を出して倒れてしまったので、きっとそのせいだろうと自分たちで結論を出していた。

 ルシアが産まれたウィスタリア王国ユスターシュ伯爵家は、代々海運で財を成した一族だ。

 ルシアの父ユスターシュ伯爵レオンスも、その例に漏れず、いくつかの船団を持ち諸外国へ輸出輸入を繰り返し、圧倒的な財力を持ちウィスタリア王国社交界にも大きな影響力を持っていた。

 裕福な彼らが外国への視察旅行を珍しいことではなく、ルシアも両親の海外渡航へ何度も同行した。

 だが、何故かユスターシュ伯爵夫妻は一人娘のルシアには、贅沢をさせたり愛情を注ぐということをしなかった。

 今はルシアは既に社交界デビューを済ませねばならない妙齢の貴族令嬢だというのに、ユスターシュ伯爵家が抱える船団のひとつで身を粉にして働き、未だに婚約者も求婚者すらも居ない。

 未婚女性であるルシアの存在を、両親が敢えて公的に明らかにしていないのだから、それは、当たり前のことだ。

 五年前に記憶を取り戻し両親からのぞんざいな扱いに耐え切れず、どうにかして役に立つところを見せようと、前世の知識を使って彼らの営む海運業に口を出してしまったのが今思うと運の尽きだった。

 それからは何年もの間、ルシアは早朝から日が暮れるまで、ユスターシュ伯爵家の書類仕事に従事させられている。

 一日中、あまりにも長い時間を働かされ、二度ほど我慢出来ずに逃げ出したが、圧倒的な財力と多くの雇用人を持つ父に、有用な縁故ひとつ持たないただの女の子を見つけられない訳がなく、ルシアはもう今では逃げ出すことすらも諦めてしまった。

 過酷な労働環境で過労死してしまった前世の記憶があることが災いしてしまい、高圧的な言葉を投げかけ虐げる両親に、逆らう気力も湧かずに黙って時をやり過ごし、ルシアはこのまま一人きり報われることもなく死んでしまうのだとそう思っていた。

 だが、実の娘ルシアへの扱いが、これではあまりに酷過ぎると、横暴な態度を見せる兄へと訴えた叔父マーティン・ユスターシュの言葉を聞き、父レオンスは余裕の表情で顎を触りながら、彼へこう言い放ったのだ。

『それでは、ルシアがかのカミーユ殿下より、我がユスターシュ伯爵家に軍関係の輸送を任せると認めさせれば、有能な娘ルシアをお前の言う通りに良縁を見つけて多額の持参金付きで嫁に出そうではないか』と。

 そこに同席したルチアは、とても驚いた。父は仕事に役に立つ自分のことを生かさず殺さず、このまま一生家族という名の無償労働者として働かせるだろうと思い込んでいたからだ。

 『氷の王子』と国民から呼ばれてしまうほどに、常に周囲へ冷たい態度を見せるカミーユに掛け合い、そのような承認を取ることなど至難の業だろう。

 ましてや、ルシアは貴族としての身分を持ち王族へ拝謁する権利は持っているものの、正式に面会を申し込んだところで紹介された訳でもない彼女は即座に断られて終わってしまうだろう。

 だが、前世の記憶を思い出し、血の繋がった両親よりまるで賃金のかからない奴隷のように扱われていたルシアには、そんな父の気まぐれの言葉が唯一の希望の光に見えた。

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