未明書房

はぐ

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第一章

第六話

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第六話「声の置き場所」

未明書房の空気は、少しだけ柔らかくなっていた。
入ってすぐ、姉は気づく。店内に、あのときの香りが残っている。微かに、雨の前の風の匂い。

「この間の……焚書録ふんしょろく、ありがとうございました」

店主は黙ってうなずいた。いつも通りの、言葉の少ない応対。だが今日に限って、彼は本棚の奥から一冊ではなく――一枚の紙片を取り出した。

小さな封筒。それを姉に差し出す。

「誰かが、あなた宛てに預けていきました。……もしも再会することがあれば、と」

姉は一瞬、手を止めた。だがそのまま受け取る。中には、薄い紙の地図と、たった一行。

“あのとき、言えなかった言葉の続きを。”

地図には、不思議な店の名前があった。
「珈琲 木霊」――聞き覚えのない名前だったが、なぜか懐かしい響きがした。

「……ここ、夢で見た気がします」

「夢はしばしば、記憶の逆側に通じています」

店主がそう言ったとき、姉の指がわずかに震える。
地図の端には、小さな文字でこう書かれていた。

“火のあと、言葉は灰にならなかった”

姉は鞄に地図を収める。そして扉へ向かうその足取りは、前回よりもわずかに早かった。

未明書房のベルが鳴る。
けれどその直後、静かな店内に、かすかにもうひとつの音が混じった。

――コト。
カップが置かれるような音。けれど、それはこの店にあるはずのない音だった。

それは、呼ばれている証だった。
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