2 / 60
02 条件②
ルシア・ユスターシュの前世は、大学を卒業してすぐ新卒で入社した企業で面接時の条件とは全く異なる過酷な労働に必死で耐えていた二十五歳の女性だった。
やたらと数が多かった同期たちは一ヶ月もすると三割程度になり、前世のルシアも含め残った殆どが転職を考えていた。
これではいけないと彼女もすぐに退職を考えていたものの、古い考えを持つ両親には転職を考えればどんな会社でも三年は耐えろと諭され、すぐに退職することは叶わなかった。
そこで二年ほど働き、常に睡眠不足でふらふらの状態で体にもいくつかの異変を感じるようになった頃に、睡眠二時間のところ、怒鳴り声の上司からの電話を受けたのを最後に、ルシアの前世の記憶は途切れている。
だから、ルシア自身は前世の自分があまりにも働き過ぎて過労死したんだろうと考えているし、状況から見ても、それはきっと間違いないはずだ。
ウィスタリア王国貴族ユスターシュ伯爵令嬢ルシアが前世の記憶を取り戻したのは、今から五年前に遠い海を越えて外国へと出ていた長期家族旅行中の時だった。
ユスターシュ伯爵夫妻は、それまでの記憶を全て失い、自分の名前も忘れてしまった娘ルシアに驚きはしたものの、彼女は前日に高熱を出して倒れてしまったので、きっとそのせいだろうと自分たちで結論を出していた。
ルシアが産まれたウィスタリア王国ユスターシュ伯爵家は、代々海運で財を成した一族だ。
ルシアの父ユスターシュ伯爵レオンスも、その例に漏れず、いくつかの船団を持ち諸外国へ輸出輸入を繰り返し、圧倒的な財力を持ちウィスタリア王国社交界にも大きな影響力を持っていた。
裕福な彼らが外国への視察旅行を珍しいことではなく、ルシアも両親の海外渡航へ何度も同行した。
だが、何故かユスターシュ伯爵夫妻は一人娘のルシアには、贅沢をさせたり愛情を注ぐということをしなかった。
今はルシアは既に社交界デビューを済ませねばならない妙齢の貴族令嬢だというのに、ユスターシュ伯爵家が抱える船団のひとつで身を粉にして働き、未だに婚約者も求婚者すらも居ない。
未婚女性であるルシアの存在を、両親が敢えて公的に明らかにしていないのだから、それは、当たり前のことだ。
五年前に記憶を取り戻し両親からのぞんざいな扱いに耐え切れず、どうにかして役に立つところを見せようと、前世の知識を使って彼らの営む海運業に口を出してしまったのが今思うと運の尽きだった。
それからは何年もの間、ルシアは早朝から日が暮れるまで、ユスターシュ伯爵家の書類仕事に従事させられている。
一日中、あまりにも長い時間を働かされ、二度ほど我慢出来ずに逃げ出したが、圧倒的な財力と多くの雇用人を持つ父に、有用な縁故ひとつ持たないただの女の子を見つけられない訳がなく、ルシアはもう今では逃げ出すことすらも諦めてしまった。
過酷な労働環境で過労死してしまった前世の記憶があることが災いしてしまい、高圧的な言葉を投げかけ虐げる両親に、逆らう気力も湧かずに黙って時をやり過ごし、ルシアはこのまま一人きり報われることもなく死んでしまうのだとそう思っていた。
だが、実の娘ルシアへの扱いが、これではあまりに酷過ぎると、横暴な態度を見せる兄へと訴えた叔父マーティン・ユスターシュの言葉を聞き、父レオンスは余裕の表情で顎を触りながら、彼へこう言い放ったのだ。
『それでは、ルシアがかのカミーユ殿下より、我がユスターシュ伯爵家に軍関係の輸送を任せると認めさせれば、有能な娘ルシアをお前の言う通りに良縁を見つけて多額の持参金付きで嫁に出そうではないか』と。
そこに同席したルチアは、とても驚いた。父は仕事に役に立つ自分のことを生かさず殺さず、このまま一生家族という名の無償労働者として働かせるだろうと思い込んでいたからだ。
『氷の王子』と国民から呼ばれてしまうほどに、常に周囲へ冷たい態度を見せるカミーユに掛け合い、そのような承認を取ることなど至難の業だろう。
ましてや、ルシアは貴族としての身分を持ち王族へ拝謁する権利は持っているものの、正式に面会を申し込んだところで紹介された訳でもない彼女は即座に断られて終わってしまうだろう。
だが、前世の記憶を思い出し、血の繋がった両親よりまるで賃金のかからない奴隷のように扱われていたルシアには、そんな父の気まぐれの言葉が唯一の希望の光に見えた。
やたらと数が多かった同期たちは一ヶ月もすると三割程度になり、前世のルシアも含め残った殆どが転職を考えていた。
これではいけないと彼女もすぐに退職を考えていたものの、古い考えを持つ両親には転職を考えればどんな会社でも三年は耐えろと諭され、すぐに退職することは叶わなかった。
そこで二年ほど働き、常に睡眠不足でふらふらの状態で体にもいくつかの異変を感じるようになった頃に、睡眠二時間のところ、怒鳴り声の上司からの電話を受けたのを最後に、ルシアの前世の記憶は途切れている。
だから、ルシア自身は前世の自分があまりにも働き過ぎて過労死したんだろうと考えているし、状況から見ても、それはきっと間違いないはずだ。
ウィスタリア王国貴族ユスターシュ伯爵令嬢ルシアが前世の記憶を取り戻したのは、今から五年前に遠い海を越えて外国へと出ていた長期家族旅行中の時だった。
ユスターシュ伯爵夫妻は、それまでの記憶を全て失い、自分の名前も忘れてしまった娘ルシアに驚きはしたものの、彼女は前日に高熱を出して倒れてしまったので、きっとそのせいだろうと自分たちで結論を出していた。
ルシアが産まれたウィスタリア王国ユスターシュ伯爵家は、代々海運で財を成した一族だ。
ルシアの父ユスターシュ伯爵レオンスも、その例に漏れず、いくつかの船団を持ち諸外国へ輸出輸入を繰り返し、圧倒的な財力を持ちウィスタリア王国社交界にも大きな影響力を持っていた。
裕福な彼らが外国への視察旅行を珍しいことではなく、ルシアも両親の海外渡航へ何度も同行した。
だが、何故かユスターシュ伯爵夫妻は一人娘のルシアには、贅沢をさせたり愛情を注ぐということをしなかった。
今はルシアは既に社交界デビューを済ませねばならない妙齢の貴族令嬢だというのに、ユスターシュ伯爵家が抱える船団のひとつで身を粉にして働き、未だに婚約者も求婚者すらも居ない。
未婚女性であるルシアの存在を、両親が敢えて公的に明らかにしていないのだから、それは、当たり前のことだ。
五年前に記憶を取り戻し両親からのぞんざいな扱いに耐え切れず、どうにかして役に立つところを見せようと、前世の知識を使って彼らの営む海運業に口を出してしまったのが今思うと運の尽きだった。
それからは何年もの間、ルシアは早朝から日が暮れるまで、ユスターシュ伯爵家の書類仕事に従事させられている。
一日中、あまりにも長い時間を働かされ、二度ほど我慢出来ずに逃げ出したが、圧倒的な財力と多くの雇用人を持つ父に、有用な縁故ひとつ持たないただの女の子を見つけられない訳がなく、ルシアはもう今では逃げ出すことすらも諦めてしまった。
過酷な労働環境で過労死してしまった前世の記憶があることが災いしてしまい、高圧的な言葉を投げかけ虐げる両親に、逆らう気力も湧かずに黙って時をやり過ごし、ルシアはこのまま一人きり報われることもなく死んでしまうのだとそう思っていた。
だが、実の娘ルシアへの扱いが、これではあまりに酷過ぎると、横暴な態度を見せる兄へと訴えた叔父マーティン・ユスターシュの言葉を聞き、父レオンスは余裕の表情で顎を触りながら、彼へこう言い放ったのだ。
『それでは、ルシアがかのカミーユ殿下より、我がユスターシュ伯爵家に軍関係の輸送を任せると認めさせれば、有能な娘ルシアをお前の言う通りに良縁を見つけて多額の持参金付きで嫁に出そうではないか』と。
そこに同席したルチアは、とても驚いた。父は仕事に役に立つ自分のことを生かさず殺さず、このまま一生家族という名の無償労働者として働かせるだろうと思い込んでいたからだ。
『氷の王子』と国民から呼ばれてしまうほどに、常に周囲へ冷たい態度を見せるカミーユに掛け合い、そのような承認を取ることなど至難の業だろう。
ましてや、ルシアは貴族としての身分を持ち王族へ拝謁する権利は持っているものの、正式に面会を申し込んだところで紹介された訳でもない彼女は即座に断られて終わってしまうだろう。
だが、前世の記憶を思い出し、血の繋がった両親よりまるで賃金のかからない奴隷のように扱われていたルシアには、そんな父の気まぐれの言葉が唯一の希望の光に見えた。
あなたにおすすめの小説
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~
世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。
──え……この方、誰?
相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。
けれど私は、自分の名前すら思い出せない。
訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。
「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」
……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!?
しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。
もしかして、そのせいで私は命を狙われている?
公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。
全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね!
※本作品はR18表現があります、ご注意ください。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
【完結】女当主は義弟の手で花開く
はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!?
恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。
※他サイトにも掲載しています。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041