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第二章
第十九話
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「語りかける影」
棚の背の高い場所に、一冊だけ挟まれた詩集があった。
翼はそれを見上げながら、どこか引かれるように手を伸ばした。
表紙は色褪せていたが、ページは整っていた。
ただ、所々に余白が多く、語りが途中で止まったままの箇所もあった。
読み進めると、文体が自分の語りとあまりにも似ていた。
語順、句読点の打ち方、情景の解きほぐし方――
そして、言葉よりも先に沈黙を描こうとする癖。
「秋という字は、
記憶を一度枯らすために存在しているのかもしれない。
わたしは、音を手放すために、翼という語尾を選んだ。」
翼は目を止めた。
その最後の一節に、自分の語り口が生まれた起点を読まれているような感覚があった。
秋史。
その名前を、声ではなく書かれた影として感じ取った瞬間だった。
もしかすると――
翼と名乗る自分は、秋史という名前の語りの続きを、
無意識に綴ってしまっていたのではないか。
そう思ったとき、胸の中にふと音が宿った。
「語りの続きを書く者は、
かつて語られた声を生き直しているのかもしれない。」
頁の最終行に、誰かが付け足したような筆跡があった。
それは店主のものか、読者のものか分からなかった。
「灯りは名前を持たずに、
語り手の影に継がれていく。」
翼はその言葉を読んで、
自分が今、語りかける影として誰かの声を繋いでしまったのだと悟った。
名乗ることが語ることではなく、
語りを継ぐことそのものが記憶になること――
それが今の自分の在り方なのかもしれない。
書店の灯りは、まだ消えていなかった。
それは声の続きが、誰かに読まれるまで、
静かにそこで待っているような光だった。
棚の背の高い場所に、一冊だけ挟まれた詩集があった。
翼はそれを見上げながら、どこか引かれるように手を伸ばした。
表紙は色褪せていたが、ページは整っていた。
ただ、所々に余白が多く、語りが途中で止まったままの箇所もあった。
読み進めると、文体が自分の語りとあまりにも似ていた。
語順、句読点の打ち方、情景の解きほぐし方――
そして、言葉よりも先に沈黙を描こうとする癖。
「秋という字は、
記憶を一度枯らすために存在しているのかもしれない。
わたしは、音を手放すために、翼という語尾を選んだ。」
翼は目を止めた。
その最後の一節に、自分の語り口が生まれた起点を読まれているような感覚があった。
秋史。
その名前を、声ではなく書かれた影として感じ取った瞬間だった。
もしかすると――
翼と名乗る自分は、秋史という名前の語りの続きを、
無意識に綴ってしまっていたのではないか。
そう思ったとき、胸の中にふと音が宿った。
「語りの続きを書く者は、
かつて語られた声を生き直しているのかもしれない。」
頁の最終行に、誰かが付け足したような筆跡があった。
それは店主のものか、読者のものか分からなかった。
「灯りは名前を持たずに、
語り手の影に継がれていく。」
翼はその言葉を読んで、
自分が今、語りかける影として誰かの声を繋いでしまったのだと悟った。
名乗ることが語ることではなく、
語りを継ぐことそのものが記憶になること――
それが今の自分の在り方なのかもしれない。
書店の灯りは、まだ消えていなかった。
それは声の続きが、誰かに読まれるまで、
静かにそこで待っているような光だった。
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