未明書房

はぐ

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第二章

最終話

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「名前は灯りだった」

未明書房の最後の夜、翼は棚の前に立ち尽くしていた。
誰もいないはずなのに、店内には誰かの記憶の気配が満ちていた。

返却箱には、一通だけ宛名のない便箋が残されていた。
書かれていたのは、翼自身の語りだった。
けれどそれを誰かが読んだ気配が、インクの呼吸に微かに残っていた。

「名前は灯りです。
  読まれることで誰かに届き、
  語られることで形を持ちます。
  でも本当は――呼ばれなかったまま、
  灯りとして誰かの影を残すものなのかもしれません。」

翼はその語りが、もう自分だけのものではないことを知っていた。
秋史という名は語られなかった。
でもその声は翼に届き、翼の語りは誰かに受け渡された。

名が交差したわけではなく、
灯りが読まれただけだったのだ。

そしていま、翼という名前もまた、
“誰かに語られずに残された影”として棚に戻されようとしていた。

店主がゆっくり近づいてきた。

「おそらくこの記憶は、
  誰かが呼ぼうとして名付けられなかった声なのです。
  それでもあなたが語ったことで――
  記憶は灯りになりました」

翼は微笑んだ。
名を名乗ったことが意味だったのではなく、
名を読んでしまったことが語りの始まりだった。

そしてその語りを他者へそっと渡すことで、
声が灯りに変わるのだと、今ならわかる。

最後の頁に、翼は一行だけ記した。

「この名前は、誰かに灯された灯りでした。
  わたしはそれを、読んで語って返しました。」

棚に戻された便箋は、
もう誰かの声として、未明書房の空気に混ざっていった。

扉を出たとき、風が少しだけやさしく肩に触れた。
それは、名前ではなく、
記憶の灯りとして翼に触れた感触だった。
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