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01 prologue(1)
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深い森の奥深くに、石造りの巨大な神殿は建てられていた。濃い緑を突然切り裂くような、眩しい白がそこにあった。
古い伝説における女神の登場場面が彫り込まれた大きな柱が無数にあり、主神の女神と眷属の神とを祀った大聖堂の周囲を取り巻くように、広い渡り廊下の上にある屋根を支えていた。
「……あれが、世界を救った勇者の成れの果てだ」
森の奥深くにあり聖魔法を使用出来る神官や聖女という貴重な人材を集めている神殿の中に足を踏み入れられる者は、極少数に限られている。約一年前にこの世界を救ってくれた勇者の現在の姿を知らない新顔に、彼のことを説明しているのかも知れない。
誰ともつかない人が発した、良く知る彼を評する声を聞いて、ミルドレッドは赤いリボンで纏めた金色の髪を揺らして背後を振り返った。
もしかすると、戻るまで自室で待っていて欲しいと先ほどきちんとお願いしたのに。彼がいつものように、ここまで自分を追いかけて来たのかもしれないと、そう思ったからだ。
「……ロミオ様……」
何も知らない者が美々しいその姿をパッと一目見ただけでは、彼が今ある状態を察することは難しいだろう。
上背のある鍛え抜かれた逞しい肉体と、数々の勇ましい冒険譚と共に朗々と謳う吟遊詩人たちが褒めそやす端正で爽やかな顔を持つ、絹糸のような黒髪と蒼い目の美青年。
自らを呼んだミルドレッドの小さな声を敏感に聞き取り、その場に佇んでいたロミオは彼女の元へと駆け寄って来た。蒼い目に灯る光は年端も行かない少年を思わせるような、真っ直ぐな曇りなき眼差し。
覚悟を決めていたはずだったミルドレッドは自分をいきなり抱きすくめた太い両腕の力強さに、軽く呻いた。
ロミオからの遠慮ない抱擁は、彼のお世話係となったミルドレッドにとって頻繁にある出来事だ。
本能のままに動くしかない彼には、普通の成人した男性であればこういった人前では考えてしまう配慮とか、痛いといけないと力を加減したりする余裕などという、そういったものがすっかり欠如してしまっているから仕方ない。
「んっ……もうっ、ちょ……ロミオ様っ……ちょっと……また、力が強過ぎます。離して」
分厚く硬い胸を軽く押してこの体勢に抗議すれば、ロミオは不満そうな顔をしつつも力を緩めてくれた。
本能で動く獣のようになってしまっているというのに、彼はミルドレッドが何かを希望していると理解出来ればそれを叶えてくれた。けれど、何度言葉を重ねたとしても、何度も繰り返す。してはいけない事だというのも覚えてくれないのは、もう諦めるしかない。
自分の傍から短時間でも居なくなった事を抗議するかのように、低く唸っている彼の頬にミルドレッドは右手を優しく添えた。
「……私が戻るのが、待ち切れなかったんですか? では、手を繋いで部屋に帰りましょう」
息をついて促すように強く握りしめた手のひらには、ロミオが勇者となるまでに彼がどれだけ剣を振るって来たかを示すかのように、幾つもの硬い剣だこが出来ていて皮膚がとても厚くなっている。並大抵の努力では決して辿り着く事の出来ない頂に彼は、間違いなく居た。
追いかけて来てまで傍に居たかったミルドレッドと手を繋げたことが嬉しいのか、ロミオは嬉しそうな無邪気な笑顔になった。母親と手を繋ぐ事の出来た迷子の幼子のように。
古い伝説における女神の登場場面が彫り込まれた大きな柱が無数にあり、主神の女神と眷属の神とを祀った大聖堂の周囲を取り巻くように、広い渡り廊下の上にある屋根を支えていた。
「……あれが、世界を救った勇者の成れの果てだ」
森の奥深くにあり聖魔法を使用出来る神官や聖女という貴重な人材を集めている神殿の中に足を踏み入れられる者は、極少数に限られている。約一年前にこの世界を救ってくれた勇者の現在の姿を知らない新顔に、彼のことを説明しているのかも知れない。
誰ともつかない人が発した、良く知る彼を評する声を聞いて、ミルドレッドは赤いリボンで纏めた金色の髪を揺らして背後を振り返った。
もしかすると、戻るまで自室で待っていて欲しいと先ほどきちんとお願いしたのに。彼がいつものように、ここまで自分を追いかけて来たのかもしれないと、そう思ったからだ。
「……ロミオ様……」
何も知らない者が美々しいその姿をパッと一目見ただけでは、彼が今ある状態を察することは難しいだろう。
上背のある鍛え抜かれた逞しい肉体と、数々の勇ましい冒険譚と共に朗々と謳う吟遊詩人たちが褒めそやす端正で爽やかな顔を持つ、絹糸のような黒髪と蒼い目の美青年。
自らを呼んだミルドレッドの小さな声を敏感に聞き取り、その場に佇んでいたロミオは彼女の元へと駆け寄って来た。蒼い目に灯る光は年端も行かない少年を思わせるような、真っ直ぐな曇りなき眼差し。
覚悟を決めていたはずだったミルドレッドは自分をいきなり抱きすくめた太い両腕の力強さに、軽く呻いた。
ロミオからの遠慮ない抱擁は、彼のお世話係となったミルドレッドにとって頻繁にある出来事だ。
本能のままに動くしかない彼には、普通の成人した男性であればこういった人前では考えてしまう配慮とか、痛いといけないと力を加減したりする余裕などという、そういったものがすっかり欠如してしまっているから仕方ない。
「んっ……もうっ、ちょ……ロミオ様っ……ちょっと……また、力が強過ぎます。離して」
分厚く硬い胸を軽く押してこの体勢に抗議すれば、ロミオは不満そうな顔をしつつも力を緩めてくれた。
本能で動く獣のようになってしまっているというのに、彼はミルドレッドが何かを希望していると理解出来ればそれを叶えてくれた。けれど、何度言葉を重ねたとしても、何度も繰り返す。してはいけない事だというのも覚えてくれないのは、もう諦めるしかない。
自分の傍から短時間でも居なくなった事を抗議するかのように、低く唸っている彼の頬にミルドレッドは右手を優しく添えた。
「……私が戻るのが、待ち切れなかったんですか? では、手を繋いで部屋に帰りましょう」
息をついて促すように強く握りしめた手のひらには、ロミオが勇者となるまでに彼がどれだけ剣を振るって来たかを示すかのように、幾つもの硬い剣だこが出来ていて皮膚がとても厚くなっている。並大抵の努力では決して辿り着く事の出来ない頂に彼は、間違いなく居た。
追いかけて来てまで傍に居たかったミルドレッドと手を繋げたことが嬉しいのか、ロミオは嬉しそうな無邪気な笑顔になった。母親と手を繋ぐ事の出来た迷子の幼子のように。
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