絶対零度殿下からの隠れ溺愛は秘蜜の味。

待鳥園子

文字の大きさ
32 / 60

32 裏帳簿①

 ルシアはユスターシュ伯爵邸で今までのように仕事漬けの毎日を送りながらも、以前よりも格段に気持ちが軽くなっていることに気が付いていた。

 自分にはどんな明るい道もすべて塞がれていたように思っていたのに、今ではただ時が経ち、カミーユが言っていた『問題』を解決さえ出来れば、まるで抜け出せない牢獄のようなユスターシュ伯爵邸から出て行くことが出来る。

 だから、その時は油断していたのだ。いつもならば、息をひそめて生きていて、父の目に留まることだってなかっただろうに。

 ルシアは今日処理した書類を持って、通信室へと歩いていた。仕事で使う重要書類については、ユスターシュ家で専用の配達人を雇い、彼らが直接届けに行くのだ。

 その途中、深夜まで深酒をしていたのか、父テレンスが現れた。

「……お父様」

 ルシアは常ならば、こんな場所で会うこともない父を見て怯んだ。だが、ここで逃げてしまっても必ず怒られてしまう。結局、何をしても怒りを買うのならと、ルシアは頭を下げて彼が何かを言い出すのを待った。

「ルシア。最近、明るくなったようだ……カミーユ殿下はどうだ? お前の提案を、見てくれたか?」

 テレンスの探るような声音に、もしかしたら何か知られたのかもしれないとルシアの胸が不安で高鳴った。

「……いいえ。カミーユ様には、見て貰えておりません」

 静かにルシアが答え、それを聞いたテレンスは気が触れたように笑い出した。

「はははは!! そうだろうそうだろう!! あの方は幼い頃に母親に売られてから、女を恨んでいる。お前の提案がいくら優れていようが、すべて無駄だ。ああ。何故女に生まれたんだ。性別が男であれば、成りあがれたものを……可哀想に」

 ルシアの髪を掴み顔を持ち上げ、近付ければ顔を背ける娘を嘲るようにして彼は見た。

「……申し訳ありません」

「ああ。そうだそうだ。お前が悪い。お前はそんなカミーユ殿下にみっともなく縋り、とてつもなく悪い女だ。俺が躾けてやろう」

 髪を乱暴に掴まれ廊下を引き摺るようにして連れられるルシアは、ここで声をあげればもっとこの後の仕打ちが酷くなってしまうと苦痛に耐えた。そして、途中ソフィアの驚いた顔が見えて、どうか彼女が何もしないで欲しいと願った。

(もう少しなのよ……もう少し耐えれば、ここからお父様が認める方法で出ていくことが出来る。今は耐えるしかない。余計なことはしないで……)

 これまでに虐げられた日々の長さを思えば、少々時間が経つことを耐えるくらいなんともないはずだ。

(息を殺して、何も考えないようにしよう……希望の光は見えているはずだから)

 テレンスはルシアの身体を狭く暗い書庫へと投げ込むと、執事の声を聞いて、背後を振り返った。誰か父が逆らえぬ立場の存在から呼び出されたようだ。

「ふんっ……運が良かったな。明日の朝になるまで、ルシアを閉じ込めておけ」

 バンっと大きな音をさせて扉は閉まり、ルシアはほっと胸を撫でおろした。

(良かった……お父様は、かなり機嫌が悪かった? いつもならば、この時間はどこかに遊びに出ているはずなのに……)

 父テレンスも母キャスリンも、夜はどこかへと出掛けて、朝まで帰らないことが多かった。だから、ルシアも誰も連れずに一人で不用意に廊下を歩いてしまったのだが、誰か傍に居れば流石にここまでされることはない。

 書庫の空気は冷たくとても快適な状況とは言えないが、それでも絶対的な権力者の父の言い付けを考えれば、使用人たちも勝手に扉を開けることは出来ないだろう。

 父は娘ルシアをここへ閉じ込めたことも、すぐに忘れてしまうはずだ。

 娘に対し本当に関心がないのだから、それは仕方ない。

 二の腕を摩りながらルシアは移動し、どこか狭い空間があれば、暖を取るために身を寄せようと奥へと進んだ。

 奥にはいくつかの帳簿が雑多に転がっていて、開いていた頁を何気なく見たルシアは自分の目を疑った。

(え……? これは、裏帳簿……? お父様、もしかして、何か密輸をしているのかしら?)

 実務をしてユスターシュ伯爵家がどのような仕事をしているか知っているだけに、ルシアは何か密輸をしているものの、その仕入れ額が理解し難いほどに巨額であることにも気が付いてしまった。

 それは、父が密輸しているものが、明らかな犯罪行為であることを示すものだ。

 国が禁止しているものを、これだけ代々的に密輸しているのだから、犯罪が明らかになってしまえばユスターシュ伯爵家の貴族位はく奪は避けられないことだろう。

(……私が貴族でなければ、カミーユに嫁ぐことは出来ないわ。けれど、これはいつかはきっと、表沙汰になるもの。それが今か後かだけの話)

 これだけの犯罪を両親が犯しているならば、ルシアは王族と結ばれることは出来ないだろう。娘は何も知らなかったで通るならば、死ななくて良かった命がこれまでにいくらでもあった。

(カミーユとの失恋は辛いけど……彼は結局、私との交際を誰にも知られないようにしていたもの……本当に、彼には何の問題もなく終わってしまうのね)

 これまでの彼との間にあった様々な出来事を思い返し、ルシアは苦笑した。この前なんてことのない使用人たちの目からも逃げようとしたことが、最たるものではないだろうか。

 彼がいくらルシアを庇おうとしても、これでは難しい。両親がこれだけの犯罪を犯しているのに、どんな理由でルシアを王子妃にと望めようか。

 きっと、各方面から大反対されるはずだし、いくら彼だってそこを強硬に押し通せる訳もない。

(……これは、何を密輸しているのだろう。禁製品であれば、被害者が居るはず……悲しむ人が増える前に、私が終わらせなくては)


感想 4

あなたにおすすめの小説

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

十歳の花嫁

アキナヌカ
恋愛
アルフは王太子だった、二十五歳の彼は花嫁を探していた。最初は私の姉が花嫁になると思っていたのに、彼が選んだのは十歳の私だった。彼の私に対する執着はおかしかった。

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

【完結】女当主は義弟の手で花開く

はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!? 恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041