未明書房

はぐ

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第一章

第七話

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第七話「声より先に響くもの」

扉を開けると、ふわりと珈琲豆の香りが満ちていた。
それと同時に、どこかでカップが静かに置かれる音が聞こえる。
姉は数歩、店内を進む。その音のした方には、ひとつだけ灯りの灯った席があった。

誰かが座っていた。
背の広い男。灰色のジャケットに、すすのような匂いがわずかに染みついている。

姉は彼と目を合わせない。ただ、その背中に、どこか既視感のようなものを覚える。
その瞬間、カウンターの奥でマスターがそっと一枚の紙を差し出してくる。

「あなたに、届いていたようです」

白い紙には、たったひとこと――
“もし、まだ伝えられるなら きみに謝りたい”

姉はその言葉をじっと見つめ、視線を下ろす。その紙の端には、すすけた指跡が残っていた。

静かに席につくと、いつのまにか目の前にカップが置かれていた。
琥珀色の液体は波ひとつなく、ただ、時だけがそこに沈んでいるようだった。

向かいの男は一言も発しない。だが、ふとコートの内側から小さな紙片を取り出し、読み返していた。
その手元――そこにあったのは、姉の昔のノートからちぎられたページ。

姉の息が止まりかける。それは、かつて誰にも見せなかった手紙の下書きだった。
けれど、なぜ彼がそれを――?

姉は言葉を飲み込み、その場でただ静かに目を閉じる。

店内に、わずかな風が吹いた気がした。

言葉を交わさなくても、伝わるものがある。
それが、届かなかった言葉が灯りになる場所――喫茶 木霊だった。
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