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02 prologue(2)

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 刷り込みされた雛鳥のように彼女に懐く彼と、その手を引いて歩くミルドレッドの二人に神殿の中に居る人たちは視線を向けた。それは普通であれば、こうした見目の良い若い男女二人に向けるような羨望や嫉妬などが含まれたものではない。

 憐憫だったり微かな嘲笑だったり、その種類は視線を向ける人の立場などによって、人それぞれだ。けれど、ミルドレッドにとっては、最早いつもの事で特に気になるものではなかった。

 幼い子どものようにミルドレッドに手を引かれて歩いている勇者ロミオは、魔王を倒した後理性を失う事となってしまった。

 世界を救うための勇者は、世界中の猛者を集めた勝ち抜き戦で首位を勝ち取った者が選ばれる。そして、身体と心を制御している機能を、禁呪に近い魔法で強制的に外される洗礼を受ける事になるのだと言う。

 そして、魔王を倒すという勇者としての最終目的を果たした後も、只人在らざる圧倒的な能力を手に入れてしまった代償として、まるで人型であるのに森で暮らす野生の獣のようになっていた。

 この世界では決まり事のように、一定期間を置いて何度も復活を繰り返す魔王を倒すための勇者が圧倒的な力を手に入れる事によって、このような状態になってしまうことは、数少ない限られた者しか知らない。

 今代勇者ロミオ本人だって魔王を倒した後に、自分がこんな風になってしまうことだなんて知らなかったはずだ。

 もし、この情報が流れてしまえば、誰もが「世界最強になり、目の眩むような報酬を約束された勇者を目指したい」などとは思ったりはしない。何も知らない民たちを騙してしまうような謳い文句になってしまうのも、この世界を救うためには仕方がないことだ。

 世界を救った英雄となった勇者のその後は、高い地位と報酬を得て悠々自適にその後の人生を暮らすことが出来ると多くの人々は思い込まされていた。

 理性がない状態になってしまった勇者でも、何人かに一人は正気を取り戻すことがあるらしい。だが、何度も何度も同じことを繰り返しているというのに、その条件などは未だに解明されていない。

 言葉や理性は失ってはいるものの、勇者ロミオは紛れもなく世界を救ってくれた。

 英雄である勇者を、用無しだからとその辺に放り出すことも出来ない。森の奥深くにある、入る事が出来る人間が限定されている大神殿の奥深くで、彼はただ生かされている。

 獣となってしまった勇者ロミオを、落ち着かせ宥めることが出来るのは、人を癒す聖魔法の素質をほんの少しだけ持ちこの神殿で祈りを捧げる聖女とは名ばかりの聖女。

 心もとない素質しか持たないというのに前妻の娘であるために継母に疎まれて、婚約者と結婚する前の行儀見習いという名の厄介払いで、神殿へと放り込まれたミルドレッドのただ一人だけ。
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