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第二章
第五話
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「誰かが先に読んだ記憶」
未明書房の棚に、ひとりの来訪者が佇んでいた。
翼はその背中を遠くから見ていた。
黒い帽子、指先の動き、無言のまま頁をめくる姿。
だが何より気になったのは、その人が読んでいる本の背表紙のタイトルだった。
『翼へ』
翼は思わず足を止めた。
それは、つい先日自分が読んだはずの一冊――
差出人不明の手紙が綴られた、記憶の断片。
けれどその人物は、ためらう様子もなく頁を進めていた。
ときおり、微かに笑うような表情すら浮かべている。
ページの奥から、声がひとつ漏れた気がした。
「……この手紙のこと、どこかで話した気がするな」
その一言に、翼は思わず息を止めた。
自分以外にも、この記憶を知っている誰かがいる――
いや、もしかすると、その記憶は本来その人のものだったのではないか。
翼は棚に隠れるように身を寄せ、
来訪者が頁を閉じるのをじっと待った。
背表紙に戻された瞬間、その本はただの紙の束に戻った気がした。
なのに、自分の中には、まだその記憶が“生きた声”として残っていた。
翼はそっと本を手に取った。
同じページをめくる。
そこにある言葉は変わっていない。
けれど、読み上げられる音の高さが、どこか違って感じられた。
このページを、
誰が先に読んだのか。
誰の声として記憶に残ったのか。
誰の名前として、意味を持っていたのか。
その答えを、翼は知ることができない。
けれど確かに――その感覚こそが、
自分を「翼」たらしめていたものだった。
棚に本を戻すとき、頁が一枚だけ遅れて閉じた。
まるで、誰かの記憶が少しだけ遅れて返却されたような気がした。
翼は、深く息を吐いた。
名前よりも先に、
記憶が読まれていた。
未明書房の棚に、ひとりの来訪者が佇んでいた。
翼はその背中を遠くから見ていた。
黒い帽子、指先の動き、無言のまま頁をめくる姿。
だが何より気になったのは、その人が読んでいる本の背表紙のタイトルだった。
『翼へ』
翼は思わず足を止めた。
それは、つい先日自分が読んだはずの一冊――
差出人不明の手紙が綴られた、記憶の断片。
けれどその人物は、ためらう様子もなく頁を進めていた。
ときおり、微かに笑うような表情すら浮かべている。
ページの奥から、声がひとつ漏れた気がした。
「……この手紙のこと、どこかで話した気がするな」
その一言に、翼は思わず息を止めた。
自分以外にも、この記憶を知っている誰かがいる――
いや、もしかすると、その記憶は本来その人のものだったのではないか。
翼は棚に隠れるように身を寄せ、
来訪者が頁を閉じるのをじっと待った。
背表紙に戻された瞬間、その本はただの紙の束に戻った気がした。
なのに、自分の中には、まだその記憶が“生きた声”として残っていた。
翼はそっと本を手に取った。
同じページをめくる。
そこにある言葉は変わっていない。
けれど、読み上げられる音の高さが、どこか違って感じられた。
このページを、
誰が先に読んだのか。
誰の声として記憶に残ったのか。
誰の名前として、意味を持っていたのか。
その答えを、翼は知ることができない。
けれど確かに――その感覚こそが、
自分を「翼」たらしめていたものだった。
棚に本を戻すとき、頁が一枚だけ遅れて閉じた。
まるで、誰かの記憶が少しだけ遅れて返却されたような気がした。
翼は、深く息を吐いた。
名前よりも先に、
記憶が読まれていた。
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