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06 捨てようよ

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「姉上。もう父親を捨てよう……僕は侯爵になんてならなくて良い。メートランド侯爵家など、潰れてしまえば良い。僕たちが二人で生きていくのなら、爵位やお金がなくたってどうにかなるはずだ」

 怒りに任せ姉に親を捨てようと持ちかけた弟のクインは、まだ十歳。

 短い銀髪に、紫の目。お母様が若い頃に一目惚れし、どうしてもこの人でなければ結婚しないと祖父に泣きついたという、元貧乏子爵家の次男で今はメートランド侯爵である父フィリップに嫌になるくらいそっくり。

 ええ。クインは誰もがその話を聞いて、想像する通りの父似の美形だ。

「クイン……駄目よ」

「姉上をこんなに苦しめておいて、まだ賭け事で借金したんだよ。今朝だって、へべれけになって帰って来たんだ。姉上をこんな面倒な立場に追いやっておいて! 許しがたいよ。もう、要らないよ。捨てよう。今すぐに」

 久しぶりに会ったクインが、これほどまでに怒っている理由が納得出来た。

 ということは、お父様はまた借金を重ねたのだ。貸してくれる人がまだ居たのかしら。私が次期王妃になると決まり、気の早い人が融資でもしてくれたのかしら。

 有り難いことだけど、我が家には最悪な出来事が起こってしまった。

 ギャレット様の期間限定婚約者を演じるための報酬として、王妃様から貰った前金は私名義になっている。

 少しでも希望を持つためにと、お金を貰ってすぐに領地の事業へと投資しておいて良かった。

 もし、あのお金が騙されやすい父の手に今あったらと思うと、背筋がゾッとする。

 とは言っても、クインはまだ学生で十歳だ。家のお金の工面の話なんて、普通なら聞くこともなくすくすくと育っているはずなのに悲しい。

 お母様だって、これを知れば悲しむはずだ。

「クイン。お父様もお母様が亡くなって、とても辛いのよ。あの人には私とクインだけが残された家族なんだから、そんな風に言わないで」

 私だって、本音のところではクインと同じ気持ちだ。

 けれど、幼いクインより、世の中を知っている。今まで貴族として生きてきた私たちが平民として落ちぶれれば、酷いことになってしまうのは目に見えているだろう。

 ちなみに父は実家の子爵家からは、縁を切られている。

 現在のメートランド侯爵家の惨状を見れば、仕方のないことだ。父が容姿だけしか良くない男だということが、すぐに知れる。

「おかしいよ。頑張っている姉上の足を引っ張るしか能のない、あんな役立たずなのに? ……こっちから、もう捨ててやろうよ。確かに子は親は選べないが、僕らにだって庇護者を選ぶ権利はあるはずだ。母上が亡くなり、哀しむのは理解出来るよ。僕たち子どもが見ているのもつらいくらいの仲の良い夫婦だったもんね。けど、亡くなってから何年が経っていると思ってるの? 母上だって、こんなことを望んでいた訳ではないと思う」

「クイン。わかったから。もう良いから……止めなさい」

 だんだんと興奮していく様子のクインに、冷静になるように私は言った。
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