未明書房

はぐ

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第一章

第三話

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第三話「雨粒のかたち」

本の匂いが好きだった。
古びた紙の重なりから立ち上る、少し湿った、落ち着く匂い。

だからたぶん、わたしはここに来たんだと思う。
何かを探すために。
それが誰の記憶なのか――まだ、はっきりとは思い出せないけど。

「いらっしゃいませ」

声がしても驚かなかった。
店主は黙って、そっと奥の棚へと手を伸ばす。

音もなく、本が一冊、滑るように抜け落ちた。
表紙は濡れているように見えたけれど、触れると乾いていた。

「読む前に、ひとつだけ訊いてもいいですか」
わたしは言った。

「――これ、誰の本ですか?」

店主は一瞬だけ目を細めて、
「雨の記憶は、誰のものだったとしても、似ていることが多いですよ」
と、そんなふうに応えた。

ページをめくった瞬間、耳の奥で音がした。
ポツ、ポツ――そして、バチン、と割れるような雷の音。

あの日、窓の外を眺めていた自分がいる。
ノートに何かを書いていた。
でも、それを読まれるのが、怖かった。

『あなたが知らないままでいてくれたら、きっと楽だった』

誰かの声が、わたしの中でそう呟いた。

本の奥には、短く千切られた手紙のような文章が貼られていた。

“火をつけたのは、わたしじゃないの。でも、止めなかった”

その瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちてきた。
あの日、手から滑り落ちた本。
それを拾おうとした手が、確かに見えていた。
なのに――見て見ぬふりをした。

わたしは、姉を守れなかった。

「……姉さん、気づいていたのかな」

呟くと、店主が静かに本を閉じた。

「雨の記憶は、時々、静かな火傷を残します」

「……でも、読めてよかった」

わたしはそう言って、扉の方へ向かう。
ガラス越しに、雨はまだ降っていない。けれど、
胸の奥でぽつんと――何かが滴る音がした。
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