未明書房

はぐ

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第二章

第二十三話

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「手紙の返却」

未明書房の棚の隅に、錆びた金具の返却箱があった。
深夜の店内に静かに馴染み、
まるで読まれなかった声を迎えるための場所のようだった。

翼は小さな便箋を握っていた。
そこには、数日前に綴った語りの断片が記されている。
名前は書いていない。
誰宛でもない。
けれど、語り口は翼のものであり、秋史の灯りがそっと含まれていた。

「もしもこの声に似た記憶を知っていたら、
  その重なりを否定しないでください。
  わたしはこの語りを、名を持たずに返します。
  誰にも届かないかもしれませんが、
  それでも灯りは、どこかの余白に落ちると信じています。」

翼は便箋を折り、返却箱に滑り込ませた。
紙が触れる音が、小さな風のように店内を通り抜けていった。

店主は棚を整理するふりをしながら、視線だけを翼に向けて言う。

「返却された手紙は、記憶の奥で誰かに響くものです。
  誰が書いたかではなく、
  その声を誰が受け取るかが、大切なのだと思いますよ」

翼は頷く。
それは自分が秋史の続きを語ったということへの赦しではなく、
語りの灯りを他者へそっと手渡すことで、自分の名が誰かと重なっていた記憶に還元される行為だった。

店を出たとき、風が通り過ぎた。
返却箱の中で、便箋がそっと頁をめくるように響いた気がした。

“名前を語らずに手紙を返すことは、
 記憶の続きを信じることなのかもしれない。”

翼はその音を胸にしまいながら、路地の灯りに背を向けた。

まだ語られていない名が、きっとどこかにある。
そしてその名に、翼の語りが重なる日も――
静かに訪れるかもしれない。
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