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第二章
第六話
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「残響を聴きに」
喫茶 木霊の扉を押した瞬間、風の音が一度だけ鳴った。
それはカップの揺れる音に混じって、どこか言葉にならなかった声のようにも聴こえた。
店内は空いていた。
木の椅子、静かな窓辺。
誰もいないのに、空席のひとつに誰かの気配が残っているようだった。
翼は窓際の席に腰を下ろす。
目の前に置かれたメニューには、見慣れない文字がひとつだけ手書きで残されていた。
「翼ブレンド」――残された声の余韻、少し苦めです。
翼は思わず手を止めた。
それは偶然の名前かもしれなかった。
でも、いまの自分には、誰かがかつてこの名を声にしたことそのものが大きな意味を持っていた。
カウンターの奥に、店主が控えめな視線を送ってくる。
言葉は交わされなかった。
ただ、音のない会話がゆっくりと空気に染みていく。
カップが置かれた瞬間、少しだけ響く陶器の音。
それが、さようならに似た音だと感じたのは、自分だけではなかった気がした。
翼はカップに手を伸ばす。
苦味より先に、ある記憶が口内に広がった。
書店で読んだあの手紙。
呼ばれた名前。
誰かの涙。
そして――誰の声でもない読み手の呼吸。
「あなたは、その記憶の続きを知っていますか」
「翼は、誰かに残された名前だったのだと」
「それでも、その名前で生きる選択は、間違いでしたか」
問いかけは音にならなかった。
けれど、木霊の店内には、確かに返事のような沈黙があった。
翼はそっとカップを戻す。
机の端に、ページが一枚だけ落ちていた。
拾い上げると、こう書かれていた。
「声は、言われたときよりも、言われなかった空気に響く」
翼はその言葉を読みながら、
自分が今、誰かに記憶を読まれている側かもしれないという実感を抱いた。
店を出るとき、風が一度だけ巻き戻るように吹いた。
ドアのベルは鳴らなかった。
それはきっと、誰かの思い出す音だったのだ。
喫茶 木霊の扉を押した瞬間、風の音が一度だけ鳴った。
それはカップの揺れる音に混じって、どこか言葉にならなかった声のようにも聴こえた。
店内は空いていた。
木の椅子、静かな窓辺。
誰もいないのに、空席のひとつに誰かの気配が残っているようだった。
翼は窓際の席に腰を下ろす。
目の前に置かれたメニューには、見慣れない文字がひとつだけ手書きで残されていた。
「翼ブレンド」――残された声の余韻、少し苦めです。
翼は思わず手を止めた。
それは偶然の名前かもしれなかった。
でも、いまの自分には、誰かがかつてこの名を声にしたことそのものが大きな意味を持っていた。
カウンターの奥に、店主が控えめな視線を送ってくる。
言葉は交わされなかった。
ただ、音のない会話がゆっくりと空気に染みていく。
カップが置かれた瞬間、少しだけ響く陶器の音。
それが、さようならに似た音だと感じたのは、自分だけではなかった気がした。
翼はカップに手を伸ばす。
苦味より先に、ある記憶が口内に広がった。
書店で読んだあの手紙。
呼ばれた名前。
誰かの涙。
そして――誰の声でもない読み手の呼吸。
「あなたは、その記憶の続きを知っていますか」
「翼は、誰かに残された名前だったのだと」
「それでも、その名前で生きる選択は、間違いでしたか」
問いかけは音にならなかった。
けれど、木霊の店内には、確かに返事のような沈黙があった。
翼はそっとカップを戻す。
机の端に、ページが一枚だけ落ちていた。
拾い上げると、こう書かれていた。
「声は、言われたときよりも、言われなかった空気に響く」
翼はその言葉を読みながら、
自分が今、誰かに記憶を読まれている側かもしれないという実感を抱いた。
店を出るとき、風が一度だけ巻き戻るように吹いた。
ドアのベルは鳴らなかった。
それはきっと、誰かの思い出す音だったのだ。
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