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第一章
第四話
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第四話「火の奥に残るもの」
未明書房の扉が、軋む音を立てた。
その夜は風が強く、遠くでサイレンの音が響いていた――どこかの記憶をなぞるように。
「すまん、ここ……開いてるんだな」
現れたのは、年配の男だった。がっしりとした体格に似合わない、手元の震えが目を引いた。
店主は黙ってうなずくと、男に椅子を勧めた。
「前に、火事でひとつだけ燃え残った本があったんだよ」
男はぽつりと切り出した。
「本棚が全部灰になってるのに、そいつだけ、表紙が煤けただけで――まるで、守られてたみたいだった」
店主は静かに棚に向かい、一冊の本を取り出した。表紙には、黒く焦げた跡が斜めに走っていた。
男は震える手でそれを受け取り、表紙をじっと見つめた。
「……ああ、これだ。忘れようと思ってたのに」
ページをめくると、そこには子どもの走り書きがあった。
”きょうはおとうさんに ないしょで おてがみをかいた。
ほんとうは あのひとにわらってほしかっただけ”
男の手が止まる。その文字に見覚えがある。消防隊員だった頃、彼は一度だけ、その家の前で女の子がノートに何かを書いていた姿を見たことがあった。
「――あの子、生きてたのか。いや……生き残ったのか」
彼の中に浮かんだのは、少女の怯えた目。その目は父親に読まれないことを願っていた。
「……俺は、助けに行けた。けど、父親がそこにいたって知って、足がすくんだ。
いまでも思い出す……水が届かない、あの家の音」
店主は男を見つめて言った。
「読まれなかった本は、時に罪よりも重く、記憶よりも鋭く残るものです」
「――俺には、その重さがずっとのしかかってた。
でも、この本が残っていたのは……誰かが読まれるのを待ってたってことだよな?」
扉を出ると、男は夜風に顔を向けた。
火の中で忘れたはずの匂いが、今では遠く、静かな風の中に溶けていた。
未明書房の扉が、軋む音を立てた。
その夜は風が強く、遠くでサイレンの音が響いていた――どこかの記憶をなぞるように。
「すまん、ここ……開いてるんだな」
現れたのは、年配の男だった。がっしりとした体格に似合わない、手元の震えが目を引いた。
店主は黙ってうなずくと、男に椅子を勧めた。
「前に、火事でひとつだけ燃え残った本があったんだよ」
男はぽつりと切り出した。
「本棚が全部灰になってるのに、そいつだけ、表紙が煤けただけで――まるで、守られてたみたいだった」
店主は静かに棚に向かい、一冊の本を取り出した。表紙には、黒く焦げた跡が斜めに走っていた。
男は震える手でそれを受け取り、表紙をじっと見つめた。
「……ああ、これだ。忘れようと思ってたのに」
ページをめくると、そこには子どもの走り書きがあった。
”きょうはおとうさんに ないしょで おてがみをかいた。
ほんとうは あのひとにわらってほしかっただけ”
男の手が止まる。その文字に見覚えがある。消防隊員だった頃、彼は一度だけ、その家の前で女の子がノートに何かを書いていた姿を見たことがあった。
「――あの子、生きてたのか。いや……生き残ったのか」
彼の中に浮かんだのは、少女の怯えた目。その目は父親に読まれないことを願っていた。
「……俺は、助けに行けた。けど、父親がそこにいたって知って、足がすくんだ。
いまでも思い出す……水が届かない、あの家の音」
店主は男を見つめて言った。
「読まれなかった本は、時に罪よりも重く、記憶よりも鋭く残るものです」
「――俺には、その重さがずっとのしかかってた。
でも、この本が残っていたのは……誰かが読まれるのを待ってたってことだよな?」
扉を出ると、男は夜風に顔を向けた。
火の中で忘れたはずの匂いが、今では遠く、静かな風の中に溶けていた。
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