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64 情③

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 懐かしいわ。この感覚。一年前に、ショーンの顔にホールケーキをぶつけてやった時以来かしら?

 ……そうね。

 確かに、私はしおらしい性格とは言いがたいし、弟のアメデオが居るから深窓の令嬢と言っても男性と話すことには慣れている。

 可愛がってくれるアストリッド叔母様だって、夫を尻に敷いているタイプの女性だし、父も母を大事にしている……家族の影響を受けて、女性は大事にされるものという考えが根付いていた。

 そういう意味では、私はこのショーンに何を言われてもされても、「何をするのよ!」と彼にちゃんと言い返していた。やられっぱなし、泣かされっぱなしになんて、ならずに。

 ……ああ。私は本当に……ひどい勘違いをしていたんだわ。

 ショーンは私のことを、同じ人間として認識していない。

 まだ、相性が合わずに相手を好きになれないのなら、理解は出来る。けれど、今こうして誘拐しているショーンは私のことなんて全く好きではないわ。

 ただ、幼い頃から、自分のもので……誰かに取られたくなかっただけ。

「……私の自尊心を折るために? だから、あんなことをしたの?」

 私はそれを、確認のつもりで聞いた。

 ショーンは言葉を使わずに、何度か頷いてそれを肯定した。私の方なんて、見てもいない。

 本当であれば、私はここで彼を嫌いになるところなのかもしれない。それとも、悲しい気持ちにされて憎んでしまう?

 けれど、私が感じているのは、単に無の感情だった。

 好きの反対の感情は、無関心だ。私は目の前の自分勝手過ぎる男に対し、それを感じている。

 行き当たりばったりの行動が多かったのも、これでようやく理解出来た。私が結婚したという情報を知り、婚約続行していると、昨日実家へと難癖を付けに行った。

 当たり前だけど、それで私と結婚なんて出来る訳がない。教会で結婚式を挙げて、おまけに正式な書類も提出している。

 モーベット侯爵ジョサイアと私は、正式な結婚しているんだから、不法なやり方で書類上婚約者だったショーンの出る幕なんてないのだ。

 だから、彼は私を誘拐した。

 多分、何も考えていない。どこへ逃げて……どんな生活を営んでいこうなんて、ショーンには関係ないのだ。

 その時その時の感情で動き、やりたいことをするだけ。私の気持ちなんて一切考えていない。

 だとしたら、私だってショーンへの情を、切り捨てるべきなんだわ。
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